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>>248

「鳥は卵の中からぬけ出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアプラクサスという」

ヘルマン・ヘッセ/高橋健二 訳『デミアン』
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「きみの言う神の名はなんというんです?」
「残念ながらぼくはその神についてはほとんどなにも知らないのです。実は名まえしか知らないのです。アプラクサスというのです」
 音楽家は、だれかに聞かれでもしはしないかと、疑わしげにあたりを見わたした。それから私のそばに寄って来て、ささやいた。「ぼくはそれを考えていたんですよ。きみはどなたですか」
「ぼくは高等中学の生徒です」
「どうしてアプラクサスを知っているんです?」
「偶然に知った

んです」
 彼はテーブルを打ったので、ブドウ酒の杯がこぼれた。
「偶然だって! ばかなことを言うもんじゃない! アプラクサスのことを偶然に知るなんてことはない。それはきみだって承知している」

(同)