▼ア――あ。曰く因縁、木魚に聞いたら。親子兄弟、親類眷族けんぞく、嬶かかあも妾めかけももちろん持たない。タッタ一人のスカラカチャンだよ。氏うじも素性すじょうもスカラカ、チャカポコ。鞄一つが身上しんじょう一つじゃ。
親は木の股キラクな風の。吹くに任かせた暢気のんきな身の上。流れ渡った世界の旅行たびじゃ。北京ペキン、ハルピン、ペテルスブルグじゃ。赤いモスコー、四角い伯林ベルリン、酔うがミュンヘン、歌うが維納ウインナ、躍る巴里パリーや居眠る倫敦ロンドン、
海を渡れば自由の亜米利加アメリカ。女の市場がアノ紐育ニューヨークじゃ。桑港シスコの賭博ばくちよ。市俄古シカゴの酒よと。千鳥足まで米利堅メリケン気取りの。阿呆つくした十年がかりじゃ。
見たり聞いたりして来た中でも。タッタ一つの土産みやげというのが。ナント恐ろし地獄の話じゃ……スカラカ、ポクポク。チャチャラカ、ポクポク……