【PBW】Lost Arcadia -Last Code Daybreak-【ロスアカ】
レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。
!extend:checked:vvvvv:1000:512
!extend:checked:vvvvv:1000:512
↑ワッチョイ用
・次スレは>>950が建てる事、無理ならアンカ指定
・踏み逃げの場合は>>970スレが建つまでは減速する
・故意age、過度の煽り、荒らし、個人叩きは放置で対処
・重複スレは本スレ誘導後、削除依頼で放置
Re:versionのPBW「Lost Arcadia -Last Code Daybreak-」(ロスアカ)の質問、情報交換及びプレイヤー同士の交流の為のスレです。
★Lost Arcadia -Last Code Daybreak-
https://rev2.reversion.jp/
★Re:version
https://www.reversion.jp/
★Re:versionTwitter
https://twitter.com/re_version
★前スレ
VIPQ2_EXTDAT: checked:vvvvv:1000:512:: EXT was configured
https://twitter.com/thejimwatkins 先行レベルアップはあれSDは好きなタイミングで納品できるからそうなっただけじゃないの 過剰混雑がある場合は8人型の構造欠陥なのは確かだけどだからと言って第六型ですと言われても困るからどうしようもない
最近の8人型で混んでるのそもそもここだけだが
それ以外は初期からゆるゆるだし 人が多くて盛況な証ではあるんだが何ヶ月も参加できないと参加欲も萎えるんだよなあ 恐らく全部落ちるのであんまり心配しなくても平気……じゃないよ、シナリオ増やしてくれよ
ショートはどんだけ描写薄くなるかわからんし、もっと作業分担してラリーはじめてくれんか…… 俺氏は相変わらずSSを発注しつつ寂しさを埋めていくぜ当たったらラッキー!だけど 今の内に落ちておいて当選率ボーナスを溜めておく位の気持ちでいるよ
初期なんて外れまくるから今後絶対入りたい依頼に向けてボーナス溜める絶好の機会だし >>865
そもそも、PLが設立した会社とガッツリコラボしてる時点で何かがおかしい
もしそのPLが問題児化したら、ヤミーどうするんだろうな PPPも最初の依頼入れない云々で人が減っていったのに、どんな対策したんだろうかって気になる りば側もコラボ会社側も公私を完全に分けられてないからそこが気になるならロスアカはやらない方がいいぞ シナリオ当選ぬか喜びバグは一番やったらあかんて…
軽微だったり特定状況で起きるものと違ってデバッグちゃんとやってるか不安になるぞ しょっぱからヤバめのやらかしで草
当選から落選した人は気の毒だが……当選したと思って挨拶したとか多そう Xの公式お知らせ垢からシナリオ予約開始のアナウンス無かったのなんで…… 当選率ボーナス…サイハ…うっ頭が
(スタダ直後のPBWはどこも尋常じゃなく混むから気長にな) 気長にってたって、もうPPPの最終決戦も待たされて3週間になっちまうよ
シナリオ開始やっぱ無理だったんじゃないの? 無理も何も始まってるじゃん
例えばロスアカのシナリオがあと一カ月遅くて誰かメリットあるの? そもそもPPPと並行してやる事自体が無理だったんじゃ感
PPPの最終決戦片付けて、後日談やあれこれやってて正直暇な時にリリースして、運営も余裕がある時にロスアカ本編開始とか 後日談の期間に入ると人が減っていくから、現行の客の新作移行がスムーズにいかなくなるからな。
旧作が終わる前に新作を出していかなきゃいけない。 被らせていかないとダメなのはいいとして旧作の優先度が低くなりすぎなのは否めない 旧作から新作の以降は、どこでもガタガタして円滑にはいかないからなぁ
そのあたりは大目に見てあげないと その設定で走り出した以上はもうやり切るしかないしな ネクストあったところで発動するとは限らないんだから無くても諦めろ ヤミーが『skeb等の外部コミッションの禁止を視野に入れてる』とか言ってるんだがそんな事できんのか? おおっぴらにPBWで作ったキャライラスト参照で外部コミッションを頼むのが横行すると
権利的にも運営的にもマズいから現状はライセンス方式でグレー回避がベターだよね、ロスアカでどうするか未定だけど
っていう普通の話だった
PBW発注絵ってPLが持ってるのはあくまで規定された範囲での使用権だけだからな 外部コミッションで本作って盛り上がってるPLがいたりナンバーワン太客で会社立ち上げてるやつがむしろ外部でしか頼んでないレベルなのに禁止するわけないじゃん
落ち着いたらロスアカでもライセンス売り始めるんじゃね イッシュ地方でもピッピというポケモンはペットとして人気がある
可愛い容姿に愛くるしい仕草、神秘的な生態など魅力溢れるポケモンだ
可愛がればよく懐くし火を吹いたり物を壊す心配もなく餌もあまり選り好みしない
だが一つだけ問題がある、それは入手がとても困難な事だ
生息域がとても限られている上に見つけるのも難しい、丸3日間山や洞窟を歩き回って1匹も見つからないなんて事もザラである
おまけにイッシュ地方でのピッピの生息域はジャイアントホールというメタグロスやマンムーなど屈強なポケモンが闊歩する超危険地帯なのである
それ故イッシュ地方のピッピはポケモンショップでとんでもない高額で売られている
「ピッピ〜♪」
「おとーさん、おとーさん、ピッピ欲しーっ!」
ここはデパートの中にあるポケモンショップ
店頭に展示されたショーケースの中で愛嬌を振り撒くピッピに小さな女の子はもう夢中だ
「ピッピかー確かに可愛いな… ウゲッ…」
女の子の父親が驚愕するのも無理はない
そのピッピには60万円もの値段が付けられていたのだから
「うーん、ちょっとコイツは買えないなぁ」
父親がちょっと申し訳なさそうにそう言った時、既に女の子の興味は別のショーケースに移っていた
「この子もかわいーっ!お耳くるくる!」
「ミィミィ… ミィミィ…」
そのショーケースの中に居る耳にねじ巻きのような触角がついた桃色のポケモン、それはタブンネ
大きさは隣のピッピと同じくらい、50p程のまだ子供のタブンネだ
まるでここから出たいと女の子にアピールする様にミィミィと哀しげに泣きながらショーケースのガラス面を小さな手でキュッキュッと掻いている 「おとーさん、この子欲しい!」
「3万円か… これならいいかもしれんな。でもお母さんに相談してからだぞ」
あまり安いとは言えないが隣のピッピと比べるとずいぶんとお手頃だ
それもそのはず、子タブンネは高価なピッピの代用品としてポケモンショップに流通しているのである
代用とは言うが卵グループと全体的にピンク色な位しか共通点は無い
それでもピッピに手が出ないかわいいポケモン好きな人達にけっこうな需要があるのだ
子供の誕生日やクリスマスのプレゼントとして購入する親御さんも多い
「ミィー ミィー ミィー!」
「この子泣いちゃったよ、早く買ってあげようよ!」
今度はガラスケースをペチペチと必死に叩きはじめた子タブンネ
その目にはたっぷりと涙を浮かべている
このペットショップは誠実な店で子タブンネを乱暴な扱いもしてないし餌やりを忘れる事もない
ポケモンが入っているショーケースやケージもいつも清潔にしている
では何故、この子タブンネは必死にショーケースの外へ出たがっているのか?
それはこの子タブンネは過去に地獄を見てきた子タブンネだからである
いや、この子タブンネだけではない、イッシュのあらゆるショップで売られている子タブンネたちはみんな地獄を見てきていると言っても過言ではない
子タブンネ達が見てきた地獄とは一体どのような物であろうか?
これは、タブンネ狩りが横行し、タブンネ肉とタブンネ卵があらゆる店に並び、野良タブンネが町中に溢れるその以前
タブンネ地獄の時代の夜明け前の物語である 秋も終わりの11月、イッシュ地方にある名もない草むらの中で大きな麻袋を持った2人の男が子タブンネを探していた
1人はルカリオ、もう1人はドリュウズを傍らに連れている
「ワフ!」
「おっ、見つけたか」
ルカリオが一件なんの変哲もない場所を指差すと、ドリュウズがそこを掘り起こす
するとその時、2人の近くからガサガサと草を揺らす大きな音が
「兄貴、襲ってくるんじゃねえか?」
「黙って続けろ、巣から気を反らそうとしてやってるだけだ」
30センチ近く掘ると地中に大きな空洞が見つかった
その中から「チィチイ」「ミィミィ」と子タブンネの声が聞こえてくる
「いたぞ、すぐに捕まえろ。ドリュウズは使うなよ、爪で傷つけちまうからな」
「わかったよ、ドリュウズ、周りを見張っててくれ」
「ドリュ!」
弟分の男が懐中電灯を片手にドリュウズが開けた穴に上半身を突っ込んで何かを探しだす
そうして十数秒経つと、ミィーミィーと騒ぐ40pほど子タブンネを片手に持って穴から出てきた
「兄貴、あと7、8匹はいますぜ」
「よし、穴を広げろ、全部捕まえるぞ」
「あい、ドリュウズ、もっと穴を大きくしろ」
指示の元にすごいスピードで地面を掻き、穴をどんどん広げていくドリュウズ
土しぶきをあげながら穴はどんどん広がっていき、遂には穴の中にあったタブンネの巣全体が露になった
二メートル四方ほどの巣に枯れ草のクッションが満遍なく敷かれていてその上で10ほどの近い子タブンネやベビンネたちが恐怖で震えている 「よし、捕まえよう。目が空いて
ないのは捕まえなくていいぞ」
「わかってまさぁ」
男たちは子タブンネだけを次々捕まえ、麻袋に放り込んでいく
捕まれたタブンネたちは「ミ゙-ッ!」と鳴いて手足をジタバタさせて抵抗するが男たちは気にも止めない
中には恐怖で糞尿を漏らす子タブンネもいたがそれも気にされる事もなくお尻を汚したまま麻袋に放り込まれた
「チー!チー!ビー!ミーッミーッ!ビャアアアアア!!」
「ミイーッ!!」
「おっ、ママさんのお出ましだぞ、出迎えてやれぃ」
麻袋の中のタブンネ達のママンネが草むらを掻き分けて男たちの前に姿を現した
麻袋からの子供たちの恐怖と苦痛と救いを求める声を聞いて急いで餌集めから戻ったのだ
目をつり上げた怒りの表情(タブンネだから怖くない)で肩をいからせた臨戦態勢だ
「あ、兄貴、いっぱいいるみたいだよ」
「あー、群れを作ってたんだな…」
男たちの周り、草むらの至るところでガサガサと揺れる音がする
音の主が全部タブンネだという事は想像に難くない
「ウミャアアアアア!!!」
弟分の怯えに反応するかのように、ママンネは男たちに向かって突進した
それと同時に回りのタブンネも草むらから姿を表し臨戦態勢で男たちを取り囲む
しかし、ママンネの突進は速いとは言えず、間に入ったドリュウズのアイアンヘッドで迎撃されそのまま血を吐いて倒れてしまった
鳩尾にモロに当たったので肋骨が折れて灰に刺さったのだ
「こんだけ成体が居るってことはガキもそれだけ沢山てことだ、こりゃ宝の山じゃねえか!」
「気合いいれて行きますぜ、兄貴!」
「地震は使わせんなよ、巣の中のお宝がおじゃんになっちまうからな!」 仲間が倒されて怒りに火がついたのか、草むらから出てきたタブンネたちも「ミィーッ!」と雄叫びを上げながら次々と男たちに突進していったが、結果は惨憺たる物であった
波動弾で吹き飛ばされ、メタルクローで腹を引き裂かれ、顎や腹に飛び膝蹴りを食らって血と折れた歯を撒き散らしながら次々と倒れていった
2人のポケモンは戦闘用に鍛え上げられたポケモンだ。野生のタブンネが何匹来ようと負けるはずがない
気がつくと2人の周りに居るのは倒れた半死半生のタブンネだけだった
「あらかたやっつけたみてぇだな、ルカリオ、波動で逃げるタブンネを見つけ出せ、
リーマ(弟分の名前)、お前は草むらが揺れてる所を当たってみろ」
「がってんでさ!」
襲い来るタブンネたちを倒しても兄貴分はのんびりする事なく指示を急ぐ
多くの場合巣が襲われて戦闘に出るのは父タブンネで
その父タブンネが倒されると母タブンネは巣から子供を連れて逃げだしてしまうからだ
『ゥミィィ!チギュピー!! ミワーッ!! ミビャァァァ!!!』
ママンネ、パパンネ、 子タブンネ、ベビンネ、ありとあらゆるタブンネ達の悲鳴が草むらに響いた
顔を殴られ、足を折られ、その腕から子タブンネを引き剥がされるママンネの悲鳴、
戦うことも庇うことも出来ず、命より大切な妻や子供たちが傷つけられていくのをただ見ていることしかできないパパンネの慟哭
柔らかくて暖かい親の腕から引き剥がされ、硬くて暗い麻袋に詰められていく子タブンネの悲鳴
破壊された巣の中に残され周りのタブンネの尋常ならざる悲鳴に恐怖し、ただ泣きじゃくるベビンネ
数十分前はただ風がそよぐだけだった草むらは2人の男によって叫喚地獄と化していた
「こんなもんで勘弁してやるとするか」
「大漁ですぜ兄貴、とても持ちきれねぇや」
狂乱の後、男たちは子タブンネで満タンになった麻袋を車の中に積み込んでいる
穀物用60kgサイズの麻袋が3つ、もう何匹捕まえたか分からないほどの大漁である 『ヂィー ! ミ゙ィ-!ミ゙ィ-! ビビィ! ヴミ゙ー!!』
大量に喜ぶ男たちと対照的に、袋の中の子タブンネたちは地獄そのものの様相であった
詰め込まれた子タブンネ達の体温で中は灼熱の蒸し風呂状態、
ついでに上からも下からも糞尿が降り注ぎ全身を容赦なく汚し、充満する悪臭で息もまともに吸えない
無数の子タブンネが泣き喚く甲高い騒音にも耳のいい子タブンネたちは苦しめられた
この地獄から脱出しようと子タブンネたちは仲間たちを蹴り、そして押しのけながら闇の中を動き回る
しかし、その出口は固い紐でしっかりと閉じられているのであった
「ちょっといくらなんでも詰め込みすぎたな、酸欠で死ぬかもしれんから空気入れてやろうや」
「へい」
弟分は大型のエアポンプを起動し、そこから枝分かれして伸びる管をそれぞれの麻袋に突っ込んでいく
その時、結び方が甘かったのか麻袋の口がほどけ、1匹のベビンネが袋の外にこぼれ落ちた
それに気づいた兄貴分は「気を付けろ」と注意しつつベビンネをさっと拾い上げる
それは袋の中の子タブンネたちよりだいぶ小さい、まだ目が開いてないベビンネだった
こういう小さすぎるベビンネは捕まえずに避けておいたハズだが何かの拍子に混ざってしまっていたらしい
手の中でぶるぶると震え、チィチィと弱々しく母を求めて鳴くそれを
兄貴分は振りかぶって草むらに放り投げた
「そいつは返してやる、大事に育ててやれよー」
草むらからはミィとも帰ってこなかったが兄貴分は気にする事も無く
ミィミィうるさい車に乗り込み草むらの前から去っていた
「フィィ…」「チィ… チィ… 」「ミィ…」
男たちが去った後、草むらに残されたのは立ち上がれないほど傷ついた親タブンネ
そして太陽の下に露になった巣に放置された幼すぎるベビンネたちだった
彼らは互いの存在を確認しあうようにチィチィ、ミィミィと鳴き合っていた
もう1時間もすれば再生力でまともに歩けるようになるタブンネもちらほら出てくるだろう しかし、イッシュの自然はタブンネたちに1時間の猶予も与えてはくれなかった
「ワンワン♪」
どこからともなく可愛らしいヨーテリーが現れた。それも1匹ではなく草むらを取り囲むように何匹もいる
そして1匹のベビンネの匂いを嗅ぎ、首筋に食いつくとそのままどこかに連れ去っていってしまった
「ミフーッ!ミフーッ!」「ミアアアアアア!!!」
成体のタブンネ達は声を荒げて威嚇したがヨーテリー達には何のの効果もない
何故ならヨーテリー達は相手の強さや様子が顔のレーダーで分かる能力があるからで
動けないタブンネがいくら吠えようとこちらに危険は無いとヨーテリーたちは分かっているのだ
それからヨーテリーたちは動けない大人タブンネに、抵抗する力も無いベビンネに集団で容赦なく襲いかかった
そして彼らが去った後に残されたのは骨が剥き出しになった死体と瀕死の大人タブンネだけだった
一方、子タブンネを捕まえて行った2人の男たちは人里から離れたところにある一軒家に車を止めた
「今回は早かったね。こっちは準備できてるよー」
その玄関から出てきた若い女性、この女性が袋に詰められた子タブンネたちの運命を決めるのである
この女性は個人経営のペット業者で人里離れた家を安く買い仕事場にしているのだ
ちなみに男2人はこの業者の社員なのである
ポケモンマスターになる夢が破れてブラブラしてる所を拾われたのだ
「うわあ… 酷いことになってますぜこりゃあ」
「ちょっといくらなんでも詰めこみすぎだよー」
車の中の麻袋は酷い有様だった
子タブンネたちの糞尿で袋の下の方がぐっしょりと塗れ、そこから強烈な悪臭を放つ液体が染み出してきているのだ 1時間道のりの間に袋の中の子タブンネたちすっかり静かになっていた
弟分は中のタブンネが皆死んでるのではないかと心配したが
兄貴分が袋を揺すってみると一斉にミッミッと騒ぎだした
