normative criticismについては日本のテクストに当てはめるのは伊藤計劃の無知で
あれはキリスト教世界における「神の視点」を形而上的にどう解釈するか? という意味合いなので
「俺がこう思うからこうしろ」って批評ではないし、規範批評ってそもそも伊藤計劃の無知からなる誤訳
ってこと話したいわけ? 理解できるのかい?