松野氏:
 とはいえ、僕はスクウェアに移籍したときに、伊藤裕之さん【※】という天才に出会ったんですよ。ほかにもスクウェアに入って出会った天才って何人かいるんだけど、「ダントツで天才だ」と思ったのはやっぱり伊藤さんですね。

吉田氏:
 松野さん世代のスクウェアの人は、皆さん伊藤さんのことを「天才だ」と言いますね。


──『FF』のさまざまなシステム設計に始まり、各種のデータから作詞まで幅広く手がけている方とは伺っていますが、どちらかと言えば知る人ぞ知る、あまり表に出ない方ですよね。

松野氏:
 でも、「これまでのスクウェアを支えた最大の天才をひとり挙げろ」と言われたら、僕は彼だといまでも思っています。
 『FF』の基幹システムであるATBやジョブシステム、アビリティの発明、『VIII』のジャンクションにしても、『XII』のガンビットにしても、『FF』のシステムで面白いものの多くは彼が手がけたものです。

僕との仕事で言えば、『タクティクスオウガ』のキャラクターにパラメータが6つあったのを見て、伊藤さんは『FFT』のときに、「松野くんの言うとおりに遊んでもらいたいんだったら、パラメータが多すぎる。3つに減らそう」と言ってきたんです。

 僕は「それじゃあゲームが成立しませんよ。ジョブなんて区別できない」と反論したんだけど……伊藤さんは見事にやりきり、もちろんジョブも綺麗に区別した。すさまじいよね。

吉田氏:
 僕からすれば、松野さんが作るデータにすら「多い」と指摘できる伊藤さんはスゴすぎる(笑)。

一同:
 (笑)。

松野氏:
 伊藤さんはもう、僕ら凡人とはまったく違う発想なんです。僕にとって想像できるものを作る人は普通の人で、僕が考えているものよりいいものを作る人は秀才。

 でも、伊藤さんはいつもまったく違う切り口を持ってくる。しかもそれがスゴくいい。
そういう人が天才なんですが、伊藤さんには、さらに発想力やアイデアと、それをまとめ上げる実行力がある。

吉田氏:
 誰もが思いつかないことを言うのって、それは妄想力の高さなので、別に難しいことではない。でも、それをデータとして形にできるプランナーは少ない。

 さらに言えば伊藤さんは、最初から「最後にどうするか」まで整えて持っていくということですよね。しかもデータに落とし込んでみるとじつに堅牢という。

松野氏:
 僕はこれまで作ったゲームで、秘伝のタレを何十年も継ぎ足すようにして、パラメータについてのExcelシートを作っているんです。
 でもこのシートにはじつは何の意味もない。別に人にあげたっていいし、公開したっていいとさえ思う。
なぜなら、つねにそのときのゲームのデザインに合った新しいデータをどう調整して構築するかが重要だから。
伊藤さんはそういうときに、要不要を瞬時に判断できる人。
 しかも、自分のこだわりを伝えると、それは残してくれるという天才っぷり。僕は一生敵わないと思っています(笑)。


※伊藤裕之
スクウェア・エニックスのゲームクリエイター。
入社当初はデバックや効果音などを担当していたが、『FFIV』でターン制から離れ、リアルタイムに溜まっていくゲージが満たされたキャラクターから行動が可能になるアクティブタイムバトル(ATB)を発明。
『FFV』ではジョブと能力を切り分けたアビリティシステム、『FFVI』では装備した魔石が戦うことで成長し、石に対応した魔法を覚えていく魔石システム、『FFVIII』では召喚獣や魔法を“装備”し、
成長させるジャンクションシステムなど、シリーズに特徴的なシステムをつぎつぎと構築しているほか、「シオミ」の名でシリーズの主題歌の作詞などを手掛けることもある。
http://news.denfaminicogamer.jp/interview/180522