はやっぱり嘘つき
長文コピペをお持ちしました

道路下のガス管取り替え工事は夜明け前に終わった。
 昨日の11時から、本来ならば朝5時まで現場を囲ったトラバーやコーンの前で立ちんぼしなくてはいけないのだが、
思いの外作業がはかどり3時前に上がりとなったのである。
 現場監督が警備報告書に判子をついてくれる。早く終わろうが終わるまいが日当分の額に変わりはない。
 どこか得したような気分になって、(始発電車が走りはじめるまでコンビニで酒でも買うて公園かどっかで飲むとす
るか)
 加須雄は判子がつかれた報告書を、警備会社のロゴのワッペンがマジックテープで貼られたドカジャンの胸ポケット
に押し込んだ。
 借金返済のためにクルマを手放して5年になる。それでもまだあと3年経たないと元利均等方式で算出された月々
2万円の返済が終わらない。
(クルマさえあったら即アパートに帰れるんやけどな。しゃあないわ、身から出た錆や。わしが悪いんや)
 苦笑してため息をつき、加須雄は普通の合皮の短靴にかぶせるように履いた防寒兼防泥用の分厚い作業靴を脱ぎ、
誘導灯とヘルメットとともに、底に乾いた泥がまばらにこびりついた黒い大きなナイロントートの中に突っ込んだ。
 ドカジャンの胸ポケットからくしゃくしゃになった『わかば』を取り出し折れ曲がった1本を抜き出し、現場まわりで立哨
をしていた時に拾った、ガスがほとんど残っていない100円ライターの石を何度も何度も回してやっと出た小さな青い
炎を煙草の先に移す。
 警備中は休憩時間以外に煙草は喫えない。肺が煙に飢(かつ)えきっていた。
 大きく一服し、煙をまんべなく両肺に行き渡らせ勢いよく吐き出した煙のむこうに見えた空は白みはじめ、東の方の空
に薄赤色が加わっていた。
 10年前に買い、バッテリーだけを買い換えて、いまだに使い続けているガラケーを開け、某巨大掲示板にアクセスする。
 案の定、警備現場に赴く直前に書き込んだレスに何人か、あるいは1人が何人かになりすましているのかわからないが
複数のレスが付いている。
 どれも否定的な内容ばかりである。
 掲示板での加須雄はプロの文筆家であり、あるいは投資家であり、アマチュアながらプロ棋士の弟子を飛車角落ちで負
かせた将棋盤上の天才であり、とにかく自分が頭の中でこしらえた虚構の自己に現実の生活の苦しさを逃避させ、他人か
ら見れば笑うべき妄想にしか過ぎないのだが、本人にしてみれば唯一の救いの世界を土足で踏み荒らされたような気がし
て、その時点で自分が嘘を語っていることなど忘れてしまい、否定的なコメントに本気で腹を立ててしまうのであった。