>>108
「なぁ、アンジェリーナ。違ってたら申し訳ないんだが、キミって好きな人がいるだろ?」
「え、ええぇぇ。な、なに、いきなり…」
 秘書として仕事を手伝ってもらっていたアンジェリーナに雑談がてら質問するとたちまち顔が赤くなる。最近の彼女はやたらぼんやりしていて溜め息が多いのだ。
 体調でも悪いのかと友人のウタゲに聞いたところ「女の子がああいう様子ときはねぇ、恋の病ってヤツだね」と楽しげに言っていた。
 恋愛か。多感な少女ならそういうこともあるだろう。
 ちなみに相手に心当たりがあるかと聞くと「ねぇドクター。あたしが友達のそういう情報ペラペラ喋る女に見える?」と怒られてしまった。
「あの子、思いっきりはいいからドクターに話したくなったら話すんじゃない?」

 そうは言われてもアンジェリーナのような明るく優しい女の子がいつまでも暗い顔で物思いに耽ってきたら心配になってしまう。
 というわけで思わず聞いてしまったというわけだ。……多少の好奇心がないわけでもない。そして実は彼女の想い人に心当たりもあるのだ。
「隠さなくてもいい、別に悪いことじゃないだろ」
「気付いてたんだね……。恥ずかしいなぁ。あたし、ドクターのこともっとずっと鈍感な人だと思ってたのに」
 頬を赤らめモジモジと俯くずっと彼女を見て心当たりが確信に変わる。彼女にはずっと申し訳ないことをしてきたのかもしれない。
 一緒に写真を撮ったこと、二人で星を見上げた夜。アンジェリーナとの思い出が脳裏に駆け巡る。
「なぁ、アンジェリーナ。キミの好きな人って……私なのか?」
「えっ? アハハハ、やだなぁもうドクターってば面白いんだから。あたしを元気つけようとしてくれてるの? でもそれってセクハラだから他の子に言っちゃダメだよ」
 ……えっ。なんだよこの反応。アンジェリーナは私のことが好きなはずじゃ……。唖然としていると執務室の扉がノックされ男性の声が響く。
「失礼します、ドクター。お届け物です。あぁ、アンジェリーナさんも、こんにちは」
 小包と封筒を抱えて入ってきたのはクーリエだった。その姿を見るやアンジェリーナはさり気なく私の後ろに移動してしまった。微妙にクーリエから見えにくいポジションだ。
 少し困ったように笑ったクーリエはそのまま荷物の確認を始めた。私が受取証にサインをすると「はい確かに。ありがとうございます、ではこれで」と爽やかに去って行く。
 その間アンジェリーナは一言も喋らなかった。

「はああぁぁぁ、またおしゃべりできなかった。これじゃクーリエくんに無愛想な女の子だと思われちゃう……」
 まさかアンジェリーナの好きな人って……。私が見つめているのに気がつくと真っ赤になった顔で照れくさそうに笑った。
「もうバレバレだね。うん、あたしクーリエくんのことが好きなの。……ねぇドクター」

 ──ここまで聞いたんだからあたしの相談、乗ってくれるんだよね?

 その後、私はアンジェリーナに仕事で一緒になった時に優しくされたこと、意外と力持ちでたくましいことなどなど、クーリエがどんなに素敵で格好いいかという話を延々と聞かされるのだった。
 後日聞いた話では友人と星を見たりツーショット写真を撮るのは彼女の中では普通のことなんだとか。それは「お友達と末永く仲良くできますように」というおまじないだという。
 むしろ恋愛対象とは「恥ずかしくてそんなことできないよ!」らしい。
 私は自分の惨めな勘違いを彼女に知られなくて良かった、と安心すると同時に一抹の寂しさを覚えるのだった。