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■Sword Art Online #16.5■

 窓から差し込む仄青い月光が、ベッドの上に複雑な陰影を作り出している。
 繁華街の無いセルムブルグ市ゆえに深夜ともなると人通りもぱったり途絶え、
聴こえるのはかすかに届く湖のさざめきくらいで、ともすると早鐘のような俺の鼓動が部屋中に響いているような気すらしてくる。

 着衣をすべて解除した俺とアスナがベッドの上で正座して向かい合った状況が、すでに約2分半継続していた。両手を膝の上でぎゅっと握り締め、俯いたままのアスナの表情を読み取ることはできない。俺からなにかアクションを起こすべき状況なのだろうが、
悲しいかなすべての選択肢の結果がさっぱり予想できず、
無言の硬直を強いられている。
 仮にここで「ゴメン!」と一声叫び、マッハで最低限の着衣を装備してダッシュで部屋から遁走をキメたら一体どうなるだろうか。明日会ったとき「しょうがないなぁー」と笑って許してくれるようなことなないだろうか。
 ――ないに決まっている。
 遠い記憶を振り返ると、俺はSAOにログインしたときはわずか14歳だった。中学二年生の冬だ。当時の自分のことなど思い出したくもないが、
同年代の男子が通常発生させ得る性衝動エネルギーをとことん犠牲にしてまでネットゲームにのめり込んでいたので、
女の子の部屋で二人きりなどというシチュエーションにはついぞ遭遇したことはなかった。裸で向き合う状況においてをやである。
 この際、実は俺より少々年上なのではないかと思われる(そしてこの方面の知識も俺よりはあるであろう)アスナに仕切って頂きたいというのが偽らざる本音であるが、
SAO内では、彼女を含む周囲の人間はどうやら俺を実年齢よりかなり高く見積もっているらしく、そしてそれをあえて今まで訂正しなかったため、
今更彼女に向かって「じつはボク……」などと言い出す真似はとてもできない。
 俺は覚悟を決めた。たとえ知識と経験はなくとも、俺のアスナに対する気持ち、未だかつてこれほど愛した人はいないというその感情だけは確かなものだ。