ハドソンって自社ハード発売後も任天堂ハードでソフト出してたんだよね?
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
セガだってPCEにもソフト出してたもんな。メガドラ独占にしなかったのはなんでだろう? PCエンジンはハドソンとNECの共同開発だぞ
開発の発端はハドソンで、企画をNECに持ち込んだ >>7
ほぼ自社ハードといっても過言じゃない
PCエンジンミニはハドソンを吸収したコナミから出てるし 任天堂と揉めた訳で無いからな
海外ではメガドライブにもソフト出したりしてるし >>5
ライセンスは卸していたけど、自分でソフトはだしてないぞ? HuCARDって言ってたくらいだしな
ある程度はハドソン主導で設計したりしたのかね? カスタムチップ設計はハドソンなので開けると蜂のマークがいっぱい 他社からハドソンにカードソフト作ると金入ったんだっけ?
いわゆるライセンス料 >>8
PCエンジンミニ公式確認すると、NECの系譜で商標持ってるはずのBIGLOBEの名前がないんだよね。コナミが買い取ったのかな? まずPCエンジンの中身は全部ハドソン製。元々自前でゲーム機作りたかったんで、試作機まで作らせたらしい。
が、なんかの事情で製造をセイコーエプソンに切り替える。さらに後からNECが乗っかって金を出してくれることになった。NECもPC分野だけじゃなくゲーム機もだしたかったし、CD-ROMの活用をしてくれる会社が欲しかった。なのでハドソンの企画に乗った。
以降ハドソンはPCエンジンに注力。ファミコンは基本外注に任せて、開発機械からハード設計まであらゆることをやった。NECは本体の利益、サードパッケージと説明書の製造費を貰って、ハドソンにはソフトロイヤリティがいった。なのでNECは必死に本体のコストダウンとモデルチェンジを繰り返し、ハドソンはいろんなサードを引っ張ってきた。
概ねこんな感じだったと思う。ただなんで任天堂がハドソンをスルーしてたのかわかんないんだよね。やってることはPS1ときのスクウェアと一緒なのに。 あの時代、ハドソンが人気ソフトーメーカーから落ちていったんだよね
ハドソン、コナミ、ナムコ、タイトー、カプコン、テクモ、光栄が並んでたな
懐かしきそして輝かしい時代だったなあ >>20
ハドソンと、PS1の時の増長したスクウェアを一緒にしちゃいかん
やってることは全然違う PC-FXという向かうところ敵なしのクソハードでハドソンの技術力も失墜した。 >>20
PC分野だけじゃなく、ってNEC HEって元々新日本電気っつー家電やってた別会社だぞ
PCはPC-6000シリーズくらいしか出してない ナムコほど対立してなかったが仲良いわけでもなかった
ディスクシステムに参入しなかったしね むしろヤバくなったハドソンに任天堂仕事あげてたくらいだしな >>12
HuCARDのHuってHudsonのHuだったのか…
当時何の疑問も持たなかった >>26
仲は悪くないんだ。ディスクシステムはもともとハドソンがhuカードの原型を任天堂に持ち込んで、「ライターでこの中身入れ替えれば格安でゲーム売れますよ」って言い出したもの。コスト高でhuカードは採用見送り、クイックディスクになったけど。
ファミリーベーシックはハドソン製だし、四人うち麻雀も元はハドソンなのを任天堂が買い取った。(ハドソン視点からだと奪われたらしい)
下請けとして活用してて、組長も技術力を認めてる。 ファミリーベーシックもハドソン開発だったっけ
>>22
メジャーハードから実質自社ハードとはいえマイナーハードに行っちゃったからなあ
PCエンジン発売以降に出したFCソフトも地味というか力の入れ方が明らかに違かったし マルチやってたボンバーマンは 安定して稼いでたんじゃねーかな?