「それじゃタブンネちゃんたちをお庭にあるビニールプールに入れてあげてね」
男たちは2人がかりで子タブンネが
詰まった麻袋を1袋庭に持って行き、
そこに用意されていた水を張ってない直径3mの特大ビニールプールに中身をぶちまけた
『ゥミィィ!! ミィ〜ッ!! ミッ?!ミッ? ミギー!!』
プールの中に袋の口を向け、口を結んでいた紐をほどくと、まるでピンク色の滝のようにタブンネたちは一斉に袋からプールの中に飛び出した
皆一様に困惑し、不安そうに鳴きながら広いプールの中をウロウロと歩き回る
その毛皮には糞と小便が混ざった汚液がたっぷり染み込んでおり、ビニールプールの周りには悪臭が立ち込めた
「ん?袋から出てこねぇのもいるぞ」
兄貴分はまだ重みを残す袋を怪しみ、それを逆さまにして強く振ってみる
すると袋の底に残された子タブンネたちが一塊になって糞尿と共にどちゃりと地面に落ちた
先に出てきた子タブンネよりもさらにビショビショに汚液で濡れていて、糞尿の臭いに加えて何か別の種類の悪臭がする
そしてその子タブンネたちはミィとも鳴かずピクリとも動かない
「あー、おしっこで溺死しちゃったみたいね」
「うへー、かわいそ」
「ばっちいからごみ袋に入れとこうね」
弟分は重なりあう子タブンネの死体をトングでつまみ上げようとした時、その隙間から見えた小さな白い手が僅かに動いているのを見つけた
上に重なってる死体をどけてみると、その下にはまだ息のある子タブンネが
かなり衰弱していて、弱々しく息を吐きながらピクピクと小刻みに手足を動かすのが精一杯らしい 「うーん、この子はもうダメかな ー、後で捨てとくから死体と一緒にごみ袋に入れといてね」
「え、こいつはもう助からないんですかい?」
「回復の見込みが無いことはないけど、これから忙しくなるから看病する手間がもったいないんだよー 」
奇跡的に助かった命を省みられる事なく糞まみれの死体と共にビニールのごみ袋に詰められた生き残り子タブンネ
密閉された空間で死臭と糞尿と酸欠で苦しみ抜く事約30分、声にならない断末魔を上げ誰にも知られる事なくその短い一生を終えた
その死に顔は周りの死体と違わぬ絶望の表情だった
3袋分の子タブンネ、約150匹をプールに入れると、さしもの3mビニールプールも満員になった
子タブンネたちは泣きじゃくる子にウロウロ歩き回る子、ぶつかって喧嘩する子など様々だ
壁を登って脱出しようとしてる子タブンネも多数いたが手についた糞汁で滑ってずり落ちてお尻を打ってしまうのだった
「それじゃあタブンネちゃんたちを綺麗にしてあげちゃうよ〜」
女は腕まくりして用意していたポケモン用粉石鹸を子タブンネたちの上から満遍なく振り掛ける
野生だった子タブンネたちにとってそれは未知の物質で訳も分からずパニックになりギャアギャアと騒ぎだした
しかし女はそんなのには慣れた様子で気にもせず、用意していた高水圧洗浄機でタブンネたちに放水した
『バアアァァァァァァァ!!!ヴミ゙イイイイイイイイ!!!!』
高水圧で噴出する11月の水は肌に触れるとまるで針が刺さるような痛さと冷たさで
それを全身でまともに浴びた子タブンネたちは絶叫しながら放水から逃れるべく一斉にプールの端へ押し寄せる
「こんな冷たい水かけちまって、風邪ひいちまうんじゃないですかい?」
「このくらいなら大丈夫大丈夫♪ 一応水圧は一番弱いのにしてるし」
子タブンネ達が逃げたら回り込んで水をかけ、また逃げたら回り込んで水をかけの繰り返しがしばらく続いた
汚れを吸った石鹸はブクブクと茶色い泡を立て子タブンネとビニールプールを覆っていく
そしてその泡にまみれた子タブンネたちは自分に何が起きてるのかも分からずただただ泣き叫び、悶え、逃げ惑うのだった
ちなみにビニールプールの底には排水用の穴が開いてるので水が溜まって子タブンネが溺れる心配はない 『ヂヂィ… ヂィィ… 』
「はい、みんな綺麗になりましたね〜」
泡があらかた流れ落ちた時、子タブンネ達の毛皮は鮮やかなピンク色を取り戻していた
しかし当の子タブンネたちは巨大なピンクの塊のように身を寄せあってカチカチと歯を鳴らしながら激しく震えていた
濡れた体に冬の始まりの風は物凄く堪える、体の小さな子タブンネになら尚更だ
「社長、持ってきましたぜ」
洗浄が終わったのに合わせて、兄貴分の男が大きなプラスチックの箱がついた手押し車を押してきた
子タブンネたちは三人によってその箱に押し込められ、家の中へ連れて行かれた
「ここでタブンネちゃんたちを乾かしてあげてね」
タブンネたちが連れていかれたのは自宅件仕事場の一室
床全面にバスタオルが敷き詰められていてファンヒーター二台と石油ストーブ一台が煌々と部屋全体を暖めている
「ミッ!」「ミィィ!」「ミィィ〜ン♪」
男2人が見張るその前で、体が冷えきっていた子タブンネたちは我先にとストーブの前に押し寄せる
温風に当てられると濡れてビショビショだった毛並みもふわふわに戻っていった
競争に負けてストーブの前に行けなかった子タブンネたちもバスタオルの上で転がったりプルプルと全身を震って水滴を飛ばしたりと何とか体を乾かそうと頑張っている
それから30分、暖まって元気が戻ってくると、子タブンネたちは個性あふれる様々な行動を見せた
数匹連れだって部屋の中をトテトテ走り回る子、親が恋しくなったのかミンミンと泣きじゃくる子、
部屋の隅っこで丸まって眠ってしまってる子、小さい妹や弟をお世話する子…
中でも目立っていたのは胡座をかいて見張っている男2人に攻撃している10匹ほどの子タブンネたちだ 「ミィィィ!!!ミィッ!!ミフーッ!!」
「ひょっとして俺達の事恨んでんですかね?」
「ミッ!ミッ!ミッ!ミ゙ーーー!!」
「あれだけやったんだからそりゃ恨むだろうよ」
その子タブンネたちの攻撃というのは男たちの足を小さな手でペチペチ叩いたり、
助走をつけて体当たりして反動でコロンと転げてしまったりなど端から見るとじゃれているようにしか見えない
しかし子タブンネたちにとっては家族の敵を討つための捨て身の特攻なのだ
その証拠に攻撃してる子タブンネたちは歯を食い縛り、目をつり上がらせた怒りの表情(でも子タブンネだから怖くない)で時折涙を溢しながら男たちの足にぶつかっていく
「疲れた足にゃいいマッサージだよ、ハハハ」
もちろん男たちには全然効いてなかった
「タブンネちゃんたちそろそろ乾いたかな?選別を始めちゃうよー」
特に何事も起きず、男たちと子タブンネがくつろいでた所に社長の女が「選別セット」と書かれた大きな段ボール箱を持って入ってきた
「はいはい、タブンネちゃんたち、ご飯ですよー」
女社長は箱から茶色いペレットを取り出して袋からパラパラと床に落とした
そのペレットは全国のポケモンショップで普遍的に売られている安価な草食ポケ用ポケモンフーズで
ショップの店頭で売られているタブンネに主食として与えられてる事も多い 「ミッ?」「ミィ?」「ミッミッ!」
すぐに近くにいた数匹の子タブンネたちが反応を示しペレットの元によちよちと集まってきた
しかし野生の子タブンネたちは初めて見るペレットを餌だと認識せず、コロコロと転がして遊んだり足で蹴っ飛ばしたりで口に入れる様子は無い
ペレットは乾燥していて硬いが口に入れると唾液の水分で柔らかくほぐれて子タブンネでも食べられる
だがそれを知らない子タブンネたちにとっては丸い土の塊か木片としか思えないのだ
十数分ほどして子タブンネ達がペレットに飽きてきた頃、それはある1匹の子タブンネが遊んでる最中に不意にペレットを口に入れてしまった事から始まった
「ミィ? ミッミッミッ…(ポリポリポリ)」
ペレットが唾液を吸い込んで柔らかくなると子タブンネの口の中に穀物のほのかな甘みが広がり、それは噛むほどに強くなっていく
雑穀を粉砕してオカラを混ぜて固めただけの嗜好性があまり高くないペレットなのだが
野生暮らしでいつも腹ペコだった子タブンネにとってそれはすごく美味しく感じられた
「ミッミッミ、ミフーッ!ミフーッ!」
「あらら、今日のタブちゃんたちはいい子がたくさんだね〜
まだまだあるから遠慮せず食べてね〜」
1匹が食べ始めると周りのタブンネが真似をしてペレットを拾って食べ、
そのまわりのタブンネがまた真似をして拾って食べの繰り返しで部屋のタブンネの殆どがペレットを求めてる状態になった
それに合わせて部屋中にペレットを撒く女社長。実はその最中も約150匹全ての子タブンネを観察し、大まかながら選定を行っているのだった
部屋中の子タブンネに行き渡るようにペレットを蒔いたその後
女社長が箱から取り出したのは、青、赤、黄の三色の短く切ったリボンの束だ
「好き嫌いしないいい子には、素敵ブルーのリボンをあげちゃうよっ♪」
「チィ?」
口一杯にペレットを頬張ってた所、突然二の腕に青いリボンを巻かれた子タブンネの中の1匹
気になるのかむず痒そうに巻かれたところをポリポリ掻いている この三色リボンを巻くことで質のいいタブンネと悪いタブンネを見分けやすくするのだ
良し悪しは基本的にペレットの食いで決まる
人工の餌を食わないような子タブンネはペットとして飼うのに不適格で店には卸せないという訳だ
見た目や健康状態に問題がなくペレットを積極的に食べる個体には青いリボンが与えられる
これは一番良いリボンで「すぐにでも出荷できる」事を表している
「もうちょっとなタブンネちゃんには黄色いリボン!、もう一息頑張ってね〜」
「ミッミッ!」
ペレットが口に合わず、あまり食べなかったり途中で吐き出してしまった子タブンネには黄色いリボンが巻かれる
これは「少し改善すれば出荷できる」を意味するリボンだ
黄色いリボンのタブンネはケージに入れられてペレットに徐々に慣らしながら食べられるようになるまでここで飼育されるのだ
目立つ抜け毛があったり跡が残らない程度の傷があるタブンネにもこのリボンが巻かれ、治るまで飼育される
「困ったちゃんには、赤いリボン!、いい子ちゃんになれるように頑張ろうね〜」
「ミィィ!ミィィ!!」
ペレットに見向きもせず弟分の足をペチペチとはたき続けている子タブンネに赤いリボンが巻かれた
ペレットを口に入れない、興味を示さない子タブンネには赤いリボン
このリボンを巻かれた子タブンネは一番ランクが下の「売り物になる可能性は低い」タブンネで、
性格に大きな難があるタブンネ、離乳したてのタブンネにも赤リボンが巻かれる
このリボンが巻かれたタブンネたちはスパルタ方式で教育され
丸一日絶食させる、他のタブンネが美味しそうに食べるのを見せつける、ペレット食べないと殺すという旨を触角から伝えるなど様々な仕打ちを受ける
しかしそれでも赤リボンのタブンネが出荷できるまでになる確率は半分以下と少ない
「ん〜? ずいぶんちっちゃい子がいるね〜」
「チィ?」
男2人も社長を手伝い選別の作業を続けてると、まわりの子タブンネより一際小さい子タブンネが見つかった
身長は35pほどで普通なら持って帰らないサイズだが今回は数が多かったので紛れ込んでしまったようだ
まだおぼつかない足取りでよちよち歩き回り見ていて危なっかしい 恐らくここ数日のうちに歩けるようになったばかりなのだろう。鳴き声もまわりの子タブンネよりも幼いベビンネのチィチィ声だ
「巣漁るとき間違って捕まえちまったかなー」
「ミミィ! ミィミィ!」
「ん、なんだこいつ」
弟分が何気なく小さい子タブンネの顔を覗き込んだ時、黄色いリボンの子タブンネがその間に割って入った
この子タブンネは小さい子タブンネのお兄ちゃんで、初めて出来た妹である小さい子タブンネをとても可愛がっていたのだ
両親を目の前で殺され、2匹揃って捕まった後もこの兄子タブンネは必死に頑張った
麻袋の中では降り注ぐ糞尿や他のタブンネの荒ぶる手足から庇い、高水圧洗浄機の冷たい放水からも自分の身を盾にして必死に守った
黄色いリボンを巻かれたのにも理由がある
固いペレットを妹にも食べられるように自分の口で噛んで柔らかくして吐き出したのを「食べられなかった」と誤解された為である
「よしよし、抱っこの時間でちゅよ〜」
「チッチ!」「ミィィ!」
目の前の弟分に気を取られていたのか、兄ンネは後ろにいた女社長にいとも簡単に妹ンネを抱き上げられてしまった
「妹を返して!」と言わんばかりにミーッ!ミーッ!と声を張り上げて両手を抱き上げられた妹に向けピョンピョン跳ねながら怒ったが
社長は特に気にする事も無く赤ちゃんを抱っこするような形に妹ンネを抱き直した
「チィ…チィ…」「ミィ…?」
社長に抱っこされた妹ンネを見たとき、兄ンネはピタリと怒るのをやめた
妹ンネの身体全体を優しく支えるような抱きかた、それは母タブンネが妹を抱く時と同じ姿だったからだ
目の前でドリュウズに腹を引き裂かれて死んだママンネが人間の姿で帰ってきた… そんなあり得ない妄想で兄ンネの頭の中がいっぱいになった
そして妹ンネも久しぶりに触れた大きな温もりに安らいでいる
社長はそんな妹ンネの小さな口に人差し指で優しく触れると、妹ンネはまるでお乳を飲むかのように指をちゅぱちゅぱとしゃぶりだした
「うーん…この子は育てらんないかな〜、まだ歯が全然生えてないや」
社長はそう呟くと妹ンネを胴体を片手で掴むような持ち方に持ち替え、
まるでペットボトルのフタでも捻るかのように妹ンネの首をグキリと後ろに回してしまった 「ミィ…?」
社長の手からポトリと妹ンネが落とされると、兄ンネは「何が起こったのか分からない」といった表情で妹ンネへ駆け寄る
野次馬の子タブンネも数匹寄ってきた
首が180°後ろに向いた異様な姿でピクピク痙攣する妹ンネ、兄ンネは不思議に思って触角をくっつけで妹ンネの体の音を聞いてみる
そこから聞こえるのは急速に小さくなっていく心臓の音、血の流れがだんだん緩やかになり、やがて止まる音、止まってしまった呼吸の音…
これらが「死の音」だということは幼い兄ンネにも分かることだった
「ミギュッヒ… ミビェェ〜〜ン!!」
「ありゃ、兄弟だったのね」
兄ンネは死体となった妹ンネにすがり付いて泣いた。それは狂気を含む泣きかただった
死んだはずの母親が生き返って大好きな妹ンネを殺した… 幼いタブンネの心に致命的なダメージを与えるには十分な出来事だろう
当の社長は自分が兄ンネに母親と勘違いされてるとかそんな事知るよしも無いのだが
「社長〜 こっちにも小さいのが居ましたぜ〜」
「歯が生えてるなら赤いリボンつけて残しといてねー」
「あいたた!ちゃんと生えてんなこいつ」
離乳してないベビンネ、病気の子タブンネ、身体に欠損がある子タブンネはリボンを付けられる事無くその場で処分される
育てても商品にならないか、育っても手間と金が掛かりすぎて採算割れしてしまうからだ
青いリボンの子タブンネは明日にでも競りにかけられポケモンショップに売られていく
そして赤と黄のリボンの子タブンネはここで商品になるよう飼育される
しかしそれは生き延びて売られるか、力尽きてゴミになるかの希望の無いサバイバルなのだ
黄色いリボンのタブンネたちは約30匹
車輪つきの特大衣装ケースにすし詰めにされて女社長に第一飼育室へと連れて行かれた
第一飼育室は窓とエアコンがついた広いリビングを改造した飼育場で黄色いリボンの子タブンネがここに置かれるのだ
先住の子タブンネは三段、所によっては四段も積み重ねられた狭い檻のようなケージに一匹から数匹ずつ入れられている 『ミミーッ! ヂーッ!ヂーッ! ミッヒミッヒ! ミーッ!ミーッ!』
女社長が部屋に入ってくると部屋中の子タブンネたちが一斉に鳴き出した
歓喜、渇望、不満、悲哀、様々なな感情が籠った声が混じりあって部屋中に響く
そのあまりの騒音に衣装ケースの新入り子タブンネの達は思わずたじろいだ
ここのタブンネには十分な食べ物と水、そして温かい空気が与えられてはいるが足りない物が二つある
それは楽しみ、そして母の愛。この子供にとって必要不可欠な二つにここの子タブンネたちは非常に飢えている
「はいはーい、みんな、新しいお友だちだよ〜」
部屋の隅にある折り畳み式のケージをいくつも組み立て、そこに子タブンネをホイホイと首を掴んで放り込んでいく社長
基本的に1檻に1匹、兄弟の子タブンネがいたら一緒のケージに入れるのだ
ケージの大きさは70p四方、身長40〜50pの子タブンネにとってはだいぶ狭いが、食うか寝るか糞するかしかする事は無いので問題はない
ケージに入れられた子タブンネは個体毎に違った反応を見せた
抗議するようにビービー鳴いて鉄格子をカタカタと揺らす子、
困惑した様子で狭い中をうろうろ歩き回る子、
周りの子タブンネの鳴き声に怯えきってしまい隅で丸くなって震えている子など色々だ
社長は全ての新入り子タブンネをケージに入れ終えると、先住の子タブンネたちを一匹一匹丁寧に観察していく
その時、社長が檻に顔を近づけると子タブンネは「ミッミッ!ミッミッ!」と喜びながらケージの前面に寄ってくる
社長が子タブンネに対してしてる事と言えば
「今日も元気だね」や
「 ご飯全部食べて偉いね〜」
など他愛もない言葉をかけるだけだ
「ミィィ…」
この光景をケージの中から「信じられない」という目で見ている新入りタブンネがいた
先ほど社長にまだ幼い妹ンネを殺された兄子タブンネだ
なぜあの子タブンネたちはベビンネを平気で殺すような奴に笑顔を見せて喜んでいるんだ…
兄ンネは不気味でならなかった しかしその答えは単純、この社長がここの子タブンネたちにとっての母親だからだ
確かに子タブンネに毎日餌をあげているのは社長であるが、ただそれだけではない
社長がここの子タブンネ達の母親足り得てるのは、一種の「魔性」のような物があるからだ
独特の高くて柔らかい声はママンネの声にどことなく似ていて子タブンネ達に安らぎを与え
童顔で目が大きく、優しげな円みを帯びた顔も子タブンネ受けがいい
あの、妹ンネを抱っこした時のような穏やかで優しく見える振る舞いもまた魅力的だ
事実、兄ンネもこの魔性に一度騙されかけているのだ
ただ、社長が第一飼育室に来るのは日に1、2回、数十分の間だけ。子タブンネたちはあまり一緒に居ることができないのだ
まだ甘えたい盛りの子タブンネにとって一日の大半を子供だけで過ごすのがどんなに心細い事か
母性というものに飢えきっている子タブンネたちにとっては社長と顔を合わせるたった数秒が砂漠に下りる朝露のような尊い物になるのだ
例えそれが、打算から来る上っ面だけのヘドが出るような母性であってもだ
「それじゃあご飯を全部食べた子には、オヤツをあげるよ〜」
『ミィィィィィヤッ!!ミィィィー!ミッ!!ミッ!!ミッミ!!』
社長が一緒に持ってきていたスーパーの袋からオボンの実を取り出すと、飼育室は歓声に包まれた
それはクリーム色のはずの皮が全体的に茶色くなっているかなり傷んだオボンの実だったが
そんな事は子タブンネ達には関係ない、みんな鉄格子の隙間から小さな白い手を伸ばして欲しい欲しいと催促している
「慌てちゃダメだよ、みんなの分はちゃんとあるからねー」
社長はそのオボンをナイフで薄く削ぎ落とすと、飛び出ている子タブンネにの手にそっと手渡した
一円玉程度の大きさのペラペラの切れ端だ、これでは舌に乗せて一なめしただけでで無くなってしまうだろう
しかし子タブンネは受け取った瞬間すぐに口に入れ、ペチャペチャと舌を鳴らしながらいつまでも咀嚼している
美味しくて仕方がないと言った感じだ ここの子タブンネたちにとって楽しみはこの吹けば飛ぶような切れ端しかないと言っても過言ではない
それ故、味がなくなるまで、いや、味が無くなってもなお実の繊維の一本に至るまで味わい尽くす
「無くならないで」「いつまでも口の中に居て」そんな事を願いながら子タブンネたちは数滴もないであろう果汁を唾液で口一杯に満たすのだ
「ミ゙ーッ !ミ゙ーッ !ミ゙ーッ!!」
「はいはい、今あげるからねー」
サクサクとナイフでオボンを削りながらテンポ良く次々と配っていく社長
子タブンネたちは隣の檻の子タブンネがオボンを受け取るとより強く鳴いて自分にもくれと必死でアピールする
そして受け取ると一転して静かになり小さなピチャピチャという音だけがケージの中から聞こえてくる
だが、ある子タブンネのケージの前でオボンを切る手が止まった
そしてケージの上部に貼られている付箋紙をチェックする社長
そこには「10月29日 腕 毛抜け」と書かれている
たしかにそのケージから出ている手は、腕の部分にハゲができてて地肌が丸見えだ
「うーん、1週間経っても何も変わらないなぁ… もう改善は望めない、かな?」
社長はオボンを床に置いてからケージの扉を開け、片手にナイフを持ったまま毛抜け子タブンネを抱き寄せた
腕の中で「ミィ〜♪」と甘えるように鳴いて、母タブンネの毛皮を掴むのと同じように社長の服をきゅっと掴む抜けンネ
そしてたまたま顔の近くに来ていたナイフからオボンの匂いがするのに気づくと、その峰をペロペロと嘗めだした
ナイフが危険な物だと分かっていないのだ
そんな事には気付かず社長は片手でオボンが入っていたビニール袋を床に敷くと、そこに抜けンネをそっと寝かせ首の所をやんわりと押さえつけた
抜けンネは社長が遊んでくれてるんだと思い込んでいて、
「ミッミッ♪」と笑いながら小さな手をパタパタ振り回して喜んでいる
端から見ればナイフを持った人間に首根っこを押さえつけられてる絶体絶命な状況だが抜けンネにはそれが分からない
抜けンネとってナイフは甘い味がするおやつで、押さえつけてる人間は大好きなママなのだから
「心臓はこの辺だったよね?」
社長は抜けンネの胸にナイフを突きつけ、そのまま力を込めてナイフで刺した
「ミグッ?!」と最後の一鳴きと同時に、胸から血が溢れだす 抜けンネは突然ママから与えられた激痛にもう訳がわからなくなったいた
「どうしてママはミィにいたいことするミィ? ミィはわるいことしてないミィ」
鳴いてそう伝えたかったのだが喉に血が上ってきて鳴くことも、いや呼吸することすら出来ない
抜けンネの澄んだ青い瞳から、痛みと悲しみの涙が胸の血にも負けぬほど溢れ出た
「心臓を外しちゃったかなー? でもこれだけ血が出てたらそのうち死ぬよね」
社長は抜けンネの血がついてない尻尾の部分でナイフの血を拭き
死にきれずにピクピク痙攣する抜けンネをまるでゴミのようにスーパーの袋に入れてしまった
そして何事も無かったかのようにオボンの切れ端を子タブンネたちに配る作業に戻っていった
この惨劇に子タブンネたちは怯えていたが、目の前のオボンの魅力には敵わずまた檻の隙間から白い手を出して催促するのだった
「あの子は悪い子だからお仕置きされた、でも自分はいい子だから大丈夫」そんな都合のいい解釈をして
この部屋の子タブンネたちは本来ならば両親や仲間たちから色々なことを学ぶ時期だ
それは他タブンネとの円滑な接し方や、食べ物のみつけかた、危険なポケモンからの逃れかたなど様々だ
そんな大切な時期にただ餌を食べるという事だけを教えられたこの部屋のタブンネたちは、本当に幸せなタブ生を送るのだろうか…
そんな事は子タブンネを売ってしまえばそれで終わりの社長は考えてもいないのである 『ミイッ!チィチィ!キィィ!ミィッミィッ!!』
「いつもくせぇなーここは」
一方、赤いリボンの子タブンネたち約20匹も特大衣装ケースに入れられ男2人によって第二飼育室に連れていかれた
第二飼育室は物置として使われていた部屋で環境は劣悪だ。
常に糞尿と腐ったフーズと死体の悪臭が籠りエアコンもストーブもなく窓が1つあるだけ
子タブンネを入れるケージも専用の質のいい物ではなく、使い古しの衣装ケースや果物の木箱
力の弱いベビンネのケージには段ボール箱さえ使われている
そんな環境で離乳して間もないベビンネやペットに向かない攻撃的な子タブンネが数十匹も飼われているのだ
もちろんそんな事をしていれば毎日死ぬタブンネが出るのは当たり前
男2人の仕事は死んだタブンネを片付ける事から始まる
まず手を付けたのは悪臭に満ちた部屋の中でも飛びきりキツい悪臭を放つ衣装ケースからだ
「あー、兄貴、このでけえの死んじゃってますぜ」
「うーむ、いくらなんでも5日間エサ抜きはムチャだったみてぇだな」
「こいつぁ確かオボン畑の近くで捕まえたヤツだもんで、口が肥えててオボンしか食わなかったからなぁ…」
弟分に耳を捕まれて持ち上げられた死体、黒い汁にまみれたそれはタブンネとは思えないくらいに痩せ細っていた
ふっくらしているはずの腕は骨と皮だけになって棒のよう
毛皮越しでもあばらが浮き出てるのがはっきり見て取れる胸に
支える腹筋が痩せ衰えて内臓がぽっこりと出たお腹はまるで餓鬼の様だ
そして絶望し切っている子タブンネとは思えないほど歪んだ死に顔…
それは新入りの子タブンネたちに一目見ただけでここは地獄だと分からせるのに十分なインパクトだった
「フィィ… ミッミィ…」
「ほらほら、お前らもこうなりたくなかったらフーズを食べられるようになるんだぞ」
初めて見る死体に怯え震える新入り子タブンネたち。しかし死んでいたタブンネは一匹だけではなかった
男2人は死体を脇に積みながら死に場所となった衣装ケースを雑巾で次々と掃除していく
この日死んでいたのは12匹。死因はいずれも餓死。みんな同じ場所、つまりオボン畑の側で捕まえた子タブンネだった 「兄貴、やっぱり畑の近くで捕まえるのはやめた方がいいんじゃないかい?」
「農家のおっさんには有り難がられるがな、害獣駆除してくれたってよ
タブンネみてーに見た目が可愛いと農家の連中も中々手が出せねぇんだよ、色々言われるからな」
乾拭きで申し訳程度に綺麗にした衣装ケース、臭いはするがこれで新たな子タブンネが入れられる
最初に入れられるべく選ばれたのは子タブンネのなかでも一際幼い、まだベビンネと言っても良いくらいの小さなタブンネだった
「ヂヂーッ! ヂヂーッ!! ヂャアーーッ」
「おいおい、暴れんなって」
弟分に首根っこを捕まれたベビンネは恐怖して激しく暴れた
喉が枯れるほど叫び、手足を振り回し、体をよじらせ、おしっこを撒き散らし… 小さな身体で出来る抵抗は全てやっだろう
しかしその抵抗も大人の握力にはまるで意味を成さない
ベビンネを移そうと弟分が子タブンネたちを運んできた衣装ケースに背を向けたその時
「ウミィーーーーーーーーーー!!」
幼い雄叫びと共に一匹の子タブンネが他の子タブンネを踏み台にして飛び出してきた
そして弟分のズボンの飛び付くと噛みつきながら激しく揺さぶった
「うぉっ、なっ、なんだ?」
突然の攻撃に弟分は思わずベビンネを床に落としてしまった
ベビンネは急に落とされたショックと痛みでチーチーと泣きわめく
弟分に飛び付いた子タブンネはズボンから手を離すとベビンネの側に駆け寄り、両手を広げ男2人の前に立ち塞がった
「うへぇ、ちびの癖になかなか根性のあるじゃねぇか」
この勇気ある子タブンネ、実は男2人が襲った群れのリーダータブンネの息子だ
偉大な父から群れを守る責任と勇気を以て闘うことを教えられ、この子タブンネもそれに堪えられるように強くあるように努力してきた
その実力も群れの子タブンネの中では一番強く巣に侵入したバチュルを電撃を浴びながらも追い払った事もある程だ
それで群れの子タブンネたちからの尊敬を受けているガキ大将、いや、小さな勇者とも言うべき立派な子タブンネだ 『ウミィーッ!ミーッ!ミーッ!ミィッ!ミィッ! ミバーッ!』
「兄貴ぃ、なんか他のタブンネも怒り出したんだけど」
「触ったら噛みつかれそうだなこりゃ」
勇者ンネの蛮勇に触発されてか、衣装ケースの中の新入り子タブンネ達も怒りを爆発させ、声を荒げて叫び暴れだした
ある者は小さな腕を振り上げ、ある者はケースから飛び出そうと短い足で必死に跳ね、
またある者は近くにいるベビンネを抱きしめ男2人を怒りの表情(でも子タブンネだからカワイイだけ)で睨み付けている
このケースの子タブンネたちは攻撃的ゆえに赤リボンを巻かれた個体が多い
それは彼等が勇者ンネと切磋琢磨していた仲間、もしくはライバルたちで
大人タブンネがいなくなった以上へ戦うしかないと覚悟を決めていたのだ
「兄貴、どうしよう、落ち着くまで待とうか?」
「うーん、そうだな、所詮タブンネのガキなんだしすぐに疲れるだろ」
男たち2人が困ってると、部屋の外から「フィー、フュルルル♪」と可愛らしいポケモンの鳴き声が聞こえてきた
「あっ、シルフィちゃんですぜ」
「なに?、何でこんな時に」
部屋の入り口にいつの間にか居たのは綺麗な青い目をした四足歩行のピンク色のポケモン
「シルフィ」と名付けられている社長のペットのニンフィアだ
社長はこのシルフィを娘の様に溺愛していて、男2人は気軽に触ることもできない。たが
「そうだ、シルフィにこの場を納めて貰おうぜ
ニンフィアてのは触覚で周りのポケモンを落ち着かせる事が出来るらしいからな」
「大丈夫ですかい兄貴、怪我でもさせたら大目玉ですぜ」
「なーに相手はタブンネのガキだ、大丈夫だろ…
シルフィちゃーん、おやつあげるからこっちおいで〜」
兄貴の猫なで声はやや不気味だがシルフィは「フィ〜♪」と機嫌の良いに返事をして臭い部屋の中へ入ってきた
シルフィを前にした勇者ンネは突然現れた大人タブンネの背丈ほどある相手に思わず冷や汗を垂らした
しかし、背のベビンネを守るべく、全身に力を込めた臨戦態勢でその場に踏み止まる 「シルフィちゃん、この子たちが興奮して暴れちゃって困っているんだ
シルフィちゃんの力で大人しくさせてくれないかな?」
「フィ〜♪」
シルフィは二つ返事で承諾すると、リボンのような触角をゆらゆらと揺らし、波動を出し始めた
するとどうだろう、衣装ケース内の子タブンネたちがぴたりと騒ぐのをやめた
そしてみんな何が起きたか分からないという感じでキョロキョロと周りを見渡している
心の中に炎のように燃えていた闘争心が突然萎えていってしまい、皆困惑しているのだ
そしてそれは勇者ンネも同じだった
心にぴりりと張り詰めていた緊張の糸が切れ、力んでいた全身からはふわりと力が抜けた
「ミィ… ミィ…?」
「フィ〜フィ〜」
不意な心の変化に戸惑う勇者ンネ、その眼前にシルフィが歩み寄る
そして勇者ンネに顔を近づけクンクンと匂いを嗅ぐと、後ろのベビンネに興味を移した
「チィチィ♪」「ミィ?」
泣いていた筈のベビンネはいつの間にか泣き止んでいた。これも波動の効果である
シルフィはベビンネの顔に鼻が当たりそうになるくらい頭を近づけると、またクンクンと匂いを嗅ぎだした
あまりいい匂いはしないはずなのだが、どこか嬉しそうな顔で興味津々に
ベビンネもまた「チィチィ♪」と嬉しそうに笑いながらシルフィの顔をペタペタ触っている
「こいつら仲良くなってますぜ」
「色が似てるからお互い仲間だと思ってるんじゃねぇかな」
勇者ンネもベビンネと触れ合うシルフィを見て男2人と同じことを思っていた
このポケモンは僕たちタブンネのお友達なんだ、と
シルフィがベビンネのお腹に噛みつくまでは 「ヂビーーッ!!!」
前足で頭を押さえつけながら腹を食い破ると、腸が裂け目からプリッと飛び出した
そこに鼻先を突っ込み、ハラワタの中から美味しそうな1つを最初に腹から食い千切る
シルフィが見つけたのは栄養たっぷりの肝臓だ
「兄貴ぃ!シルフィがタブンネ食べちゃってますぜ!」
「えっ、こいつ肉食なの?!」
男たちがそれに気づいた時にはもう手遅れ。ベビンネがもう助からないのは誰の目にも明らかだ
「ミ,ミィィ… 」
勇者ンネはまさに目の前で起こっている惨劇に、ただ震えて立っている事しか出来なかった
もし、勇者ンネがまともな精神状態だったとしたら今頃シルフィに全力のタックルを仕掛けていることだろう
勇者ンネは強い相手に立ち向かう時、いつも恐怖を父から受け継いだ闘志で打ち消して戦ってきた
だが、ニンフィアの波動で闘志
を消された今の状態では捕食者への恐怖に心が覆い尽くされ、一歩前に出ることすらできなくなってしまったのだ
「ミギギ…」
たがそこは子タブンネの勇者と言うべきか、涙が溢れる目で毅然とシルフィを睨み付ける勇者ンネ
亡き父の教えと勇姿、そして誇りを心に思い浮かべながら一歩も下がらずに踏み止まった
耳の中に粘りつくようなおぞましい音もまた恐怖を煽った
プチップチッという腸が鋭い歯で千切れる音、コリコリという耳が口の中で噛み砕かれる音
バチン!と目玉が弾けて中の液体が飛び散る音、クチャクチャという咀嚼音など様々
中でも一番勇者ンネを苦しめたのは、死にきれないベビンネが時折漏らす苦痛のうめき声だ
勇者ンネが流す涙は恐怖のためだけではない。目の前でズタズタになっていく守るべきベビンネへの申し訳なさと、何も出来ない自分への悔し涙だ
「ドリュウズ出して止めさせようか?」
「バカ!怪我させちゃマズイって分かってんだろ!」 男2人もまた対処に困って何も出来ないでいる。さすがに泣いてはいないが
『ミィッ!ミィィッ!!ミーッ!ミーッ!ウミーッ!!』
ケースの中の子タブンネたちがまた騒ぎだした、たださっきとは様子が違う
全てのタブンネが同じ方向、勇者ンネに向かって叫んでいる
ある者は小さな拳を天に突き上げ、ある者はケースの壁をバンバン叩きながら
その叫びは、勇者ンネへの応援であった
「負けるな!」「やっつけろ!」「がんばれ!」「ベビの敵を討て!」
かつて仲間だった子タブンネも、ライバルだった子タブンネも皆声を張り上げ勇者ンネを激励した
彼等もまた闘志が消えかけていく自分の心と戦っているのである
人にはミィミィとしか聞こえない、しかし、勇者ンネにはその声に込めた熱い思いが確かに伝わって来た
仲間たちの声が光明となり、恐怖という闇に覆われた勇者ンネの心を勇気の光で照らした
みんなの勇気、そして自分の心のから涌き出る勇気、その全てを奮い立たせ、小さな足で大敵に向かって一歩を踏み出した
「ンーーーッ!!ウミーーーッ!!」
幼い雄叫びと共に繰り出された攻撃は、身体全てを使った捨て身の体当たり。それは群れの長、父タブンネの得意技であり、勇者ンネが最後に見た父の勇姿でもあった
父タブンネは言った、勝てない相手でも痛い目だけは見せろと
そいつがタブンネを容易ではない相手だと分かれば、仲間のタブンネが襲われなくなる
俺たちの戦いは勝って奪うための戦いではなく、たとえ負けても仲間を守るための戦いなのだと
そして勇者ンネも今、父亡き後の群れの長として、残った仲間達を守るために大敵との戦いを始めたのだ
問題はシルフィに痛い目見せるには勇者ンネの攻撃力が足りなさすぎた事なのだが
「ポフッ」
…これは勇者ンネの捨て身タックルがシルフィの後ろ足に直撃した音だ
筋力、体重、スピード、足の踏ん張り、身体の硬さ、悲しきかな勇者ンネの捨て身タックルはそれらの全てが足りてなかった。すべてはタブンネは生態系最下層存在であるが故である。
直撃を受けたはずのシルフィはびくともせず、勇者ンネは反動でコテンと尻餅をついてしまった 「フィー?」
「何かフワフワして気持ちいいものが足に当たったな」
シルフィはそんな事を思いながら捕食を中断し、何の気無しにひっくり返っている勇者ンネの顔を見下ろすように覗き込んだ
「ミ,ミィィ…」
血に塗れたシルフィの顔を見た瞬間、勇者ンネは戦慄した
こいつは可愛いタブンネのお友達などでは断じてない
悪魔だ、赤ん坊を食い殺し、その血を浴びて笑う悪魔だ
人間から見ればチャームポイントである大きくて円らな青い瞳、そして口からチラリと覗く白い牙
それらも恐怖した勇者ンネにとってはおぞましく悪魔的に見えた
「うわわっ、血だらけだぁ、ひでぇ事になってますぜこりゃ」
「やべぇよ… 昨日社長がサロンに連れてったばっかなのに… 」
男たちもまた別の部分で戦慄していた
「フィ〜?」
興味深そうな顔をして怯える勇者ンネの顔に鼻先を近づけるシルフィ、その距離わずか数センチ
その吐息が勇者ンネの鼻に触れた
血の臭いと破れたハラワタの臭いが混じりあった胸が悪くなるような生臭い、死の臭いがする吐息だ
「ミビャァァァァァァァァ!!!」
それが鼻に入った瞬間、勇者ンネは悲鳴をあげてベビの様にハイハイして逃げ出した
恐怖のあまり腰が抜けてしまい立ち上がれないのだ
ニンフィアの闘志を消し去る波動など最早関係ない
あまりにも本能的で、そして圧倒的な目の前の捕食者への恐怖が勇者ンネの心を完全に支配した
群れを守る覚悟や偉大な父の教えなど、もはや完全に吹き飛んでしまっていた
そして恐怖に駆られたその行動、相手の目の前で背中を見せて逃げるという行為…それは捕食者を相手にしたときの最悪の行動の一つだ 「フィィー!」
「逃げるものを追う」というのは捕食者の誰もが持ち合わせている習性だ
その習性のスイッチが入ったシルフィはピョンとひと飛びで勇者ンネに追い付き、前足でキュッと押さえ込んでしまった
「ビギュリグミバァ!」
押さえつけられた勇者ンネはタブンネの声とは思えない滅茶苦茶な声を出しながら悶絶した
手足を闇雲に振り回し、身体をくねらせて床にバンバンと打ち付ける
余りの恐怖で正気が保てなくなってしまったのだ
その姿は陸に上がったコイキングとかそういうレベルではない見苦しさだった
勇者ンネを押さえつけた後で、シルフィはハッと気づいた
「自分は今お腹空いてない」と
そして押さえつけていた前足をそっと離した
「ミ…ィ…」
「フィ?」
開放された勇者ンネは動きを止め、うつ伏せのままプルプル震えている
精神が限界でもはやハイハイで逃げることも出来ないのだ
しかしそんな事シルフィには分からない
死んでしまったのかと思い前足でそっと触ったその瞬間
「ビルルルルルル!!ボギュアビッビ!」プゥッ
勇者ンネはもう一度あの発狂ダンスでのたうち回った。しかもオナラのおまけ付き
いくら勇敢とはいえ勇者ンネも所詮は子タブンネ
幼く脆い精神であまりに過剰な恐怖を受けてしまい、少しの刺激でも自分が殺されると心が勘違いするようになってしまったのだ
人間で言うところのトラウマとかPTSDとかその類いだろう 「フィッフィ〜w」
リアクション(オナラ付き)を面白がり、シルフィは動きが止まる度に勇者ンネを前足で叩いた
まるで触れば動くオモチャのように
勇者ンネは繰り返される悶絶ダンスの中で色々なリアクションを見せた
小便を漏らす、頭を床に叩きつける、あぶくを吹く、白目を剥いて触覚を自分で引っ張る…
男二人は悩んだ末「シルフィが飽きるまで遊ばせとく」という選択肢を取った
そのため勇者ンネの悶絶ダンスは死ぬまで続くかと思われた。しかし
「チィチィ… チィチィ…」
勇者ンネはうずくまって頭を抱え、震えながら「チィチィ」と繰り返すだけになった
これはタブンネの赤ちゃん、ベビンネの鳴き方、それもママンネを呼ぶときの鳴き方である
勇者ンネは心が壊れて赤ちゃん返りを起こしてしまったのだ
それはシルフィにとっては詰まらないリアクションだったようで
やっと小突くのを止めてくれたのが勇者ンネにとっての唯一の救いだ
幼い勇者の戦いは無惨な結末に終わった
父の教えの通りタブンネの強さ、危険さを敵に分からせるどころではない
何の抵抗もできずベビンネを食べさせてしまった上に、自分自身もオモチャにされてしまった
いつでも安全に美味しく食べられる上に楽しいオモチャも付いてくる…
ボクたちは草むらのハッピーセットですと天敵に宣伝したような物ではないか
これでは天敵がリピーターになって何度もタブンネの群れを襲いに来てしまうだろう
まあ勇者ンネがいた群れなんてもう無いようなもんだからただの杞憂だが
「ミッグ… ヒッグ…」「ンミィ…」
静けさを取り戻した第二飼育室には、子タブンネのすすり泣く声だけが聞こえてくる
衣装ケースの中にいる勇者ンネの仲間たちはもちろんの事、元々この部屋で飼われていた先住子タブンネも泣いていた
あの強い(強そうな)勇者ンネでも何もできずにオモチャにされて、挙げ句の果てには赤ちゃん返り
勇者ンネへの失望、そして自分たちの弱さへの悔し涙がプラスチックの床にポトポトと溢れた 「ホラ、いつまでも泣いてんじゃねぇよ、これからいっぱい食べて強くなるんだぞ」
兄貴分が震える勇者ンネを優しく抱っこして空いてる飼育ケースに入れた
この期に及んで親のカタキに励まされるとはもう恥も極まれりである
『ウミィィィィィ!!チィィィィィ!!』
「シルフィ!だめだよ、やめなさい!」
勇者ンネでは遊び足りなかったのだろう
シルフィは衣装ケースの縁に乗り掛かり次のオモチャを選ぶべく中の子タブンネ達を覗き込んだ
泣き叫び、一斉に逃げてケースの反対側に押し寄せる子タブンネたち
もはやシルフィと闘おうとなどと思う奴はいなかった
端から見れば衣装ケースを覗きこむ可愛いニンフィアだが
ケース内の子タブンネ達から見れば壁から顔を出す超大型巨人の如くである
「チッ、チィィ、キチーッ!」
逃げ遅れたベビンネが前足で押さえられ、そして耳を咥えられて捕まってしまった
目の前でベビンネが襲われ、救いを求め泣き叫んでるのにも関わらず、助けようとする子タブンネは誰もいない
目の前の現実から目をつぶり、耳を塞ぎ、必死に逃れようとする
タブンネの小さな戦士たちは、残虐な捕食者に威嚇の声一つ上げられない臆病者に堕してしまっていた
「チィーッ!チィーッ!チィーッ!ビャアアアアアア!!!」
泣き叫ぶべビンネを口に咥えたままシルフィはスタスタと飼育室を出ていった
美味しいオヤツをママ(社長)に持ってってあげようと思ったのか
はたまた、楽しいオモチャでママと一緒に遊ぼうかと思ったのか
それはシルフィにしか分からない
男たちに分かるのは、シルフィのお陰で仕事がやり易くなったという事だ
商品候補が1個ダメになったのはご愛嬌 「こいつらすっかり大人しくなっちまったな」
「これでフーズが食べれたらもう出荷出来そうですぜ」
男たち2人は反抗しなくなった子タブンネたちを次々に飼育ケースに移し
同時にボール付きの給水器に入った水と一掴みのフーズも一緒に入れていく
ケースに入れられた子タブンネ達、どの子を見ても隅っこで身体を丸くしてプルプル震えている
大勢の仲間がいても何もできなかった自分の弱さと目の前で悪魔に連れ去られたベビンネへの罪悪感
その二つが混じりあって黒くて重い塊となり、子タブンネたちの幼い心にずっしりとのし掛かった
もし、この子タブンネたちがこれからペットショップに売られて行き、そこで優しい飼い主に出会ったとしても
心にこれほど重い物を抱えたままで本当に幸せに暮らせるのだろうか…?
「うぇぇぇぇぇ!!?」
別の部屋から社長の悲鳴が聞こえた
血まみれのシルフィに驚いたからなのは想像に難くない
男たち二人も、震える子タブンネにも負けぬほど恐怖した
男二人は社長からのお叱りに戦々恐々としていたが、今日は客が来るという事でお叱りは先伸ばしになった
そして次の仕事に取りかかるべく、最初のタブンネを選別した部屋に戻った
『ミィッ、ミィッ、ミッ、ミッ、ミィッ!』
「ふぃ〜、これだけいるとウンザリしてくるな流石に」
青リボンを結ばれた子タブンネ達は週に一回の競りがある日まで部屋で放し飼いにされる
そして競りの日になるとキャリーケースに入れられて出荷されるのだ
普通だったら出荷までに2〜3日はこの部屋で過ごして、その間に親から離されたショックからある程度回復するのだが今回は違う
「ンミーッ!ミチッ!ミミーッ!!」
「ほらっ、痛くねーから大人しく入れって!」 子タブンネたちは捕まった当日だというのに輸送用のキャリーケースに次々と入れられていく
輸送用のキャリーは直方体で奥行きき70p、幅と高さが40pしかなく子タブンネ用にしてはかなり狭い
大きさだけ見ればケージというより棺桶である
これを入り口を上にしてそこから子タブンネを入れるのだが
狭くて暗いキャリーを嫌がって足をバタバタさせて入れられまいとしたり
入れられても入り口の縁を小さな手で懸命に掴んで懸垂のように登って脱出しようとするが
子タブンネを押し込めるように出入り口のドアを閉められ、ガチャリとカギをかけられてしまうのだった
「お邪魔するざんす、おー、こちらが当社の今度の企画で扱わせて頂くタブンネ達ざんすね
差し障りなければ少し見学させてくれないざんすか?」
「あっ、デパートの担当の方で?、どうぞお気になさらずご自由見てってくだせぇ」
急に子タブンネを集めたのには理由がある
それはデパートが企画した「タブンネとあそぼう!Mi Mi パラダイス」というイベントである
具体的に説明すると沢山の子タブンネと触れあって遊べて、その上気に入った子タブンネをその場で購入できるという催しだ
そのイベントに使う子タブンネが足りなくなって、急きょこの小さな会社に大量の発注が掛かってきたというわけだ
そしてこのざんす男はデパートの社員でイベントで扱う子タブンネの下見にやって来たのだ
「いやー、ここのタブンネたちは綺麗な子ばっかざんすね〜、どの子も傷一つなくフカフカで!」
「ええ、ランク分けして厳選してますもんで、ここに居るのはいつでも売りもんに出来る一級品ですぜ」
「れれ?ランク分けってことは他にもタブンネがいるざんすか?」
「野生のやつを捕まえてきてるもんで、人工餌を食わない奴や攻撃的な奴なんかはウチで慣らしてから売るんですよ」
「実を言うと、ここにいる分だけではタブンネが足りてないんざんすよ、
そん中に使えそうなタブンネが居るかもしれないし、良かったら見せてほしいざんす」
「大丈夫ですぜ、これが終わったらご案内しやす」
「お客さんの要望だぞ、しばらく俺一人でやっとくから今すぐ案内して差し上げろ」 兄貴分に急かされて、弟分はデパートの社員を第一飼育室に案内する
弟分と知らない男が入ってきたので、ケージの中の子タブンネ達は「ミッミッ、ミッミッ!」と困惑や警戒の声で一斉に鳴き出した
弟分の操るポケモンに親兄弟を殺された子タブンネもいるのだ
そんな子タブンネたちをデパートの社員はケージに顔を近づけて一匹一匹観察していく
「さっきの部屋の子達とそれほど違いは無さそうざんすけど、何が違うんざんしょ?」
「ここに居るのはペレットのポケモンフーズに馴染めない奴等が主だもんで、
見た目だけはさっきの一級品とそう変わらないんですぜ、少しは毛抜けとかもいますがね」
「へぇー、好き嫌いの問題ざんすね、
…アー、このタブンネに餌をあげてみてもいいざんすか?」
「少しなら大丈夫ですぜ、あ
、人間の食べ物や刺激の強えぇもんは止めて下せぇ」
「な〜に、ただのフーズの試供品ざんすよ」
そう言ってデパートの社員が懐から取り出したのはタブンネの絵が印刷されたとても小さな袋
カラフルなデザインで餌と言うよりかは駄菓子の小袋のようだ
ほ〜れ、タブンネちゃん、美味しいオヤツざんすよ〜」
「ミィッ?ミイッ!!」
食べ残しが残る餌入れに、その新製品のペレットが3粒、袋から転がり落ちた
それは鮮やかな赤や黄色の小さなクッキーの様なペレットだった
知らない人が見ると人間のお菓子と間違えてしまうような見た目だ
しかし、クッキーの様な見た目には似合わない不自然に強いフルーツの香りを放っている
その色と香りは、野生タブンネの最高のごちそう
すなわち、完熟した果実をイメージして作られているのだ
雑穀の粉とオカラの塊である子タブンネたちがいつも食べているフーズとは嗜好性が段違いだ
その新製品を投入された餌入れの主の子タブンネは、迷わずそれを二つ同時に手にとって食べた 「ミィッミッミ〜♪」クチャクチャ
「ホッホッホ!ちゃーんとペレットも食べられるざんすねぇ」
見た目のみならず味もいつものペレットとは比べ物にならない
甘くてフルーティで食感もしっとりと柔らかい
これに比べたらいつも食べているフーズの味は土の塊にも等しいだろう
子タブンネもあまりの美味しさにほっぺたに両手を当てて尻尾をフリフリして幸せをアピールしている
そして、飲み込んだ後に最後のフーズを餌箱から取ろうとしたその時、
弟分は格子の隙間からそのフーズをひょいとつまみ上げてしまった
「ンミーッ!!ギィィィ!!」
「はえー、まるでお菓子みたいですな」
子タブンネはもちろん怒り出入口の格子のを掴みガタガタと激しく揺らして抗議したが弟分もデパートの男もあまり気にしていない
そして弟分はフッフッと息を吹き掛けて汚れを飛ばし、ためらいもなく口に運んだ
「ムミィィィィィィィィィィィィーーー!!!」
「ヒッ?!」
「昔トレーナーやっててね、ポケモンが食べるフーズはこうやって味見したもんですよ」
「…ふえー、すごい事するざんすねぇ」
フーズが口に入った瞬間、子タブンネは絶叫した
まるで目の前で肉親が殺されたかのような凄まじい慟哭だった
デパートの男はそれにビクッと驚いたが弟分はノーリアクション
仕事上タブンネの悲鳴には慣れっこなのだ
悲鳴には驚かない弟分だが、フーズの味には顔をしかめて静かに驚いていた
口に入れた瞬間に広がる安物の飴のような人工香料の香り
そして次に来る果物のような酸味、それもまた不自然な風味だ
食感はマドレーヌのような食感だが口の中でほどけると結構な量の油が含まれているのが分かる
そしてほんのりとだが、ポケモンフーズにはあるまじき白砂糖の味がする (こりゃあ酷ぇ、知ってはいたがまさかここまでやってるとは思わなかったぜ)
弟分は知っていた、ペットポケモンショップで売られているフーズにはろくでもないものが入っている事があると
嗜好性を高めるための人工香料、化学調味料、脂肪分、糖分…この新製品のフーズにはその全てが入っている
そして鮮やかな色は人工着色料によるものであることは想像に難くない
こんな物を自分のポケモンに食べさせる奴の気が知れない…
こんなフーズを食べて育てたらタブンネは白砂糖で知能は低下、脂肪分ですぐに太って可愛くなくなるだろう
口の中のフーズの味も手伝って、弟分は気分が悪くなってきた
「おらっ、返すぜ」
「フミィ〜ン!」
弟分はまるで痰を吐くように子タブンネのケージの中にフーズを吐き出した
唾液まみれでグチャグチャのそれに笑顔で迷わず飛び付く子タブンネ
「よく帰ってきてくれたね」と再開を喜ぶような嬉しさと感動が混ざった声で鳴きながら
運悪くフーズは先ほどオシッコをした場所に落ちてしまった
しかし新製品フーズの虜になった子タブンネは何も躊躇わない
四つん這いになっておしっこと唾液が混ざったフーズを小さな舌でペロペロと嘗めるのであった
「ンー… ところで、赤ちゃんのタブンネはいないざんすかね?」
「あー、こことは別の部屋に何匹かはいますぜ」
子タブンネのあまりの浅ましい行動にドン引きしていたデパートの男だったが気を取り直して次の目的に話題を切り替える事にした
そして2人は子タブンネたちの「ミッミッ!ミッミッ!」と自分にもくれと催促する声を背に第一飼育室を出ていった
あの第二飼育室を客人に見せるのは少し抵抗があった弟分だが、ベビンネはそこにしかいない
「かなり臭ってて悪いですが、どうぞお入りくだせぇ」
「ふぇ〜、こりゃ強烈ざんすねぇ」
第二飼育室の強烈な悪臭に、デパートの男はハンカチを取り出して鼻を覆った
この部屋にも子タブンネは沢山いるはずなのだがその鳴き声は聞こえず
カサカサ、カサカサと紙が擦れるような音がかすかに聞こえてくるだけだった 「ここに居るのは攻撃的なヤツや幼すぎるヤツが主でして、
出荷出来る個体になる可能性は高くないもんでこんなぞんざいな扱いしちまってるんです」
「ふーむ、ベビィちゃんはともかく攻撃的な子はこちらとしてもいただけないざんすねぇ」
攻撃的な子タブンネとはどんな物なのであろうか?
デパートの男はそんな好奇心から衣装ケースの空気穴から中の子タブンネを覗きこんだ
「ピィッ!!」
視線に気づいた子タブンネはビクッと驚き高い声の悲鳴をあげた
そして狭いケースの中をパタパタと走り、壁にぶつかってしまった
「あの、むしろ普通の子より臆病そうに見えるざんすが…」
「あー、社長のペットのニンフィアがこいつらに酷いいたずらをしちまって、
それで怯えちまってみんなビビりになってるんでさぁ」
どんないたずらをしたんだろうとデパートの男は気にはなったが、あまり話題が逸れてもいけないのでここは聞かないでおいた
ここに来た本来の目的はベビンネである
「ええと、たしかこのケースだったな… いたいた」
「チィィ…?」
弟分がケースの蓋を開けると、アンモニアの臭気がムワッと立ちこめた
ケースの中は無造作にいくつもの糞が転がり、敷き詰められた新聞紙は大部分が小便でしっとりと濡れている
そして、新聞紙の残り少ない濡れてない部分にちょこんと座るベビンネがいた
「いやー、汚いとこ見せちまって済まんこってす」
「いえ、大丈夫ざんす、それよりもせっかく見せてもらったのに悪いざんすが、
もうちょっと小さい、ママのミルクを飲んでるくらいのベビィちゃんはいないんざんすかね?」
「えっ、乳飲み子ですって? ここにはいないですぜ
店に置いてからの世話が大変だもんでショップが扱わねぇんですよ
ショップの店員でももて余すのに、ましてやポケモンを金で買うような素人なんか…」
「ホホホ、それでも可愛いベビィタブンネちゃんを一目見たい、
あわよくばお家にお迎えしてママになってあげたいという方々は大勢いるざんすよ
あのアイドルの女の子がタブンネの赤ちゃんをお世話するテレビ番組の影響ざんすね」
「はぇー、そんなのがあったんすか、タブンネ扱ってんのに不勉強でしたぜ」 デパートの男の言う通り、テレビの影響でベビンネを飼いたいと思う人が密かに増えていた
だが、イッシュ地方のほぼ全てのポケモンショップが離乳前のベビンネの販売には及び腰であった
餌皿に餌を入れて糞さえ掃除しておけば生きてる子タブンネとは違って乳児ンネには色々と手間がかかる
食事一つとってもいちいち粉ミルクを作り、その上人の手で一匹ずつ飲ませてやらなくてはならない
世話の手間だけではなく身体の弱さも問題だ
ママンネから引き剥がされたストレスや急な環境の変化などで乳児ンネはすぐに体調を崩してしまう
乳児ンネの体調不良はすぐに風邪や下痢などの病気に変わり、酷いときには入荷から数日で死んでしまう事もある
入荷しても売れる前にすぐダメになってしまうのでは商品失格という事だ
ただ、2日間のごく短期間のイベントで展示販売するとなると話は別である
その程度の期間だったら持つだろうし普段のショップの何十倍、何百倍もの客が来るであろうから売れる確率も高い
もし売れた後にすぐ死んでしまっても客の自己責任である
最も、弟分が心配した通り可愛いからと衝動買いするようなヤツの下でか弱い乳児ンネが長生きできる確率はゼロ
「う〜ん、でも、このベビィちゃんも十分可愛いざんすねぇ
お手数ざんすが他のベビィも見せてくれないざんすか?」
「いいですぜ、箱に集めるんでちょっとお待ちくだせぇ」
そう言って弟分は部屋の隅にあった段ボールを組み立て、
部屋中のケースからベビンネを探し出し次々とその箱に移していく
ほんの5分ほどで6匹のベビンネが見つかり箱の中に集められた
「チィ?」「チィィ♪」「チィ♪チィ♪」
箱の中のベビンネたちは最初はキョトンとしていたが、久しぶりに同族に触れたのが嬉しくてすぐに他のベビンネと遊びだした
小さな手をペタペタと手遊びの様に合わせあったり他のベビンネの尻尾をもふもふと揉んだり
軟らかなほっぺをくすぐり合ってチッチッと笑いあったりしている
そのあまりに微笑ましい光景にデパートの男は思わず顔がにやけてしまう 「おほ〜、これはキュートすぎていかんざんすねぇ〜
イベントで使わない手は無いざんす! 全部買わせてほしいざんす! 」
「あー、俺は一番下っぱだもんで、売り買いの話は社長にお話くだせぇ
社長室は二階なんで案内しますぜ、一緒に行きやしょう」
そうして男たちはベビンネたちが入った箱と共に二階の社長室へと向かう
階段を上る際の揺れる感覚が楽しかったのか、箱の中のベビンネたちは「チッチッ、チッチッ」と楽しそうに笑っていた
狭いが小綺麗な社長室では社長が椅子に座って机に向かっていた
そこにノックの後にデパートの男が入り、挨拶もそこそこに商談が始まった
「つまり、B級品のタブンネと小さい子も追加で買いたいと。それは大丈夫ですよ」
「いやー、話が早くて助かるざんすよ」
「ただ、B級品はともかく小さい子はそちらにお届けした後の品質は保証できかねますので
そちらに送られてからの返品や交換は無しでお願いしますね」
「ええ、そこの所は承知してるざんす。ただ、五匹しか居ないと言うのがちと不足ぜんすが」
「不足?この半分赤ちゃんみたいなタブンネがもっと必要なのですか?」
「そりゃもう、いまタブンネの赤ちゃんは大人気ざんしょ、もう10匹、いや20匹でも大歓迎ざんすよ
イベントで赤ちゃんタブンネの授乳体験とかもやる予定ざんしたから」
「へぇ、ところで、イベントは明後日の土曜日からでしたよね?」
「ええ、その通りざんすよ」
「ならギリギリ調達が間に合います ね、何匹に調達できるかは分かりかねますが」
社長室の外で横聞きしていた弟分はぎょっとした
一日で調達と選別に、ついでに配達とか無茶すぎる…
しかも乳飲み子だけを狙うとは、これはかなり骨が折れることになりそうだ
そして話がまとまってデパートの男が帰ったあと、タブンネの梱包作業を行っていた兄貴分も呼ばれて指令が下された
「明後日の夕方5時のまでにタブンネの赤ちゃんを10匹以上捕まえてきてね」
正直かなりきつい条件だが、シルフィの事もあって男2人は素直に受け取らざるを得なかった
そして翌日、日が昇ると同時に男たちはワゴン車の前で狩りの準備をしていた 「さて、どの辺りを探せばいいかなぁ」
「子タブンネならまだしも、赤ん坊となるとなぁ…よく吟味して探す場所を選ばんと一匹も見つからねえって事もありうるぞ」
「こんな事なら昨日の群れの赤ん坊をつかまえておくんだったよ」
今は11月、秋が終わり餌も少なくなってくると野生のタブンネたちは子作りをしなくなる
つまりこの時期にベビンネはあまり居ないと言うことだ
居るとしたらパートナーを見つけるのが遅れた、夏に孵ったベビが早い時期に全滅してしまいもう一度タマゴを産んだ、
冬に餌が少なくなるのが分からないほどママンネが途方もないバカ、など何らかの事情があるタブンネのベビだ
昨日狩った群れにはそれらしいベビも結構居たがあれほど荒らしてしまっては同じ場所にいるとは考えない方がいいだろう
仕度が終わって車に乗り込んでも男たちは目的地をまだ決めかねていた
「さて、この時期に赤ん坊抱えてるバカタブンネが居るとすれば… リンゴ畑の側か
それとも、昨日みてぇなでけぇ群れを探すか…」
「畑といえば兄貴、近くの果樹園で売りもんにならねえ果物を捨ててる場所が近くにありますぜ」
「そりゃいいや、とりあえずそこを当たってみるか」
その場所は会社から車で10分ほどの所にある雑木林にあり、その中の少し開けた場所に割れたり痛んだりしたリンゴや梨などが捨ててあったのだ
ただし、男たちが訪れた時には果物の本体は無く変色した芯や腐って溶けた残骸がわずかに残っているだけだった
その周りの地面を男二人が少し探すと、あのハート形の足跡が
「やりましたぜ兄貴、タブンネ居るみたいですぜ」
「まー喜ぶのはまだ早ええ、赤ん坊を見つけてからだ」
足跡はまだ新しく、そして藪の中へと続いていた
兄貴分はルカリオをボールから出し、弟分と共に慎重にそれを追跡していく
そうして5分ほど足跡を追っていくと、草や蔓を編んで作られたドーム状の巣が見付かった
大きさは高さ約1m、幅は直径1.5m強くらい、タブンネの親子が隠れるには十分な大きさだ
間違いねぇ、この大きさはタブンネの巣だ、ルカリオの波動で探させるまでもなかったな」
弟分が隙間から中を覗くと、タブンネが横になってすうすう眠っていた
そしてそのお腹の前には、小さなピンク色の毛玉たちがもぞもぞと蠢いている (やりましたぜ兄貴、大当たりだ)
(小声でも喋るな、タブンネに聞こえちまう)
兄貴分は静かに興奮する弟分を諌めると、静かに麻袋を広げる
そしてドリュウズを出させ、巣に大きな穴を開けるようハンドサインで指示を出す
ドリュウズはそれに応じ、鉄の爪で巣の壁を縦に切り裂いた
「今だ!捕まえろ!」
「ミィッ?!!」
男たちは裂け目を掻き分けて巣の中に押し入りベビンネたちを数匹まとめて両腕で抱え込むように捕まえた
それは飛び付いたと言っても過言ではない素早さだった
驚いて飛び起きたママンネだが何がなんだかわからず、ただ寝ぼけまなこで狼狽えているだけだ
『チィッ、チィッ、チィッ、ヂーッ!ヂーッ!ヂャァァ!!ヂーッ!!』
「ミッ?ミィッ!!ミィィー!!!」
袋の中からの助けを求める声を聞いて、やっと自分のベビ達が拐われそうになってると気付いたママンネ
寝起きでふらついた足取りだが必死で男たちに向かっていく。しかし、主人が襲われると判断したルカリオに素早く間に入られてしまった
「ん? こいつ小せぇな」
「ああ、かなり若ぇな」
出前のルカリオと見比べてみて二人は初めて気づいたが、このママンネはかなり小さい
身長120pのルカリオと比べて頭一つ分ほど低く、身長90pも無いだろう
それに加えまだ子タブンネの面影を残す顔つきでかなり若いタブンネだという事が分かる
「ガル!」
「ミヒィ!?」
ルカリオの一喝で驚いて尻餅を突いてしまうママンネ。続いて腕を振り上げて殴る真似をするとキュッと目をつぶり手のひらをつき出し
ミィミィと涙声で「やめてやめて」と訴えている
「殴るまでもない」と呆れてルカリオが拳を下ろしたその時、ガサッと草が揺れる音がした 「ルカリオ、左だ!追え!」
兄貴分の急な命令に即座に反応してルカリオが音の元へ一足跳びで飛び付く
そのスピードは名の通り神速で音の主は一たまりもなく押さえ込まれてしまった
「グルル…!」
「ミィ… ミィ… ミィ…」
兄貴分の直感の通り、音の主はタブンネだった。さっきの奴程ではないが小さめの若い個体だ
さっきの奴よりかは根性があるタブンネで
歯を食いしばって右へ左へ身をよじりながら馬乗りになったルカリオの腿をペチペチと叩いて抵抗している
ただ力の差は歴然で、いくら足掻こうともルカリオが離す様子はない
「チィ… チィ… チィィ… 」
「ミィッ!?」
どこからか微かにベビンネの声が聞こえてくると、タブンネの顔に焦りが見え始めた
このタブンネもまたママンネだったのだ
無慈悲にも男たちはその声がする方へ正確に向かっていく
「ルカリオ、そのまま押さえつけてろ
へっへっへ残念だったな、お前ら程じゃねーが俺も地獄耳にゃ自信があるんだ」
「あー、これじゃねーですかい兄貴」
それはさっきのと同じ様な草でできたドーム状の巣だったが高さは50p程とずいぶん低い
それは家主のタブンネが穴を掘ってスペースを作り、
その上に草のドームの屋根で覆うという工法で作られているからだ
この作りだとさっきのママンネの
巣と違って敵から見つかり辛い
しかしそれでも見つかってしまってはそれまでだ 「ドリュウズ、屋根をひっ剥がしちまえ」
「ドリュ!」
ドリュウズがちゃぶ台返しの要領で屋根を剥がすと、巣の中の全容が丸見えになった
全体に分厚く草が敷き詰められており、片隅には乾燥した草の実やドングリなど保存の効く食べ物が集められている
そして巣の真ん中には細くて柔らかい草で作られた大きな鳥の巣状のベッドがあり
そこで5匹のベビンネたちが身を寄せあってプルプル震えていた
「ハハハ!これでもうノルマ達成じゃねぇか! いやー出来すぎてるぜ」
「このタブンネたちに感謝感謝だぜこりゃ」
男たちが近寄るとベビンネはチィ-チィ-と悲痛な声で鳴きながらベッドからハイハイで懸命に逃げだした
「ミィッガガガガガ!!!ウギィーーーー!!!」
ベビンネが鳴いた途端、ルカリオに押さえつけられてるママンネが激しく暴れだした
この鳴き声はベビンネが緊急時にママンネを呼ぶ声なのだ
手足を無茶苦茶に振り回し、体を反らしてバタンバタンと跳ね、ルカリオの手に噛みついた
うっかり手のトゲの部分に噛みついて前歯を全部折ってしまったがそれでも怯むこと無く暴れまくる
何がなんでもベビンネを助けに行くべく必死なのだ
しかしその抵抗も空しく、ベビンネたちは次々と男たちに捕まって麻袋の中に入れられて行った
捕まった瞬間恐怖でウンチとおしっこを漏らしたベビンネも居たが気にかけられる事も無く股間を汚したまま麻袋へ放り投げられた
そして最後のベビンネに兄貴分の手が掛かったその時、
「ウッミィイイイイイイイイ!!!」
突然藪の中から一匹の子タブンネが現れ、兄貴分に突進していく
この子タブンネはベビンネたちの兄タブンネで、ママンネの言いつけで草むらに隠れていたのだが
ベビンネ達の必死な助けを呼ぶ声にたまらず飛び出してきたのだ
妹や弟を可愛がっていたいいお兄ちゃんなのだが、兄貴分にサッカーボールの様に蹴り飛ばされてしまった 「ミヒィィィィィン!」
「ルカリオ、離していいぞ!」
見事な放物線を描き藪の中へと落ちていく子タブンネ
開放されたママンネはそれの落下地点へ泣きながらまっしぐらに走っていく
「オトリ作戦大成功! よし、ずらかるとするか」
男たちはポケモンを戻し、チィチィ五月蝿い麻袋を肩に下げながらタブンネの巣を後にした
車に戻った男たちはベビンネの仕分けを始めた
昨日のように麻袋に乱雑に詰めて死なせるといけないので一匹ずつ洗濯ネットに小分けにしていく
ベビンネは硬くてざらざらした洗濯ネットの感触を嫌がって中でモゴモゴともがいた
しかし外側から堅いチャックで閉じられていては脱出は不可能だ
「チィ-!チィ-!チィ-!チィ-!…」
「11、12、13… 全部で13匹だな」
「あの小さいの8匹も産んでたんですかい」
「捨てられる果物をアテにしてたんだろうよ、それもこれから無くなるってのにバカな奴だ」
2人が最初に出会った若いチビママンネ
彼女は二週間前に親元から独り立ちしたばかりで、その後パートナーに出会ってからあの林に流れ着き
兄貴分が言う通り大量に捨てられる果物をアテにしてタマゴを8個も産んだのだ
チビママンネの無知のなせる業である
しかし今は11月、収穫も終わりに近づいてきて捨てられる果物も大分少なくなってくる時期だ
パートナーのパパンネは日々少なくなっていく廃棄果物に不安になり、
新たな餌場を見つけようと遠征に行ったまま帰ってこなくなっていた
水を飲もうと沼に近づいたらガマゲロゲに食われてしまったのだ
もう一匹のママンネの夫もまた遠征中にフシデの毒にやられて力尽きている
男たちもママンネ達も気づく由も無かったが、かなり絶望的な状況だったのだ 「まぁー、赤ん坊さえいなけりゃ成獣2匹にガキ一匹だ、
草の根っこでも食ってりゃ何とか冬も越せるだろうさ」
「俺たちゃあのタブンネを救ってやったのかもなぁ」
会社に着くと男たちはベビンネを洗ってやる事にした
子タブンネの様に冷水で洗うと死んでしまうかもしれないので風呂場で洗面器にお湯を張って一匹ずつ綺麗にする
「チィッ!チィッ!チィッ!チィッ!チィィー!!」
「ほら、綺麗にしてやるからじっとしてろって」
生まれて初めてのお風呂だったが最初のベビンネは嫌がって洗面器の中でジタバタと暴れた
シャンプーが目に入って滝のように涙を流し、シャワーのお湯の勢いと熱さ(38度)に泣き叫んだ
腕を捕まれ、体じゅう泡立てられながらイヤイヤと首を振り、
ヂィ-ヂィ-とこの場にいるはずのないママンネに必死で助けを求める
その光景を見ていた順番を待つベビンネたちは何か怖くて痛くて苦しい事をされるんだと勘違いして、
