四十年勤め上げた會社を退職し早二十年、何やら張り合いの無い日々を送る内、中年なる息子に「退屈しのぎに遣って見たまへ」と勸められたポケモンゴウ。
當初は「こんな電腦遊戲機、何たる幼稚加減」と莫迦にしてゐたものの、遣つて見ると存外に面白ひ。
若者に人氣といふ樣々な姿形を持つ獣たちに「威嚇、跳躍」と何度と無く球を避けられるにつけ、食ふや食はずやで慌しく過ぎ去つた學生時代が自ずと思ひ返され、「戰爭さえ無ければ、小生もポケモンを追う青春が送れたやも知れぬ」と獨りごちることも屡々。
すつかり虜となつた今では、息子の部屋から白銀色の電腦遊戲機をせしめては表に出かけ存分に「砂、飴、色違い集め」を堪能する毎日を送つている。
「傳説レヰドバトル」なる戰いに參加した際には、その餘りに壓倒的な力の差と過酷な戰いに落涙し、鄰で慣れた手つきで画面を連打する家内に「かような理不盡が許されていいものか!」と熱辯を振るって呆れられる始末。年甲斐もない、とはこのことと後で赤面することしきり。
下手の横好きとはいえ「繼續は力なり」の言葉通り、最近ではレヰドボスの技の回避や高個體ポケモンの管理にも慣れ、「好きこそものの上手なれ」を座右の銘としてレヰドボスゲツトに勵んでいる。
同年代の友人達が癡呆や重い病に惱まされるなか、老いて尚矍鑠としてライングルウプのオフ會に向かえるのも、ひとえにポケモンゴウのおかげかと思えば、再三に渡るヰベント告知の煽り文句も、何やら「まだまだ死ぬには早いよ」と言われているようで愉快極まりない。
ひとつ間違えれば自らが乗り込んだレヰドバトルで電腦掲示板にて申請し合つた顔も知らぬフレンドに出會える日を樂しみにしつつ、今日もスマアトフオンに向かう。
それでは、ポケモンゲツト。