他は知らんが PS1あたりの時スクウェアがハード出そうとしてなかったっけ? 任天堂はハドソンに対しては
ファミコン時代にPC88とかマリオ移植の許可出してたりするし
サードの仕組みもハドソンの為に作ったようなもん
ナムコやバンダイは自社でROM生産できるから許可出すだけでいいけど
ハドソンは自社で生産できなかったから
生産流通の面倒見なきゃいけなかった
PCエンジンもHuカードとかチップとか採用されなかっただけで
任天堂に売り込みに行ってたはず 天外をSFCで出すことを発表したときはPCエンジン専門誌でファンからの抗議はがきとハドソンの釈明の特集ページ作ったことあったなあ PCエンジンへのシフトも現場のプログラマーの我儘からだからな
もっとハイスペックなハードでゲームを作りたい!と、言うよくあるやつね
商売としては特に考えて無かった模様。ファミコンよりハイスペックなハードを出せば売れるっ!と
思ってたんだろうね X68KのOS開発しながらゲームソフトは殆ど出してないし PCEでニュートピアというもろゼルダのパクリゲーを出してたけど
よく任天堂からクレーム来なかったな、しかも2まで出してるし 任天堂だってジャウストの丸パクリゲーム出しているから
あんまり人の事言える立場じゃないし >>20
FC初のサードでの多大な貢献と山内氏に相談した上で発売など筋通してたので問題起きなかった >>11
全然過言じゃない
チップの開発からハードの思想(コア構想)、開発ツールまで完全にハドソンリード >>20
>やってることはPS1ときのスクウェアと一緒なのに。
全然違うだろ
ハドソンはファミコンも任天堂もコケにしていない PC-FXで天外魔境3出さずにスーファミとサターンに天外魔境を出すというブレブレのハドソンの謎 任天堂ユーザーからの支持が低落して危機感を持ったのか
○超シリーズってのを立ち上げたんだけど、桃伝、桃鉄意外はコケたな
桃伝も桃鉄も結局はPCEで続編出すし、ファミコンユーザーがらは更に白い目で見られてた
毎年恒例のキャラバンもPCEでやるしね
時代が変わってSFCが出た時には、
ファミコン時代にほぼ同列だったソフト会社に大きく差を開けられてた印象かな >>1
PCエンジンのチップは元は社長の趣味のために作られたもので一つあればよかったのだが
(以前から売るのではなく自己満足用にシャープX1のCPUとメモリを高性能な物に交換したカスタムPCを作ったりしてた)
セイコー側から千個単位のオーダーでないと受けられないと言われたため結果として大量のチップが出来上がってしまった。
それにシャープが興味を示しゲーム機の企画が立ち上がるのだが、当時ツインファミコンの販売が好調だったため、
任天堂との関係を考えるとうちでファミコンの競合機は出せないというシャープ側の都合で中止になってしまう。
そこで新たに名乗りを上げた(というか割り込んできたのが)NECだった。
シャープだけでなくハドソンも任天堂(というか組長)の反応はそうとう気にしていたようで発売時に
ファミコンの存在を脅かすようなことはしない
ファミコンと住みわけながら業界の二番手を目指し任天堂と共存共栄していく
というなかなり後ろ向きな声明を出しているww
チップの下りは業界関係者によって証言が異なるのだが
俺は工藤社長の趣味のために作った説が面白いのでこれを信じることにしてるw
撮り鉄で撮った写真を本にして出版するも全く売れなかったり
金もないのに海外へ行ってコンピューターを見て感動し帰国したら借金して(同時高価だった)パソコンを買ってしまい
共同経営者だった弟さんが常に金策に四苦八苦させられるなど経営者としてはかなりアレな人物だったみたいだが
パソコンソフトの通販で大儲けし、ファミコンゲームで大ヒットを飛ばすなどゲーム史に名を刻んだ偉大な人だ。 Huカードはハドソンと三菱樹脂が共同開発しただけで、
それより前に三菱樹脂が製品化してセガが使ってるのよね。
基本的にハドソンは改良メーカーで新規に何かを作るという
メーカーではないので当たり前だけど。 別にナムコがSONYとPS1作った後もナムコは他所にゲーム出したのとかわらんだろ
他所に一切出さなくなったなんてスクウェアとか一部のソフトメーカーはセガと任天堂(+NECや3DOファミリー)に出さなくなったりもした >>47
社長の趣味説は案外本当の話では?とは思うw でもずるっこだよなって気はする
早期にファミコンの中身を知り尽くして、このハードがいかにゲーム機としてカリカリに
最適化されていて、そのままの構成で上位にアップグレードしてスーパーファミコンに
すればいいのだ、って(ナムコとともに)結論出せる立場の一人だったのを最大限利用した
このハドソンの蛮勇によって、ある意味本家のスーパーファミコンの仕様が歪んじゃった
んだんじゃないの(特にCPU)って邪推してしまう >>51
PCエンジンが「すごいファミコン」で
PS1が「すごいスーパーファミコン」
みたいなもんなんだっけ 6502がいかにZ80や出始めの16bitCPUと比較して効率の高いコアだったか
PPUのスプライトの仕様がいかに動的なゲーム(つまりアーケードゲーム)に向いているか
音源をCPUに混載する事がいかにコストを劇的に下げるか
そしてもちろんあのコントローラの形
すべて多大な実績とともに深く理解したうえで丸パクリした、(87年時点で)理想のスーパーファミコン
歴史IFは意味が無さすぎるが、上村+ハドソン(+シャープorNECorソニー)が実現していたら ハドソンにファルコムと仲悪かったイメージはあるよね
ファルコム側はライセンス許可するけど
ハドソンが原作アレンジし過ぎる部分が
気に喰わなかったんだろうけど ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています