なんだろう、意図は理解できるしある程度迄は評価もします。


なんかこう、中途半端?


Toy-Conガレージが肝なんでしょう。

ですが、むしろゲームクリエイターの様なゲームをつくるアプリの様な物が先にあった上で、Toy-Conガレージの様な操作系の工夫に流れるべきだったのではとおもったり。


それがないから「うでずもう装置」なんかが締めとして出て来るのでしょう。

究極の蛇足感。

もっと他に無かったの?という疑問しか浮かびません。


なぜわざわざ締めにToyコンやSwitchの必要性に疑問を呈する類いの物を?と。


まぁ、それでも段ボールだけで色々な遊びができる事を任天堂が積極的に啓蒙しようとするのは素晴らしいことです。

例えそれでJoyコンやSwitchが不要と気付かせることになるとしても。


こうなると、締めに「うでずもう装置」を持ってきたのは、任天堂が込めたメッセージとすら感じます。

ゲーム機なんてなかった頃の遊びに回帰するキッカケに成れるかもという点で、NintendoLaboを高工評価します。

http://blog.livedoor.jp/nanahsy/archives/7296988.html