処刑の順番を待つ死刑囚にも似た心境で次は自分の番かとガクガク震えていた
「兄貴、それシルフィ専用の高いシャンプーですぜ、勝手に使っちゃまずいよ」
「いいんだよこの際、赤ん坊の肌と毛並みは繊細だからなるべく刺激が少ねぇ奴を使ってやらんと…」
ベビンネ全員のお風呂が終わった後男たちがバスタオルで体を拭くと、
怖かったのと泣き疲れたのとでみんなグロッキー状態だ
そんなベビンネたちを床に広げたバスタオルの上に並べてドライヤーで温風を送ると、暖かくて気持ちが良くなった様でみんなそのままスウスウと眠ってしまった
「こりゃ丁度いいや、うるさくなる前にこいつらの寝床を作ろうや」
2人が作る寝床というのは特大の段ボールの中に古くなったバスタオルを敷き詰め、
保温に布を巻いた湯たんぽを置いただけというシンプルな物だ
手早く完成させたそれに眠っているベビンネを一匹ずつ寝かせていく
抱き上げられてもベビンネたちは起きる事なく眠ったまま
朝早くに起こされた上に色々な事があってとても疲れていたのだ
赤ちゃんなので元々睡眠時間が長いというのもあるが 男たちはその寝床を中のベビンネごと選別部屋へ持っていくと、社長が子タブンネが入ったキャリーケースを整理していた
「おはよー… ふぇっ、もうベビちゃんたち捕まえて来たの? すごーい!」
「いい場所を見つけましたもんで、一度に13匹も見つけられたんでさぁ」
「良かった良かった、じゃあ開店時間になったらデパートの方に連絡するから、仮眠室で休んでていいよ
ベビちゃん達は私が見てるから大丈夫!」
「はい、少し眠らせてもらいますぜ」
男二人は二階にある仮眠室のベッドに入ると、すぐたグウグウとイビキをかいて眠ってしまった
早起きしてすぐの野外での仕事は体にも精神にも堪えるものだ
そうして3時間ほどたった頃、社長がデパートの男に連絡して、午後三時に子タブンネたちを輸送するトラックを会社へよこす約束を取り付けた
今現在11時、社長が子タブンネ達の最終チェックをしている時、ベビンネたちは人知れず目を覚ましていた
目が覚めた時、肌に伝わる感触はいつものふかふかな柔らかい草のベッドではなく、古いタオルのゴワついた感触
隣に居るのは見慣れた兄弟とそれに混ざっている知らない子
ママンネの姿を求めて周りを見たけど、見えるのは見たことのない茶色い壁ばかり
ママンネの音を求めて小さな耳をピンと澄ましたが、
聞こえてくるのは知らないタブンネたちの辛そうな声と怖い怖い人間の足音だけ
人間の存在に気が付いた瞬間、ベビンネ達の心の中に今朝の辛い出来事が一気に甦った
突然目の前が明るくなって、突然現れたママンネより大きな生き物
そいつに手で捕まれた時の痛さとゴツゴツした感触
大好きなママンネを苛める青いポケモン
どこかへ飛んでいく大好きなお兄ちゃん…
眠ってる間には悪い夢のようにも思えていたそれらは確かな現実の記憶となり、
今の自分達の状況とも混ざってベビンネの小さな心を恐怖と不安でたっぷりと満たした
そして心で受け止めきれなかった分は涙となり、数日前に開いたばかりの青い瞳から止めどなく溢れ出た 『ヂィ… ヂィ… ヂィ-!ビィィー!!ビィィー!! 』
一匹のベビンネが大声で泣きだした
それに釣られて隣のベビンネも泣きだして、隣、その隣と次々と泣き声をあげ、段ボールの中のベビンネ皆が大声で泣きじゃくった
それはママンネを呼ぶための涙の大合唱だった
声が届く所にママンネが居ないかもしれないのはベビンネでも薄々分かっている
だが、こうしていないと心が不安で潰れてしまいそうなのだ
「あらら起きちゃった、お腹すいたのかな?」
泣いてるのに気付いた社長はキッチンへ行き、お湯を湧かして粉ミルクを溶かして人肌の温度のミルクを手際よく作る
そしてベビンネのうちの一匹を抱っこして哺乳瓶を口に近づけた
しかしベビンネは嫌そうな表情で飲み口から顔を逸らし、小さな手で哺乳瓶を押し退けてしまう。今までママンネの母乳しか口にしたことがなく、初めて見る哺乳瓶が怖かったのだ
「あらら、飲んでくれないのね…」
「チヒッ?!ヂィィィィィ!!ヂィィィィィィ!!」
腕の中のベビンネはビクッと何かに驚いたかと思うと、さっきよりさらに大声で泣き出した
そして足をバタつかせ、両手で自分を抱く腕を押し、必死に社長の腕の中から逃げ出そうとしている
その泣き声は「お腹がすいた」とか「さみしい」というベビンネのよくある泣きかたではない、恐ろしい何かに出くわして恐怖で泣き叫んでるといった泣きかただった
ベビンネが出くわした恐ろしい物、それは「殺意」
不意に社長の胸に触れていた触角からそれを感じ取ってしまったのだ
産まれて初めて感じ取った他者の負の感情、敵意に、ベビンネは心の底から恐れおののいた
それが敵意の最上級とも言える殺意をいきなり感じ取ってしまったのだからなおさらだ
しかし、社長は貴重なベビンネを殺す気は毛頭ないのだが、いつものクセというやつだ
「ヂッ… ヂィッ… ヂィィィィン!! ヂィィィィィィン!!」
「えっ、わっ、ちょっと… どうしよ〜」
さらに勢いを増していく泣き声に焦りを感じ、ユサユサと揺らしたり背中を優しく撫でたりしてあやそうと頑張る社長
しかしどうやってもベビンネが泣き止む気配はない
しかも泣いてるベビンネはあと12匹もいるのだ 「ふぇー、困ったな…」
家中に響き渡るベビンネ13匹の泣き声の中、社長は為す術もなく呆然としていた
そして色々思案した結果、とりあえず泣きたいだけ泣かせておけばいいやという結論に達して抱いていたベビンネを箱に戻した
そして子タブンネの最終点検に戻ろうとした時
ドン!ドン!ドン!ドン!! ドン!ドン!ドン!ドン!!
玄関のドアを激しくノックする音が社長がいる選別室まで響いた
音が激しすぎるので変に思った社長だが「デパートの人かな?」などと思いつつ小走りで玄関に急ぐ
「はーい、今開けるよー」
社長がドアを開けた瞬間、一匹のタブンネが玄関に飛び込んできた
それは男たちが今朝最初に襲った
巣の主
身長90pもないチビママンネだった
「ええっ、タブンネ!?」
社長が驚く間もなくチビママンネは玄関から廊下へ上がり、我が子が居る選別室へ脇目も振らずバタバタと真っ直ぐに向かっていく
あまりの急な事態に呆然とする社長
だが、母タブンネが赤ちゃんを取り返しに来たのだと気付くのにそう時間はかからなかった
「うー、まずいまずい、早く追っ払わなくっちゃ」
おとなしいタブンネ相手とはいえ野生のポケモン相手に素手ではまずい
そう考えた社長は玄関にある傘立てから古いビニール傘を持ち出して選別室へソロソロと向かう
そしてドアの前で一旦立ち止まり、身を隠しながら中の様子を覗き見る 「ミィッ、ミミッミッ!」
「チィチ!チィチィ!チィチィ!!」
部屋の中のチビママンネはベビンネたちが入っている段ボール箱を何とか引き千切って壊そうと頑張っていた
自分の肩ほどの高さのある大きな厚い段ボールなのでかなり苦戦している
箱の中のベビンネたちはさっきまで家中に響き渡る大声で泣いていたのが嘘のようにケロリと泣き止んでいて
その代わりにチィ、チィ、と可愛らしい声で鳴いている。顔を見なくても喜んでるのが分かるような歓喜の声だ
(うっそ、もう泣き止んじゃってる… やっぱり本物のママが一番なんだね)
社長は驚いていた
自分があれほど手を尽くしてあやしても一匹のベビンネすら泣き止ませる事ができなかった
それなのに、あのタブンネが顔をちらりと顔を見せるだけでみんな泣き止んでしまったのだから
チビママンネに興味を持った社長は追い払うのを止めて少し観察する事にした
依然として段ボールに苦戦しているが、体重をかけてグイと引っ張ると角の部分からびりりと破けた
古い段ボールだったため所々劣化していたのだ
後ろに体重を掛けた時に急に破けたためチビママンネはバランスを崩して尻餅をついてしまった
しかし、段ボールは大きく破けベビンネが通れるくらいの隙間ができた
「チィ…! チィ…!!」
「ミッミ、ミッミ!」
チビママンネが破いた隙間からベビンネたちが次々と這い出てくる
精一杯であろうスピードでパタパタとハイハイしてチビママンネへまっしぐらだ
尻餅をついたままキョトンとしているチビママンネだったが
箱から出てきて自分に寄ってくる我が子を見ると両手を伸ばし自力で自分の所まで来るよう促した
「ママはこっちだよ」とミィミィと柔らかく優しい声でベビ達に鳴きかけながら
母と子の微笑ましい戯れなのだが、敵陣の真っ只中でやることではない
そしてチビママンネの下にたどり着いたベビ達はそれぞれ思い思いに甘えだした
柔らかなお腹に顔を埋めたり、太ももの毛皮をキュッと掴んで昇ろうとしていたり、ふわふわした尻尾に抱きついたり
チビママンネの小さな体は8匹ものベビンネがくっ付いて忙しいことになっている 「チィィ… チィィ…」
再開を満喫してるチビママンネ親子だったがあの二番目に見つかったママンネの5匹のベビンネたちは気が気ではなかった
チビママンネのベビと同じように隙間から箱の外へ出たベビンネたち
段ボールの周りを闇雲にハイハイしてはチィと鳴き、必死で自分のママンネの姿を探した
自分たちのママンネも来ているに違いない。幼すぎる心でそう信じて
しかしどこにも自分たちのママンネの姿はない。そして横目に見えるは母親に触れ合うベビンネたち
「チィッグ… ヂッグ…」
五兄弟のうちの一匹が疲れたようにハイハイを止め、メソメソと泣き出した
母親が来てくれなかった悲しみ、捨てられたのかもという不安
、そしてチビママンネ親子への羨ましさ
その三つが幼い心の中でぐちゃぐちゃに混ざりあった涙だった
「ミィミ、ミィ」
「チィ…?」
そんなベビンネに、チビママンネはそっと手を伸ばし優しく頬を撫でた
「あなたのママはベビちゃんたちを見捨てたりはしないよ」
そんな事をミィミィと優しい声で語りかけながら
「チィ… チィィ」
ベビンネはほっぺを耳と一緒にチビママンネの手にふわりとくっ付けた
その顔はまるで本当のママンネと触れあっているときのような安らいだ顔だった
「チィィ…」 「チィィ…」
それを見ていた他の4匹のベビもチビママンネへと集まっていく
例え実の母でなくとも母性のぬくもりを切ないほど欲しているのだ
そんなベビンネたちをチビママンネは何も拒否することなく我が子と同じように受け入れた 「ミィー♪ ミミミー ミミミー♪ ミミミィ〜♪ ミィ〜♪」
「チィィ〜 チチィ〜♪」
自分の子とお隣さんの子、全てのベビンネが体にくっつくと、チビママンネは子守唄のような歌を歌いだした
子守唄といってもベビンネたちが眠そうな様子はない
それどころか少し外れた音程で真似をするベビもいた
おねむが出来ないほどにベビンネ達はママンネに夢中だった
もう二度と離れたくないと小さな白い手できゅうっと毛を掴み、柔らかな毛皮に頬をくっ付けている
温もりだけではなく、ベビンネはその小さな触角でママンネの命の音を聞くことによって安心感を得るのだ
「へ〜、あの子、背は小さめだけど凄いタブンネなのかも」
この一部始終は社長にしっかりと見られていた
そして社長の頭のなかでは、あのチビママンネを排除するのではなく利用する方向に考えが動いていた
「こんにちは、タブンネちゃん。可愛い赤ちゃんだね♪」
「ミッ!?」
突然部屋に入ってきた人間、社長にチビママンネはぎょっとした
ベビ13匹を体にくっ付けている状態ではまともに逃げることは出来ない
もし逃げられたとしても、ベビたちの半分は見捨てることになってしまうだろう
チビママンネは敵を前にしてどうしたらいいか分からなくなってしまっていた
そんなチビママンネに社長はにこやかに話しかける
「怖がらなくていいよ。私は可愛い子タブンネちゃんが大好きなの
可愛い赤ちゃんを見せてくれたお礼にプレゼントを持ってきたよ」
「ミッミ!」
社長がプレゼントと言って差し出したのは丸ごと一個のオボンの実
それを見たチビママンネは目を丸くして驚いた
食料の乏しい場所で生まれたチビママンネにとっては幼い頃にひとかけら食べただけのごちそうだ
それが今、丸ごと差し出されているのだから 受けとる前に、目の前のオボンの実と社長の顔を交互に見比べる
同じ人間と言ってもベビたちをさらっていった怖い男たちとはまったく違う
背は小さくて目も丸くて大きく、高くて柔らかな声もどこか自分たちタブンネに近いように感じる
その優しそうな雰囲気からこの人間は自分達の味方なのではないかとママンネは思い、オボンを受け取った
事もあろうに昨日同じ部屋で捻り殺されたベビンネの兄と同じ致命的な勘違いであった
チビママンネのお腹に顔を埋めてブルブルと震えるベビンネ、
あの社長の殺意を感じ取った個体だけがそれが間違いだと知っていた
「ミッミィミィ…」
「ふふ、美味しそうに食べるね〜」
渡されたオボンの実をシャクシャクと音を立てて美味しそうに食べるチビママンネ
体に纏わりつくベビンネたちも一匹を除いてその様子をじっと見ている
丸ごとのオボンの実は1分も経たずに芯も残さずチビママンネのお腹の中に収まってしまった
チビママンネが満足したタイミングを見計らって、社長はお願いを始めた
「タブンネちゃんには、ここに残って赤ちゃんたちのお世話をして欲しいの
ご飯はいっぱいあげるし、ベッドも用意してあげちゃうよ〜」
「ミィ?」
チビママンネは社長が言ってる事をあまり理解出来ていなかったが、ここでベビ達の世話をしてれば良いということだけは分かった
ベビの世話は言われなくても喜んでやるだろうが
「チィチィ、チィチィ、チィ!」
母親が食べてるのを見て自分達もお腹が空いてきたベビンネたち
チィチィと鳴きながらチビママンネの皮膚を揺さぶってお乳を催促した
気づいたチビママンネはすぐさま寝そべって授乳の体勢になりそれに応えた 「チィィ!チィィ!」「チィチ、チィチィ!」
本当の子もそうでない子も、ベビンネ達はチビママンネのお腹に殺到した
身長90p弱のチビママンネのお腹に25〜30pのベビンネが13匹も集まったものだから大変だ
お腹の前は小さなピンクの毛玉が折り重なってぎゅうぎゅう詰めになった
チィ!、チィ!、と強い口調の鳴き声が時折ベビンネの塊から聞こえてくる
普段は喧嘩することなどないのだが数が増えたからどうしても乳首の取り合いになる、
おまけに朝から何も口にしてなくてベビ達もお腹が空いて気が立っているのだ
そんな中、ベビンネの塊の中から
一匹のベビンネが這い出してきた。25pほどの小さいベビンネだ
小ベビンネは目に涙を一杯溜め、震える手の弱々しいハイハイでチビママンネの顔へと向かっていく
涙目でチィチィと何かを訴えるベビンネを、ママンネは片手で優しく抱き寄せた
そして「おちびちゃんの分もちゃんとあるからね」と後ろ頭を撫でながら優しい声で慰めている
その光景を見ていた社長は思わず微笑ましい気持ちになってしまった
「よーし、お姉さんがおっぱいのお手伝いをしてあげちゃうよ
ちょっと待っててね」
そうチビタブンネに話してから先程作ったミルクを温め直しに戻ろうとした瞬間、社長はあることに気づいた
(そういえば、イベントで授乳ショーをやるって言ってたよね)
そう、授乳ショーをやるためには
粉ミルクを飲めるようにしなければならないのだ
その為には今すぐにベビンネたちに母乳を絶たせなければならない
「タブンネちゃん、ストップ、スト〜ップ!」
「ミッ、ミィッ!?」
社長は寝そべるチビママンネの脇の下に手を回して持ち上げて無理矢理立たせた
急に立たされたもんだからベビンネたちは乳首に吸い付いたまま一瞬宙ぶらりんになってしまい、そしてボトボトと床に落ちた
どうしてどうしてと困惑するママンネに、社長は何とか授乳を止めさせようとする 「おっぱい、あげる、ダメ!」
「ミィッ!ミィィッ!ミィッ!」
簡単な言葉と身ぶり手振りで授乳を止めるように伝える社長
チビママンネにその意図は伝わったのだが、首を激しく横に降り言うことを聞く様子がない
お腹を空かせた赤ちゃんにお乳をあげてはいけない理由などあるのだろうか?
