じゃあ続けるよ
他所の国をとやかく言う前に手前のこと知っておくべきだよ


一体食味の点から見ると、関西は上国で関東は下国だ。
昔足利氏の厨人が後に織田信長に仕へ、京都風の一流の料理を食膳に供したところが、
「こんな水っぽいものが食へるか」と云って信長は機嫌を悪くしたので、
今度はわざと二流か三流の塩からい料理を拵へてだすと、頗る御意にかなったと云ふ話があるが、
どうも京都から東へ行くほど料理は下等になるやうに思ふ。
東京などは江戸前とか何とか云って威張ってゐるが、考へて見れば徳川氏草創の頃の田舎料理がそのまゝ今日に伝はったのだ。
だから味のつけ方がすべてしっつこい。煮物にしても砂糖や醤油をこてこてと入れてまっ黒に煮てしまふ。
あれでは見たところも穢いし、自然の風味と云ふものがない。
これは一には江戸っ子は元来田舎者であって、あのくらゐ濃厚にしなければ味がわからなかったものでもあらうが、
一には野菜にしろ魚にしろ、関東の物は味が落ちるので、いろいろ加工しなければ食へないせゐもあるか知れない
一般に云って野菜は京都、牛肉は神戸(と云ふが、実はこれも京都がうまい)鳥も京都、魚は大阪から中国筋一帯が一番うまいことは、多くの人の認めるところである。
既に原料がいいのであるから、関西の料理は自然の風味を損はぬやうに極くあっさりと加工することに微妙な技巧があるのである。

「東西味くらべ」(初出「婦人公論」昭和3年4月号)