「日本」については「にほん」「にっぽん」という2通りの読み方があります。
なぜ、2通りの読み方があり、どちらが正しいのか決まりはあるのでしょうか。

和文化研究家で日本礼法教授の齊木由香さんに聞きました。

大宝律令で「日本」が国名に

Q.「日本」という国名はいつごろ、どのようにして決まったのでしょうか。

齊木さん「『日本』という国名が正式に定められたのは、701年の大宝律令(たいほうりつりょう)といわれています。
それ以前の7世紀後半には使われ始めていて、689年施行『飛鳥浄御原令(あすかきよみはらりょう)』で定まったとする説もあります。

日本の国名をさかのぼると、紀元前の『やまと』にたどり着きます。邪馬台国(やまたいこく)の『邪馬台』とも同源といわれる『やまと』は、
『山のふもと』という意味から付けられたという説があります。その後、『やまと』に対して中国人によって『倭』の字が当てられるようになりました。

古代の日本人も、対外的には自らの国を『倭国』と書いていたようですが、大宝律令制定直後、中国大陸に渡った使者が『日本』という国名を使い、
対外的にも『日本』が使われ始めました。

ちなみに、『日本』という漢字の表記は大宝律令制定の約100年前、聖徳太子が当時の隋(ずい)、つまり中国に送った書簡の中に
『日出処(ひいずるところ)』と書いたのがルーツと思われます。中国から見て日本が東の方向にある、つまり『日が出てくる方向にある国』という意味で、
『日本』という国名も、日が出てくる本(もと)にある国であることから定められたといわれています」

Q.「日本」にはなぜ、「にほん」と「にっぽん」両方の読み方があるのでしょうか。ほかにも読み方はありますか。

齊木さん「『にっぽん』という読み方が誕生したのは、平安時代にさかのぼります。日本と中国(唐)との国交が盛んだったころ、
中国の人たちは『日本』という漢字を『日=ニエット』『本=プァン』と発音していました。それを聞いた日本人は中国人のまねをして
『ニエット プァン→にっぽん』と呼ぶようになりました。それまで日本人は『大和/倭=やまと』と呼んでいました。

江戸時代になると、せっかちな江戸っ子が早口で話しているうちに『にっぽん→にふぉん→にほん』と徐々に簡略化され、
『にほん』という呼び方も広まったとされています。そのため、主に江戸では『にほん』、西日本では『にっぽん』と呼ばれるようになり、
2つの読み方ができました。現在は『やまと』という読み方は『大和撫子(やまとなでしこ)=日本女性の美徳』などの呼称として残されています。

また、7世紀後半から『日本』という国名が使われた際、当時の隋から見て太陽が昇る方向にあり、『日出処』→『日の本=ひのもと』
と表記されたことから、『ひのもと』とも読まれていました。これが、大坂夏の陣(1615年)で真田信繁(幸村)を称賛した
『真田日本一(ひのもといち)の兵(つわもの)』で『ひのもと』と読まれた由来になります」

Q.「にほん」と「にっぽん」、どちらが正しいという決まりはあるのでしょうか。

齊木さん「『にほん』と『にっぽん』、どちらが正しいという決まりはありません。1934年、文部省臨時国語調査会が『にっぽん』に
統一する案を決議しましたが、政府での正式決定は実現せず現在に至ります。

その後、2009年6月30日、政府は『にっぽん』『にほん』という読み方について、『いずれも広く通用しており、どちらか一方に
統一する必要なないと考えている』という答弁書を閣議決定しています。従って『にほん』と『にっぽん』、どちらも正しいといえます」

Q.「にほん」「にっぽん」の使い分け方があれば、教えてください。

齊木さん「使い分けは特定の名詞に関するものであり、固有名詞以外は大抵の場合、どちらを使用しても問題ないとされています。

ただし、どちらかを使うかには傾向があります。例えば、『にほん』と発音することが多いのは、日本人・日本語・日本大使館・日本列島などです。
それに対して日本代表・日本一は『にっぽん』と発音する人が多い傾向があります。全体的には『にっぽん』よりも『にほん』と読む人が多いようです。

ちなみに、東京の日本橋は『にほんばし』、大阪市の『日本橋』地区は『にっぽんばし』と読み、東西で主な読み方が分かれた名残を感じます。
企業や建造物などの正式名称の場合は『にほん』か『にっぽん』か、決まりがあることが多いので使い分けに注意しましょう」