イギリスに優遇され裕福な暮らしをしている少数民族のタミル人に、不満を持っていたシンハラ人、両者の争いは次第に内戦へと発展していきました。
1983年には当時の首都コロンボでも大規模な武力衝突が発生し、治安が悪化。
時の大統領ジャワルダナは、一計を案じて首都の移転を決断します。

その際白羽の矢が立ったのが、旧王都のコッテでした。
大統領は移転と同時にこの都市の名前を「輝けるジャワルダナの街コッテ」という大仰なものに変えました。しっかり自分の名前を入れているあたりが、政治家らしい彼の性格をよく表しています。