上月は任天堂の故・山内溥、ナムコの中村雅哉、カプコンの辻本憲三、セガの中山隼雄らと肩を並べ、
家庭用ゲームの草創期を生き抜いた「第1世代」だ。
第1世代は、ジュークボックスや玩具会社からスタートした創業・同族経営者が多い。
ワンマンで、歯にきぬを着せずライバルをののしり合うにぎやかさの一方で、
ピンチになれば互いに助け合うギルド的な要素もあった。だが、上月はこの「輪」からは距離を置いていた。
「(上月とは)腹を割って話せない」。音楽ゲームの特許訴訟などで争ったナムコの中村は、かつてこう語ったことがある。

「私はやっとゲーム以外の事業を手に入れた」。700億円超を投じたピープル買収で健康サービス事業を立ち上げた上月は、
直後の経営会議で居並ぶ幹部を前にこう言い放ったという。
「上月さんは『所詮はゲーム』という世間の風潮を気にして、『ゲーム屋』と呼ばれるのを嫌っていた」。
経営会議に立ち会ったOBはこう打ち明ける。


上月ってゲーム業界でも嫌われ者なんですね…(´・ω・`)