あったとしても、そんなものチビママンネは分かりたくも無いのである
社長も譲歩してもう一個オボンを見せるなどいろいろやったが結局交渉は決裂
横になって授乳の体勢に移ろうとするチビママンネを社長が腕を引っ張って止めるという不毛な争いが10分も続いた
「ンミーッ、ミーッ!ミィーッ!!」
「痛っ、痛い!やめてよ!」
お腹を減らしたベビンネたちを前にして、ママンネの神聖な行いである授乳を何度も止められる…
今まであまり怒った事がないチビママンネも流石に我慢の限界だ
唸り声を上げながら社長の胸やお腹を手のひらでバシバシと叩きだした
小柄で戦闘経験がない未熟なチビママンネだったのでビンタの威力はかなり弱かったが
一応はポケモンの攻撃なので身長160p弱の小柄な社長には結構効いている
結局社長は耐えかねて、後ずさりしてチビママンネ親子から離れていった
「うー、そっちがその気ならこっちにも考えがあるんだからねっ!」
「ミッミ!ミッミ!」
涙目になって部屋から出ていってしまう社長
その後も腕を振り回しながら怒るチビママンネだったが、ベビンネたちがぐずり始めてるのに気づいてハッと正気に戻った
そして授乳の再開すべく寝そべると床からスタスタと階段を下りる音が聞こえてきた
「音の間隔からして二足歩行」「体重はさっきの人間と同じくらい」
タブンネに先天的に備わっている能力で無知で無能で未熟なチビママンネでもこのくらいの分析はできた
この2つの情報からさっきと同じくらいの大きさの弱い人間だろうと高を括ってそのまま授乳に入ろうとする 「ガルッ!」
「ミヒィッ!!?」「チィィ!!」
しかしというか、案の定チビママンネの読みは外れていた
駆け足で部屋に飛び込んできたのは、今朝出会ったあの恐ろしいルカリオだ
ルカリオはドリュウズと共にシルフィの見張り兼遊び相手を兄貴分たちに命じられていたのだが
下の階の騒ぎを不審に思いシルフィをドリュウズに任せて様子を見に来たのだ
そうして目に入ってきたのは今朝脅したタブンネがなぜか家の中に居るという異常事態だ
「ミッミッミ、ミィー」
さっき人間を追い払ったことで少しだけ自信が着いたチビママンネ
今朝あれほど怯えていたルカリオを前にしても恐れることは無かった
横になったままベビンネたちを腕で庇いつつ「おっぱいあげてるから静かにしててね」とお願いする
だが今のルカリオにはそんな物を聞く耳は持たない
チビママンネを自分達の家に堂々と侵入し、事もあろうに授乳をしている不届き者と認識しているのだ
もし、社長を攻撃している場面を見られていたら今頃命は無かったであろう
その点だけチビママンネの運は良かった
『ヂーッ!ヂーッ!ヂィィィィィィィ!!ビィーッ!!』
「ワウ! ワウ!」
「ミィッ… ミィッミィーッ!!」
恐怖と空腹でベビンネたちが大声で泣きじゃくる中、ルカリオとチビママンネの戦いが始まった
ルカリオに耳を引っ張って持ち上げられて無理矢理立たされ、その耳に至近距離で怒声を浴びせられるチビママンネ
耳が千切れそうな程痛くて怖かったが、お乳を待ってるベビたちを前にして負ける訳にはいかない
社長にやったようにベシベシ叩いて必死に反撃を続ける
しかし、鍛え上げられた身体に鋼の骨格を持つルカリオには全く効いていない
急所である下顎にビンタが当たっても平然としているのだ
最初は穏便に脅して追い払おうとしていたルカリオだが、ベビンネがのうるささとチビママンネのしつこさにとうとう我慢の限界に
全身に怒りの青い波動のオーラを纏いながら掌に光の塊、波動弾を形作る…だが波動弾がチビママンネの顔面に発射されようとしたその時、大きな工具箱を片手に社長が部屋に戻ってきた 「あっ、ルカリオちゃん駄目だよ、その光るやつ引っ込めてね」
「ガルッ!?」「ミィ?」
社長の一声でハッと我に帰るルカリオ
同時に青いオーラと波動弾は蝋燭の火が吹き消されたようにしゅんと消えてしまった
チビママンネもまた呆気に取られて攻撃の手が止まりキョトンとしている
「いい子いい子〜、…そうだ、そのタブンネちゃんを後ろから捕まえといてくれないかな?」
「ワゥ!」「ミィッ?!」
社長のお願いに即座に反応し、ルカリオはチビママンネの後ろに素早く回り込んでがっちりと羽交い締めにした
身長に差があったのでチビママンネの身体は持ち上がって宙に浮いてしまう
ビービーと声を荒げ足をバタバタさせて抵抗したが、力の差は歴然である
「すごくうるさくなると思うけど、ルカリオちゃんちょっと我慢してね」
そう言いながら社長は工具箱の蓋を開け、ゴソゴソと中を探る
そしてそこから取り出したのは、少し大きめのペンチだ
「えーと、ここかな… あったあった」
社長は前屈みになってチビママンネの胸の毛皮をまさぐり、ピンク色の乳首を探し出してペンチの先端で軽く鋏む
「ヒイッ?!」
敏感な乳首へ伝わるペンチの固くてひんやりとした感触にママンネの背中に悪寒が走り、冷や汗が流れる
猛烈な嫌な予感に怯え顔を青くしてプルプルと震えるが、数秒後にその予感は現実の物となった
「ルカリオちゃん、すっごい暴れそうだからしっかりと押さえといてね」 社長はペンチに力を込めて乳首を思いっきり鋏むと、周りの肉ごと乳首をブチリとむしり取った
「ヂビャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
その瞬間、鋭い痛みがママタブンネの乳首から脳天へ、そして全身へと駆け巡る
目から涙が洪水のように溢れ、首も腰も足も、動くところは全部めちゃくちゃに動かしてバタバタと大暴れだ
乳首は神経や毛細血管が集中している場所、その痛みは想像しただけでも寒気がする程だ
乳首が取れた痕からは血液と白い母乳がタラタラと流れだし、クリーム色のお腹を濁ったピンクで汚した
ルカリオもあまりの所行に青い顔をさらに青くしてドン引きしていたが、拘束の手を緩めることは無かった
「うぇぇ〜、自分でやっといて何だけどすっごい痛そー…」
「ヒィッ… ヒィッ… ヒィィィッ…」
「でもがんばって、はい、次いってみよー」
悶絶が収まったのを見計らって、社長は次の乳首にペンチで狙いをつける
ペンチの先端が乳首に触れると、チビママンネはガクガクと激しく震えカタカタと歯を鳴らして怯えだした
地獄は始まったばかりだ。乳首はあと七個も残っているのだから
「ジビビーッッ!!クキュウゥゥゥゥゥッッ!!!」
二つ目の乳首をむしり取られた時、チビママンネは全身をビクビクと激しく痙攣させ、失禁して床に水溜まりを作った
もう限界と言わんばかりに白目を剥き、舌をダランと出してゼェゼェと苦しそうに息を吐いている
『チィ… チィチィ… チィィ…』
「ミィ…? ミィ…」
二つ目で限界に達したかに見えたチビママンネだが、ベビンネたちのか細い声がその精神を正気へと連れ戻した
血まみれのペンチを持つ社長の後ろに見えるのは、怯え震えるベビンネたち
目の前で大好きな母親がなす術もなくズタズタにされ泣き叫ぶ… ベビンネたちにとってかなり絶望的な光景である
ベビンネたちの前でこれ以上情けない姿を見せるわけにはいかない…
チビバカンネは強い母としての覚悟と共に歯を食い縛り、キッと目の前の社長を睨み付けた 「ミッ!ミッ!ミッ!ミッフィフィィィーン!!!」
だがそんな覚悟も乳首をもぎ取られる毎に薄れていき、三つ目をむしられた時には跡形もなく吹き飛んでしまった
こうなるともはやベビ達の姿は目に入らなくなり、痛みから逃れるために情けなくミィミィと泣きながら社長に命乞いをするのであった
だが社長にそんなものは通用しない
六つ目の乳首も容赦なく千切り取られ、部屋中に悲鳴を響かせるのであった
「最後は二つ同時にやっちゃうよ〜♪」
右手にペンチ、左手にラジオペンチを持ってカチカチと鳴らす社長
言葉は分からずともやろうとしてることを察したチビママンネは震え上がり、ふるふると首を横に振った
もちろん許されるはずもなく、お腹に最後に残った二つの乳首にペンチが襲いかかる
「ヂビガァァァァァァァーーーッッ!!!!」
「あ、一個失敗しちゃった」
二つの乳首のうち左手のラジオペンチの方が完全には取れずに皮と乳腺と血管でぶら下がってるという状態になっていた
血と母乳だらけの傷口から垣間見える白い筋が非常に痛々しい
チビママンネの方は叫び尽くして行きも絶え絶えと言った感じだ
そんな状態でも社長は妥協せず、取れかけのままだと気分が悪いのでしっかり全部取ってしまう事にした
「えーと、この筋が硬いんだねー」
「オギョワギョオオオオオオ… カッ…」
社長がラジオペンチを傷口に突っ込んでぐちょぐちょとかき回しながら先端で筋を摘むと、チビママンネは目をギョロギョロと出鱈目と動かし、もはやタブンネの鳴き声ではなくなった声で喘いでいる
痛すぎてもう発狂する寸前なのだ。つくづくタブンネは痛みに弱い豚である
そして筋を力ずくでブチッと引き抜かれると、チビママンネはガクンと気絶してしまった
「はい、終わったよ〜。あとはこれで仕上げっと」
血を拭き取り、パウダーを吹き付けて傷口を塞ぐタイプの傷薬を乳首の痕に一つずつ吹き付けていく社長
処置が終わってルカリオが解放すると、チビママンネは力なく床にバタンと倒れこんでしまった 「あ、ミルク暖めて持ってこなくちゃ
ルカリオちゃん、タブンネちゃんたちが変なことしないように見張っててね」
社長はルカリオとタブンネたちを残してまた部屋から出ていった
「たかが赤ん坊と気絶してるタブンネがどんな悪さをするというのだ」
そんな事を思いながらルカリオはダルそうにタブンネたちを見下ろす
そんな中床にうつ伏せに倒れたチビママンネにベビンネたちが弱々しいハイハイでよろよろと集まっていく
もちろんすぐ傍で怖いルカリオが睨んでいるのはベビたちにも分かる
しかし、恐怖よりも耐え難い空腹の方が勝っているのだ
「チィィ… 」「チィチィ… 」「チィチ、チィチ…」
「ミィ… ミィ!!」
か弱く悲痛な乳を求める声と、たくさんの小さな手に触れられる感触がチビママンネの意識を現実へと引き戻した
そうだ、お腹を空かした赤ちゃんたちにお乳をあげなくちゃ…
ズキズキとした激しい痛みと朦朧とした意識の中、ただそれだけを思い出し授乳の体制をとるチビママンネ
ベビンネたちはハイハイで再びお腹の前に集まった
「チィィ?」「チィ?」
先陣を切ってお腹にたどり着いたベビンネたちが不思議そうに鳴いた
乳首がどこにもなくて、あったはずの場所には白くてザラザラした何か(傷薬)があるだけ
それならばとその周りの毛皮に顔を埋めて探すが、乳首はどこにもない
「ミッ… ミィ… ?」
チビママンネもまた自分の身体に違和感を感じていた
大勢のベビたちがお腹の前に集まっているというのに、誰もお乳を吸ってこない
あの身体の中からお乳が吸われていくむず痒いけど心地よい感覚がやってこないのだ
そんな中、ベビンネのうちの一匹が我慢できずに傷薬を塗った傷口にパクリと吸い付いた 「ミピィ!!」「ヂボェッ!!」
急な激痛に驚き、ママンネは叫んで横になった状態から飛び起きてしまう
処置をしてあるとはいえ出来立てホヤホヤの敏感な傷口に食い付かれるのはかなり痛い
一方、吸い付いたベビンネの方は涎を大量に垂らしながらオエオエと嗚咽している
何故かというとポケモン用の傷を覆い隠すタイプの傷薬はポケモンが付けた薬を舐め取ってしまわないようにかなり苦い味がつけてあるのだ
その苦味はカンポー薬の数倍とも言われている
ルカリオは舐めてしまったベビンネを苦い顔つきで見つめていた
実はルカリオもリオル時代に自分に塗られた傷薬を舐めて苦い思いをしたことがあるのである
一生の思い出に残る、それほどの苦味だ
それをただでさえ敏感な赤ちゃんの舌で思いきり味わってしまったのだからもうたまらない
「…エッ!ォエッッ!! ェエーッ!… ハァ… ハァ…」「ミィ… ミィ…」
苦味がなかなか口の中から消えず、床に涎と涙をポトポト落としながら激しく嗚咽するベビンネ
チビママンネは優しく声をかけながらその背中を優しく擦って慰める
他のベビンネたちはその様子を心配と不安が入り交じったような心境で泣きもせずにじっと見ていた
ベビンネを慰めてるうちに、チビママンネの目から涙が数滴こぼれ落ちた
「なんでお乳を吸おうとしたベビちゃんがこんなに苦しんでるんだろう」
「どうして吸われたときあんなに痛かったんだろう」
疑問と悲しみが頭の中をぐるぐるする中、チビママンネ何気なしにベビに吸われて痛かった部分に手を触れてみた
「ミィ…? ミ!?」
傷を触った時、チビママンネは猛烈な違和感を感じた
そこにあるはずの大事な出っ張りが完全になくなっている
そんなはずはないと痛みを堪えて軽く絞ってみるも、傷薬のコーティングに血が滲むだけ
おバカなチビママンネはようやく自分の体の状態と、あの拷問の意味を理解した 「ミッ… ミグッ… ヒグッ…」
チビママンネはガクガク震えだし、瞳から絶望の涙が止めどなく流れた
目の前にいるまだ乳離れしてない8匹の我が子と5匹の大切な友達の子供たち
何よりも大切で愛しいベビたちが飢えて苦しみ、そして死んで行く…
想像しただけでも胸が張り裂けそうな未来が、確実に訪れようとしている
なぜ、ここからベビたちを連れてすぐに逃げ出さなかったのか
なぜ、ルカリオと戦おうと思ってしまったのか…
なぜ、8匹もベビを作ってしまったのか…
様々な絶望と後悔がチビママンネの心の中で膨らんでギチギチと胸を締め付ける
「ヂッ… ヂビッ…」「ビィィ… ビッ…」
チビママンネの絶望に呼応して7匹のベビンネたちもグスグスとぐずりだした
嗚咽ンネのはまだ嗚咽したままだが
タブンネは他者の感情に敏感なポケモン。血の繋がった親子なら尚更だ
ベビンネたちもまた、自分の将来が閉ざされてしまったのを母の心の音から察したのだ
その絶望と悲しみはやがてお隣さんのベビンネたちにも伝わり、やがて涙の大合唱へと発展していった
そんな泣き声の嵐とたまに聞こえる嗚咽の中、部屋のドアがガチャリと開いて社長が戻ってきた
ミルクが詰まった哺乳瓶を満載した箱を持って
「ふぇー、重い… ルカリオちゃんに手伝ってもらえば良かったよー」
「ミィ… ミィ…」
ここは社長に怒りの一撃を食らわしてやるのが筋なのだろう
しかし、乳首を奪った張本人である社長が目の前にいてもママタブンネは座り込んだまま動かなかった
余りにも深すぎる絶望で身体が動かせないのだ
「お待たせ〜、お腹空いてるでしょ。ミルクの時間だよー」 社長は箱を床に置き、一本の哺乳瓶を取りだして飲み口をベビンネに近づける
しかし向けられたベビンネは口を固く閉じて後ろに引いてしまう
さっきと同じように哺乳瓶からミルクが出てくると理解できないのだ
「うーん、やっぱり飲まないなぁ… これならどうかな?」
今度は自分の手の甲にミルクを数滴垂らし、そっとベビンネたちの前に差し出してみる
すると匂いに惹かれた一匹のベビンネが社長の手の甲に近づいてきた
少し怖がって恐る恐るなゆっくりとしたハイハイだったが、社長の手に辿り着き手の甲のミルクをペロリと舐めた
「…!!」
ベビンネは目を見開いて静かに驚いた
母親のとは少し違うが、確かに待ち焦がれていたお乳の味だ
なぜ人間の手の甲からお乳が出ているのか?
