このメカニズムは、最近では新型コロナウイルス感染症の世界的流行に対し、いかにその拡大を防遏するかという
政策選択の場面でも作動した。限定的で必ずしも確実ではない医学的知見にのみ基づいて、営業の自由や移動の自由などの
私権を過度に制約し、他方で社会経済に重大な悪影響を及ぼす政策が罷り通ってしまったのである。
この施作は世論調査で計測される衆望によって支えられていた。

大衆は自らを縛り、貧しくする規制を歓呼して迎え入れたのである。その背後には、感染症罹患の恐怖、
狭い合理性への過度な期待、感染の可能性をゼロにせんとする潔癖志向など、人々を認知バイアスへと導く誘因があった。

新型コロナの感染は生命に対する深刻な脅威であり、徹底的に排除しなければならぬ根源的悪であるという、
「道徳感情」が、政策の是非を総合的、相対的に判断する「偏りなき観察者」の視点を曇らせていったのだ。

一方で、「道徳感情」の暴走は、新型コロナ罹患者等への偏見や差別を助長し、「自粛警察」と俗称される、
自粛要請に従わない者を私的に取り締まったり、まつろわぬ者に私的制裁を加えたりさる個人や集団を続出させた。

新型コロナ問題は、「道徳感情」がなお私達を誤らせていることの証左となったのである。

「冤罪と人類」文庫版解説、宮崎哲弥 より抜粋