しかし新型コロナウイルス登場以来、研究スピードは倍加している。その結果、これまであまり興味を持たなかったウイルスがコードするタンパク質について、多くの論文を読むことができ、ほんの一握りの分子しか持っていないウイルスがホストの中で増えるために進化させてきたメカニズムに驚嘆している。

中でも自然免疫を逃れるメカニズムを何重にも備えているのに驚く。一つは以前紹介した核内輸送システム、インポーチンの阻害作用で、これによりインターフェロンの転写を抑える(https://aasj.jp/news/watch/12749)。もう一つがウイルスRNAをメチル化する酵素で、これによりウイルスRNAは自然免疫感知機構の網をくぐることができる。

今日紹介するフランクフルトのゲーテ大学からの論文は、新型コロナウイルスはさらにインターフェロン刺激に関わるインターフェロンにより活性化されウイルス防御に関わるタンパク質のISG15化を抑制することで自然免疫から逃れていることを示した研究で7月29日Natureにオンライン掲載された)。タイトルは「Papain-like protease regulates SARS-CoV-2 viral spread and innate immunity (パパイン型プロテアーゼはSARS-CoV2の伝搬と自然免疫に関わる)」だ。

恥ずかしいことにここまで新型コロナウイルス(CoV2)の論文を読んでいても、CoV2がM-プロテイン以外のプロテアーゼを持っているということは知らなかった。しかしSARSの研究からこのパパイン型プロテイン(PLpro)も、ウイルスRNAのポリメラーゼコンプレックス形成に関わり、ウイルスの増殖に必要であること、さらにISG15をタンパク質から切り離して自然免疫抑制に関わることが知られていた。

ISG15はユビキチンと同じようにタンパク質を修飾して、分解の目印になる分子だが、この研究ではPLproを精製し、このISG15をタンパク質から切り離す活性をSARSのそれと比べることから始め、Cov2のPLproのほうが強いISG15をタンパク質から切り出す活性を持つことを明らかにしている。一方SARSのPLproはISG15より、ユビキチンをタンパク質から切り離す活性が強い。すなわち、ユビキチン化を標的にしていても、Cov2-PLproはISG15を標的にし、SARS-PLproはユビキチンそのものを標的にしていることが明らかになった。(高い相同性を持つウイルス間で、すでにこのような大きな基質の違いが出ていることに驚く。)

この結果、SARS とCoV2は同じ自然免疫でも、SARSはTNF―NFkb経路、CoV2はIRF3を介するインターフェロン経路をより強く抑制することがわかった。

SARSのPLproに対してはすでにGRL-0167が開発されているが、上記の検出系でGRL-0167がCoV2―PLpro活性を阻害することを確認した後、ウイルス感染細胞をGRL-0167で処理する実験を行い、ウイルスの増殖伝搬とともに、インターフェロンによる自然免疫系を抑制する二重の効果があることを明らかにしている。