>>29
とにかくマウントを取ってやろう、ディスってやろうという意欲だけは伝わってくるが、何かを語っているようで何も語っていないな
どうでもいいが、ドット絵だから許されてた理論って具体的に誰が主張してるのかね?

>ゲームなんだから一部滑稽なぐらいの方が面白いのは洋ゲーが証明済みなのに
日本語が読めないんだろうが、誰も滑稽さをゲームに取り込めるのはJRPGだけとか言ってないので、反論としてなんの意味もなさない
JRPG的な想像力、漫画的な世界観やジョークやユーモアが窒息死してしまうということを言ってることからわかるように、
ここで問題にしているのはそういう漫画的な世界だから説得力を持ち得ていた「滑稽さ」なのであって、「滑稽さ」そのものではない
むろん洋ゲーには洋ゲーの「確からしさ」に基づく「滑稽さ」が存在しており、それはそれぞれに滑稽だろう(当たり前だが)
しかしイケメンの主人公が女装して女衒や買い手に女と間違えられたり、ボディビルダーとスクワット勝負して
アイテムを手に入れるみたいなゲイジョークは、ポリコレがどうこう以前に整合的な世界の「確からしさ」としてふつう成り立たない
まあ龍が如くのようにそれ自体がジョークでありギャグであることを全く隠していないゲームなら話は別だが
FF7のリメイクは、そういうマンガ的世界だから許されていたお約束やシナリオ展開を、より「シリアスで現実的なもの」にする作業に
きっと追われていることだろう

ところで「ラスボスはだいたい神かその反対の存在としての究極の悪」とか「主人公はだいたい十代の少年でパーティーの同年代の
少年少女と世界を救うために旅に出る」などというJRPGのお定まりもあるが、こういうクリシェが今になると鼻白んでしまうせいは、
それが使い古されているからというだけではなく、表現の形式にも関わっている
テキストからムービーへ、ドットからポリゴンへ、ポリゴンからより写実へ、と表現の形式の抽象度がどんどん減っていくにつれて、
作品自体の抽象度そのものも減っていくので、その抽象さに居直ることで許されていた表現の飛躍が、許されなくなってきている