>>63
あと、ちょっと考えてたんですけど、
苦しみから救う事が社会価値になれば、言語の区切りや意味もそれに対応していく性質ってきっとあると思う。
今までは社会を覆う価値は真美善で、弱者を救う事が善にはなっても、逸脱や犯罪は蔑んだり罰したりするのが常だったと思う。
そして多分逸脱者とかの苦しみもなんとかしたいと思ってますよね?
犯罪社会学なんかだと、犯罪は社会の為に必要なもので、ラベリングなんかをしてその効果で逸脱も作られていく。
また、そしてそういう因子が社会変動を起こすなんて分析もある、、
そして、もう仕方ないや、いいやって思ってる感じ。

でも苦が明らかになる未来は未知なものだと思う。
科学的な提示を待たずとも、表出出来ないものを言葉にしたい気持ちは今もあるなあって思いました。
(ちょっと違う事いってたらすいません)