そんな事は空腹の極限状態であるベビンネは気にも留めなかった
ただ手の甲のお乳を塗ってあった場所に夢中でむしゃぶりついて皮膚をチュウチュウと吸っている
もちろん人間の手からお乳は出てこない
だが、ベビンネはお乳が出ると信じて力一杯手の甲を吸い続ける
小さな手で社長の指をしっかり掴み、涙まで流しながら
「あいたた、おっぱいはこっちじゃないよー」
「ヂッ? ジビッ… ビーッ!」
少し痛くなってきたので社長はプルプルと少し手を振ってベビンネを振りほどいた
手の甲の真ん中なベビンネの口の形にほんのり赤く充血していたのでけっこうな力で吸っていたのが分かる
一度は手を離したベビンネだったがは焦った声で鳴きながらまた社長の手にすがり付いた
朝からお腹がカラッポのベビンネにとっては生きるか死ぬかの瀬戸際なのだ
数滴とはいえミルクを見てしまえば必死になるのも無理はない 「ベビちゃんのは、こっち!」
「チグッ?!」
社長は手の甲を吸おうとする横から哺乳瓶の吸い口をベビンネの口に無理矢理突っ込んだ
もちろんベビンネは嫌がって押し退けようとする
しかし、押し込んだ拍子に吸い口から飛び出したミルクが数滴舌の上に落ちると態度は一変
素早く哺乳瓶を掴んでゴクゴクとすごい勢いで飲みだした
「チィィ…?」「チイ?」「ミ?」
他のベビンネたちとママンネはミルクを飲んで喉を鳴らす音に反応し、視線を社長とミルクを飲むベビに集める
世の事は何も知らないベビ達にもその音がミルクが喉を通る音だという事は分かる
兄弟たちの喉で鳴るその音をすぐ隣で聞いているからだ
そして一匹、また一匹とハイハイを始め、しゃがんでミルクを飲ませている社長の下へと集まっていく
「チィチィ!」「チッチ!」「チーッ!チーッ!」
「えわわ、ちょ、みんなにもちゃんとあげるから待ってね」
12匹ものベビンネに群がられると流石の社長も焦った
ベビンネたちは足やお尻を小さな手で揺するように押したり、エプロンの紐やスカートの裾を引っ張ったり、ミルクを飲むベビンネぴったりくっついて横から吸い口をペロペロ嘗めたり
ふくらはぎにできていたおできを乳首と勘違いしてチュパチュパ吸ったりと大騒ぎだ
やられている社長はたまった物ではないが、この全ての行為はただお乳が欲しいが為だけの必死なおねだりなのだ
「ほらほら、ミルクはここだよ〜!」
『チィーッ!!』
困った社長は無理矢理片手に3本ずつ哺乳瓶を持って群れるベビンネ達の目の前に差し出す
すぐに全ての哺乳瓶にベビンネが食いついてミルクを飲み始めたが哺乳瓶が6本に対しベビンネは13匹
まだ半分以上のベビがミルクからあぶれたままである
結果哺乳瓶の周りはギュギュウの押し合いになり、ヂーヂーと声を荒げて喧嘩するベビも出てきた
チビママンネはそんなベビンネ達をミィ、ミィとあやす時の声で鳴きながら頭や背中を撫でてなだめようとするが
ベビ達の注意は完全に哺乳瓶の方に向いていてなんの効果も無かった 「そうだ、ルカリオちゃんも手伝って!そこの箱に哺乳瓶入ってるからベビちゃんにあげてね」
「ワフ?」
ルカリオは指示に戸惑いながらも箱から哺乳瓶を取り出して両手に1本ずつ持ち
そして膝をついて吸い口をベビンネ達に向けた
オスなのでこういう事には慣れてないのだ
「チィ?」「チィィ?」
「クゥ〜ン…」
哺乳瓶に気づいたベビンネ2匹がそろそろとしたハイハイでルカリオに近づき、持っている哺乳瓶から恐る恐るミルクを飲み始めた
やはり社長よりか見た目が怖いので若干警戒しているのだ
ルカリオも慣れない猫なで声など出して頑張ってはいるのだが
「チィ… チィ… 」
「ミィ…」
ベビンネの押し合いの中から一匹がよろよろと抜け出してきた
先程チビママンネが授乳しようとした時、乳首争奪戦に負けてママンネに慰められていたあの25pほどの小さいベビだ
知らないベビにも、仲良しだった兄弟たちにも揉みくちゃにされ、押し退けられて今までにないほどに泣いたのであろう
顔の毛皮を涙でくしゃくしゃに濡らした、この上なくみじめで悲しみに溢れる顔だった
その顔を更に涙と鼻水で濡らしながら、小ベビンネは震える手のハイハイでチビママンネに近づいていく
そんな小ベビンネをチビママンネはそっと抱き上げて、濡れた顔をペロペロと嘗めて綺麗にしてあげた
くすぐったいのと嬉しいのとで、小ベビンネは「チッチッw」と少しだけ笑った
その笑顔とは裏腹に、小さなお腹はキュルキュルと鳴り悲痛に空腹を訴えるのだった
そしてその音は、お腹を空かした我が子に何もしてあげられない無力なチビママンネの心を、キリキリと締め付けるのであった 「ルカリオちゃん、そのタブンネちゃんにも手伝わせて!」
「ワウ」
ルカリオは一端授乳を中断して、哺乳瓶を箱から取り出してチビママンネに手渡す
哺乳瓶を小脇に挟み、なぜ敵のルカリオが自分に哺乳瓶を渡すのか状況が掴めずに困惑するチビママンネ
小ベビンネは抱っこされたまま頑張って体を伸ばし、哺乳瓶の吸い口をチュウチュウと吸った
しかし、ビンが上を向いていたのでいくら吸ってもミルクを飲むことができなかった
「ワウ、ワウ、」
「ミィ?」
チビママンネに、ルカリオは瓶を下に向けるとお乳が出ることを教える
理解は出来たがチビママンネの手は小さく片手では哺乳瓶を持てかった
仕方なく小ベビをそっと床に下ろし、両手で哺乳瓶を持って授乳を始める
すると小ベビンネはコクコクと小さく喉を鳴らしてミルクを飲み始めた
「ミィ…!ミィ…!」
「お、けっこう飲み込みが早いね〜、その調子でお願いね」
ミルクが小ベビンネの細い喉をゆっくりと通り、そしてお腹の中に落ちていく音は
チビママンネが失いかけていたベビたちの将来への希望と母親としての自信を少しずつ取り戻していった
ミルクを飲み終わって満腹になり、哺乳瓶から口を離しても小ベビンネはチビママンネの足に抱きついたまま離れなかった
どんなにお腹が空いても、酷いことをされても、悲しくても、最後は優しいママが助けてくれる…
今朝からの出来事で、小ベビンネのチビママンネへの信頼と依存はこれ以上無い程深いものになっていた
『チィ… チィ… チィィ…』
「ふぅ、やっと飲み終わってくれたよ」
社長が8匹、ルカリオが3匹、チビママンネが2匹のベビンネにミルクを飲ませ、どうにかベビ達の全員の授乳を終わらせる事ができた
お腹一杯になったベビ達は再びウトウトしだして、何匹かは床に突っ伏してそのまま眠ってしまっている 「ミッ… ミミッ」
次々と眠りに落ちていくベビンネたちを目の前にして、「暖かいベッドに連れてってあげなくちゃ」とチビママンネは思った
しかし、この場所にはベビを安全に寝かせられるような隠れ場所も、気持ち良く眠れるような柔かな草のベッドもない
それらが備わっている自分の巣は遥か遠く、ついでにこの場には何を考えてるのか分からない人間とポケモンがいる
ベビ達にお乳を与えた安心感から忘れかけてはいたが、今はかなり危機的な状況なのだ
経験と判断力が圧倒的に不足していたチビママンネは困りながらただウロウロとベビ達の回りを歩き回ることしか出来なかった
「あっ、もうおねむなんだね〜 今ベッドを用意してあげるから出荷の時間までゆっくりおねんねしててね」
そんなチビママンネとは対照的に、おねむのベビンネ達にも落ち着いた様子で対処する社長
ベビを3匹まとめて抱っこして、先程の段ボールの寝床にそっと寝かせていく
「ンミッ?ミーッ…!」
それを見たチビママンネはまたベビ達が閉じ込められてしまうと勘違いしてしまった
そしてベビを取り戻そうと先程破いて開けた隙間を無理矢理押し広げながら段ボールの中へ入っていく
「ミィ…?」
最初は一刻も早く段ボールの中から出してあげよようとしていたチビママンネ
だが、段ボールの中に踏みいってバスタオルの上ですやすやと気持ち良さそうに眠るベビンネを見ると気持ちは変わった
フローリングよりかはほんのり暖かい段ボールの床に、いつもの草のベッド程では無いが柔らかいバスタオルのベッド…
かなり狭いがここでベビ達が安全に眠れるんじゃないかとチビママンネは思いついた
そして段ボール箱の中で身を丸めながら横になり、眠るベビンネたちを優しく抱き寄せる 「んー? もしかしてベビちゃん達と一緒に眠りたいの?」
社長はチビママンネが入っているのも関係なしに次々と段ボールの中へベビンネを寝かせていく
やがて13匹全てのベビンネが入れられると、段ボールの寝床はぎゅうぎゅう詰めになった
タオルの上に置ききれなかったベビはチビママンネの上に乗せられ、まるでベビンネのかけ布団という状態だ
ベビの布団はけっこう重かったが、温もりと今朝からいろいろあった疲れに負けチビママンネはゆっくりと眠りに落ちていく
「うふふ、もう少しで出荷だから今のうちにゆっくり休んでてね」
眠りに落ちていく中で、チビママンネは部屋に積まれた箱から子タブンネの静かにすすり泣く声が聞こえてくることに気づいた
「どうしてあんな所からに子どもの声が聞こえるんだろう?」
気にはなったが、頭が悪いので睡眠欲に負けて眠りの中に消えていった それから何事もなく時間は過ぎて午後三時になり、中形のトラックが会社へとやってきた
子タブンネたちをデパートへ出荷する時間がやってきたのだ
「お疲れさまです、もう出荷の準備は整っていますよ」
「こんちはこんちは、それでは早速持っていかせてもらうざんす
ホレ、荷物は家の中ざんす、中身はポケモンざんすから気をつけて運ぶざんすよ〜」
「あっ、玄関でうちの社員が2人待ってるから詳しい場所はその人に聞いてね」
デパートのざんす男の指示で、運送屋の2人の男が家の中に入っていき、子タブンネの入ったキャリーケースを次々と運び出し、トラックへ積み込んでいく
『ミィッ!ミィッ!ミィッ!ミィッ!ミィーッ!!』
棺桶のような狭いケースの中では眠るしかないので眠っていた子タブンネたちだが
早足で運ばれる激しい振動で目を覚まし、何が起こっているのかわからず寝ぼけながらミィミィと騒ぎだした
「ふう… いったいいくつあるんですか?」
「詳しい数は社長に聞かないと分からねえですが、確か250くらいですぜ」
「ひぇー、そんなに売れるもんなんすかねタブンネって」
「まあー、イベント用らしいですからな、しかしウチにいるタブンネをほとんど全部お買い上げとは恐れいったぜほんとに」
兄貴分の言う通り、傷物意外ほぼ全ての子タブンネがデパートに買われたのだ
売り値は質に関わらず一律で一匹9000円、そして売れた子タブンネは243匹。218万7000円の会社始まって以来の大商談である
「ところで、あのケージが置いてある部屋にあった破れた段ボール
、
あそこにもタブンネが入っていたんすけどアレは持ってくんですかね?」
「あ、今朝獲って来たやつだ、急いで梱包しねぇと…」
「破れてる?まさか」
そう、チビママンネとベビンネ達は輸送用のキャリーに入れられる事なく未だ段ボールの寝床の中にいて運送屋の屈強な男たちの大きな足音で目を覚ましていた
狭い段ボールの中、チビママンネは足音の主に見つからないように身を屈めて今にも泣き出しそうなベビたちを必死になだめていた
こう書くと頼もしい母親に成長してきたように思えるが、チビママンネもまた泣きそうになっているのがなんとも頼りない所だ 一方、社長もまた自分の失敗に気づいていた
「あっ、ベビちゃん達をケージに入れるの忘れてた!」
「ほう、先程連絡があったベビィちゃんざんすな
運ぶ前にちょいと見せて貰っても構わないざんすかね?」
「はい、大丈夫ですよー、家の中にあるので私についてきてくださいね」
「それではまたお邪魔するざんすよ」
そうして家の中へ入っていった社長とざんす男
そして子タブンネが入ったキャリーとチビママンネ親子が置かれている部屋に入ると、男2人と運送屋の男が段ボールを囲み怪訝な顔で中を覗きこんでいた
その中のチビママンネはベビを庇いながらも敵に囲まれた恐怖でプルプルと震え、
その恐怖はベビ達にも伝わってベビたちも同じように震えていた
「あれ、どうしたの2人とも」
「あっ、社長。何故か今朝獲って来た赤ん坊の親タブンネが箱の中に居るんですよ
連れてきた覚えは無ぇのにまったく不思議なもんで」
「あ、言うの忘れてた。ベビちゃん達を追いかけて来ちゃったみたいなの、
それで丁度いいから臨時のお世話係として置いておいたってわけ」
「赤ん坊の泣き声を聞き付けてここが分かったんでしょうな
5kmくらい離れてても聞けちまうとは、耳がいいのは知っていたが想像以上だぜ」
「はえ〜、すごいもんざんすねぇ
ところで、このマーマさんに退いてもらってベビィちゃんたちをもっとよく見てみたいんざんすが
よござんすかね?」
「オーケーですぜ、ちょいと騒ぐかもしれやせんが勘弁してくだせぇ… よいしょっ!」
「ミッミッミー!!」
弟分は「よいしょ」の一声と共にチビママンネの両腕を掴んでまるで大根でも引っこ抜くかのように箱から一気に持ち上げた
持ち上げられたチビママンネは足をバタつかせて抵抗し、
宙に浮いても尚その視線を段ボールの中のベビたちから離さず、必死に鳴いて何かを訴えていた
人間の言葉に直せば「泣かないで」「大丈夫だよ」などの意味を含んむ慰めと励ましの声である
もうこれ以上、可愛いベビに涙を流させる訳にはいかない…チビママンネはベビたちを不安にさせまいと必死なのだ 「チピィィーー!!」「チーッ!!チー!!」「ビィィィ!!!」
しかし、その声も空しく箱の中に残されたベビたちは一斉に泣き叫んだ
母親と触れあっていることで押さえられていた恐怖と不安が無理矢理離された事で一気に爆発したのだ
興味が勝るのか、ざんす男は13匹のベビンネが一斉に泣き叫ぶ爆音にも怯む様子もなく段ボールの中を覗きこんだ
「ほほ〜、昨日見せてもらったベビィちゃんよりもっと小っちゃいくて可愛いざんすねぇ〜
でも、ちょっとマーマさんにべったりすぎるじゃないざんすか?
お客さんに触らせていいものかちぃと不安ざんすよ」
「うーん、その点は大丈夫だと思いますよ。
さっきは私の手からミルクを飲みましたし、抱っこしても泣きませんでしたし
今泣いているのは寝てるときにドタドタした足音で起こされてご機嫌斜めなのかもです」
「抱っこして人の手からミルクを?
それなら授乳体験も大丈夫そうざんすねぇ〜
いや〜、社長さんにも社員のお二方にも改めてお礼を言わせて頂くざんすよ〜」
「いえいえ、こちらこそこんなに沢山お取引頂いてありがとうございます」
「どういたしましてざんす、
ところで、あのマーマさんはお世話係という話ざんすがどういった事をしてくれるざんすかね?」
「そうですねぇ… 泣いてたらあやしてくれますし、哺乳瓶でミルクも飲ませてくれますよ
えーと、あとは…」
思い出してみたらそれくらいしかやってなかったので言葉に詰まってしまう社長
それを見かねて、兄貴分がトレーナー時代に学んだうろ覚えの知識で続きを話しだした
「あー、糞尿の処理もやってくれますよ。こう見えても野生の個体ですからねこいつぁ
あとは保温ですかね。人の手で育てるときは湯たんぽやら電気あんかやら使うんですが、やっぱ母親の体温で暖めるのが一番ですぜ」
「ふむふむ、それは大助かりざんすねぇ… 」
「あ、でも母乳は出ないからミルクは私たちで作らないといけないですね」 ざんす男はベビたちの泣き顔を眺めながら少し考え、ある事を決断した
「このマーマさん、イベントの間レンタルさせて頂けないざんすかね?
買ってからのベビィちゃんの管理はこちらとしても不安があったんざんすよ」
「あー、大丈夫ですよ。沢山買ってくれたからサービスでお付けしちゃいます!」
「サービス! いや〜器量もきっぷもいい社長さんで良かったざんすよ〜」
「へぇ〜、こいつもイベントに出すんですかい?」
「いえ、裏方としてベビィちゃんのお世話をして頂くざんす
ベビィちゃんは売り物でもあるざんすから
お売りするときにお客さんの目の前で母親と引き離すなんて事したらマイナスイメージざんすよ」
「あー、言われてみたらその通りですなぁ
よくよく考えたら俺らもなかなか酷ぇ商売してるよなぁ、ハハハ」
弟分が笑いながらチビママンネを地に下ろして手を離してやると
脇目も振らず段ボールの中に裂け目から押し入り、撫でたり抱っこ したりしてベビたちをあやしだした
「ふむふむ、熱心ざんすねぇ〜」
「それじゃあ、こいつらを運べるようにするとしますか
でけぇケージに親子一緒に入れちまうのがいいかな?」
「トラックで運ぶんだぞ。シートベルトも無しに一緒に入れたんじゃあ輸送中に親が転げて赤ん坊を押し潰しちまうかもしれん」
「うーん、親子を別々の入れ物に入れて輸送した方がいいかもしれんざんすねぇ」
「そうですねぇ、じゃあ、早速箱を用意して詰め込んじゃお〜」 その後色々と話し合いをした結果
チビママンネは大型の青果用木箱、ベビンネたちは特大の発泡スチロール箱に纏めて入れられる事に決まった
「ミ゙ーッ!ミ゙ーッ!ンビビーッ!」
「オラッ!暴れんなよコラ!」
兄貴分と弟分によってまだ泣いているベビンネから引き剥がされるチビママンネ
必死に暴れて抵抗したが手足を縛り上げられ、いつもの麻袋に首だけ出して入れられてから箱詰めにされた
『ヂビィィィィィィィ!!ムビィィィィィィィ!!』
「はいはい、ベビちゃんのおうちはこっちですよー」
一方、ベビンネたちは泣きながらも必死にハイハイして引き離された母親に必死に追いすがろうとする
しかし、チビママンネに近づくそばから次々と社長に捕まり、小型の洗濯ネット一網に一匹ずつ入れられていく
そうして全てのベビンネが洗濯ネットに入れられると、社長はそれを緩衝材の入ったスチロール箱に一匹ずつ丁寧に入れていく
「ふむー、半分はこっちが原因とはいえなかなか壮絶ざんすねぇ」
3人の手によって作業開始から10分ほどでミィミィとうるさい荷物の箱が2つ出来上がった
「梱包終わりました! 赤ちゃんの箱にはエアポンプをつけて空気を送っているので大丈夫だと思いますが、
酸欠以外にもストレスも心配ですのでそちらに着きましたら早めにキャリーから出してあげてください」
「了解ざ〜んす、重ね重ね丁寧な心遣い感謝するざんすよ」
その後、それほど時間はかからずに積み込み作業は終わり
ベビンネたちとママタブンネ、そして子タブンネたちを載せたトラックはデパートへと向かっていった
3時間の道のりの中、子タブンネ達は暗闇と震動とエンジンからの轟音に怯えていた
恐怖から必死にキャリーの壁を叩く子、引っ掻く子、キュッと目を閉じて眠くもないのに必死に眠ろうとする子
そして闇に浮かぶママンネの幻覚に必死に助けを求めて泣き叫ぶ子…
子タブンネが必死に足掻く騒音や泣き声、叫び声が他の子タブンネの恐怖を煽り、3時間の道のりを永遠にも感じられる地獄の時間に変えていた レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。