深夜。帰宅途中。
純一の家の前を通ると玄関先に有る背丈ほどの小さな木の前で、暗がりの中純一のおふくろさんが作業をしていた。
毎年この時期の深夜に見られるここ東越谷でおなじみの光景。
朝にはこの木にだけ関東では少し早めに初雪が積る。恒例の「9丁目の初雪」だ。

高校1年生の春、家に遊びに来た純一に母がおやつに、とキャラメルコーンを出した。
キャラメルコーンは純一の好物だったらしく「オレ、これ、すげースキ!なんコでもたべレル!」
ものすごく嬉しそうな顔をして大声で池沼全開ではしゃいだ。

夢中になっていたゲームを止め、純一をふと見ると丁度皿に残ったピーナツを食べようとしてた。
なんとなく「キャラメルコーンの種ウマイよな。」って何の気もなくボケてみた。
純一は目を丸くして「ピーナッツだろ?」っていうから
真顔で「それ、種だぞ。」ってもう一回ボケた。そしてゲームの続きを楽しむため視線をTVに戻した。

純一の気配が消えたから、おかしいなと思って、こっそり横目で確認すると
俺にバレないように、ゆっくり自分のポケットにピーナツを移している。
皿の上がピーナツの茶色い薄皮だけになったところで、何も言わず急に立ちあがり何も言わず帰って行った。

290 名前: 実況しちゃダメ流浪の民@ピンキー [] 投稿日:2012/01/13(金) 12:35:04.95 0
次の日、純一の家の玄関前の地面に掘り起こした跡があり、そばに平仮名しか書けない純一の汚い字で「きょらめるこーん」と書かれた菜園プレートが刺さっていた。
しばらくの間、登校前に水撒きをしていた純一は、水撒きのため学校を早退までする様になり、不登校の末退学した。
それからこの数年間、朝昼夜、植えたピーナツに水をやり、地面を見つめながら満足気に微笑む毎日を過ごしているのだ。
地中で腐るだけのはずのピーナツは、おふくろさんが深夜玄関先に現れる度なぜか成長し、
やがて小さな木に変わり、不思議な事に冬には木を覆う程沢山のキャラメルコーンの実が成った。
2年目にも実が成り、そして3年目位だったろうか、
隣人達が、あの木はまるで雪が積ったかのようだ、と「9丁目の初雪」と呼び始めた。


翌日。通勤途中。純一の家に数名の見物客が集まっている。
前を通ると、純一が木の枝先に刺さったキャラメルコーンを一つ一つ大事そうに摘まんで収穫している。
少し後ろではおふくろさんがそれを無表情で見守っていた。
俺はおふくろさんが昨夜、寒さに震えながら全ての枝一本一本にキャラメルコーンを刺している姿を想像した。
今年26歳になる純一はまた明日から仕事もせずに毎日水を撒き続ける。
全て俺のせいだ。あの日あんなこと言わなければ。全てを告白してもきっと許される事ではないだろう。
二人を眺めながら心の中で懺悔しているとおふくろさんと純一が俺に気が付いた。
「おはようございます。今年もまるで雪積ったみたいで綺麗ですね。」何も悟られないよう作り笑顔で挨拶すると、
おふくろさんは無表情のまま、ただ黙ってお辞儀をした。
純一が俺に近づいてきて一つ差し出してきたのでソレを口にすると、湿気てグニャグニャで気持ち悪くて食えた物じゃない。
こんな念のこもった物をこのまま飲み込んだら呪われて不幸になりそうな気さえしたので、
俺は軽く会釈した後その場を急いで離れて、バレない様にすぐ吐き捨てた。
本物の雪の様には溶けずに、汚い黄色いゴミがアスファルトに残った。