爪は人の健康状態の履歴だということを聞いたことがある。子どものころ、、爪に「月」とか「星」とかいう、点や縞が出ているといいことがある、という風に友人たちから聞いていたけど、実際は病気や不調の記録が爪に出ていたということだろうか。
 まあ、実際、私はあまり病気とかしないんだけど。
「アキナは爪綺麗だね〜」
 アパートの部屋に、久々に遊びにきた友人のユキが、飲み物をのっけた盆に添えた手の、私の指先を見て言った。
 私はパソコンをいじったり小説を書いたりするので、爪は気になってくるとすぐに切って手入れをするほうだ。絵描きの友人もそうだが、彼女の場合、爪先にはよく絵の具がついている。私はそんなことはない……手の小指の横辺りがインクで汚れることはあるが。
「ユキはよく、他人の爪を見てるね……心理テストかなんか?」
「そうでもないんだけど」
 彼女と小さなテーブルを挟んで向かい合い、私もじゅうたんの上に座った。そのとき、私は見た。彼女の爪は、普通でない色をしている。でも、絵の具がついてるとかいう訳じゃない。
「それ、ネイルアート?」
 ユキは、ああこれ、と言って両手をテーブルの上に置いた。
 彼女の両手の爪には、それぞれ別々の絵が描いてあった。それは、文字にも読めるが、どこかエキゾチックな抽象画にも見える。
 なんにせよ、汚れた感じはしなかった。芸術的だと思う。
「綺麗だね」
 私が素直に言うと、彼女は少し照れたように笑った。
「ありがとう。これ、私が描いたの」
「ほんとに? 店とかじゃないんだ」
「うん。こういう細かいのは得意なの。ね、アキナ、やってみない? 邪魔だったらあとで洗い流していいからさ」
「いいの?」
 べつに流行やファッションに興味はなく、マニキュアもほとんどつけたことのない私だが、一度経験してみて悪いことはない。それにタダでやってくれるんだから、という貧乏根性もあった。
 ユキはバッグから道具を取り出して、私の爪に色を塗り始めた。私はテーブルの上に手を押さえつけて、動かないようにする。
 やがて五分ほどで、両手の爪が完成した。
「何か、文字みたいだね」
 それは、ユキの爪に描かれているのと似ていた。だが、まったく同じではない。
 自分の爪をまじまじと見つめる私に、彼女は笑っていた。
「まあ、おまじないみたいなものよ」
 一体、どんなおまじないなのか。私はきいて見たが、彼女は「教えない」とおどけて言った。
 それから、一時間くらいの間、私たちは談笑していた。大学のこととか、好きなテレビ番組のこととか、そんな他愛のない話だ。
 楽しい時間はあっと言う間に過ぎて、ユキは席を立った。
「じゃ、また邪魔しに来るからね。そのときは、お菓子の用意よろしく」
「そっちも、たまにはお土産ちょうだい」
「そうねー、手作りのクッキーでも持ってくるよ。味は保証しないけど」
「楽しみにしてるよ。じゃあ、また」
 私は、玄関で手を振ってユキを見送った。
 残されたのは、私と、この爪の謎。
 指を立てて眺め、逆に指先を下にしてみたり、前後左右から見てみた。でも、わからない。
 文字に見えるってのは、おまじないに関係ないのかな。
 溜め息をつきながら、手を組んで、壁に寄りかかって座る