なんで昔はパソコンってゲーム能力低かったの??????????
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それは日本だけだぞ
ホビーパソコンが衰退しなかったヨーロッパでは高性能パソコンがたくさんでてた >>4
1万円でファミコン買えるのにPCは20万を余裕で超えてきたからな パソコンはポピュラスとかシムシティの時代
PCゲームを手に入れるのは大変だった
アーケード基盤が売れてたんだよね ホビー向けじゃないかぎりスプライト機能だとかスクロール機能だとか
音源とか別に必要ないし パソコンがCS超えたのっていつぐらいから?
PS2の頃はまだCSのほうが能力上? 主流がSLG、RPG、ADVと得意ジャンルが違っただけでゲームが苦手ってわけではなかったと思うが >>9
だいたいvoodooが流行っててNVIDIAがRivaTNT2から初代Geforce出したあたり
Pentium3の頃は既にHALF-LIFE出てたと思う 今でも一般業務関連のPCはCSより低いぞ
高いビデオカード積む必要なし >>9
ファミコンの頃はもうpcが上だった
pcが負けてた頃はwizのワイヤーフレームや
棒と玉だけで卓球?やってた頃 確かにファミコン時代とかはパソコンはアクション系が比較的苦手だったね
パソコン、アーケード、CSで得意なジャンルも住み分けが出来てた FC期あたりも一応X68とかACTやSTGの得意なマシンもあったがものすごくシェアが無かった
んでCSのアケ移植とか相手にイキってた >>16
Pentium3が98年〜99年頃っぽい
PS2の頃はCSもすごかったからね 30年以上前から普通にゲーム能力は高いぞ?
光栄の歴史シミュレーションやれば嫌でもわかる 動きのあるゲームはアケが頂点だったころはそれこそアケ基盤を買うって選択肢があったから
PCでゲームするような濃い連中がPCにそっちを求めなかったというのはあるかもしれない X68000より高性能なCSなんてなかっただろ
FM音源もパソコンのほうが性能よかった >>21
サターンの互換基盤みたいなボードをPCの拡張端子に強引に取り付けるやつがセガから出てたな
全盛期のバーチャは遊べた 昔って具体的に何時の事?
能力って具体的に何差すの?
色々ぶん投げ過ぎ >>1
それNECだけじゃね
他のメーカーは高性能だったぞ SFC全盛期にはPCゲームをやっていたけど
その頃には性能面ではPCの方がCSより上に感じたけどなあ
ただ、CSの方が面白いゲームが多かったけど ゲーム能力?
ADVとかRPGとかSLGはCSでやるものじゃなかったのに StarcraftとかDiablo2とか凄かったよな。 スペースハリアーだってPCで開発してるはずなのに
アーケード機とか明らかにPCより優れた表現出来てたり謎だよね >>29
アーケードゲームはスプライトの化け物だったから 昔っていつだよ
ゲームに有用なスクロールやスプライト機能が貧弱だった時代のPCは主な用途がゲームじゃないからだろう 日本だとエロゲ動かせれば良かったからな
非力だったかもな >>35
2Dのエロゲ、ギャルゲには赤色が強いATI(今のAMD)が良いって言われてた時代 X68000のスト2ダッシュとかスーパースト2ってほぼアーケードそのままじゃなかったっけ ファミコンが出てX68Kが出るくらいまでがアクションでCSが勝ってた期間じゃね
アーケードは技術の最先端みたいなものだったし バブルボブルが地元で流行ってた時に、PC移植版を買ってた奴がいた
完全移植ではなかったけど
メディアカイトのWin95/98版が最初の完全移植かな >>39
俺も買ったわ
あと亡きコンパイルが発行してたDiskStationは毎月買ってた
あの価格の安さで遊べるゲーム多かったんだよなぁ パソコンって言っても
実質ゲーム機のゲームパソコンと、
会社で仕事に使うマシンは別物だったわけで。
昔のpcは、
演算速度は速いけど、
描画性能がコンシューマに勝てなかったから
シミュレーションゲームが得意だったね。
コーエーとか。
描画フレームだとファルコムあたりは、
秒間5フレームくらいでガクガクだった。
ファミコンは60フレーム当たり前だったのに。 >>41
ファミコンとかの時代ってPCと描画の仕組み自体が違ってたよね
遅いけど自由に何でも掛けるPCと
高速だけどパーツを組み合わせる以外にできないゲーム機 ファミコンは当時PCでゲームしてた人からは表現力で驚かれたとは聞くな
それ程PCでのゲームがショボいって事だけど 昔のPCは描画周りが基本CPU任せで、ビデオカードはダムバッファだったからな
GDIとか3Dアクセラレータが出てくるまでは描画支援機能のあるコンシューマに負けてた
ホビー用は描画周りもうちょい充実してたけど ゲーム用の機能が特に何かあったわけじゃないからな
いわゆるエロゲスタイルは問題なかったけど
アニメーションさせたりスクロールしながらアクションしたりはCPUにほとんどやらせるからしんどかった ファルコム全盛期のザナドゥ、イース、ソーサリアンあたりはファミコンじゃ無理な感じだった
スーファミでたあたりからはPCは下火になった CPUと画面解像度はPC優位だったから、SLGはPC強かったね。
逆にアクション、STGはPCエンジンやMD出てから勝ち目がなくなっていった。
SFCの回転拡大縮小でトドメさされた感。
んで、NVIDIAのGeforceシリーズ登場で再逆転なイメージかなあ。 ファミコンのイースかなり後発だったしグラはしょぼかったよ まあ動きはあれだけどグラはPCに敵う訳ないからな
元の扱える色数と解像度が段違いなんだし
でもまあファミコン初期くらいはまだ8色とか16色だったかな 今だってグラボ乗ってないpcは
CSより低いんだからグラボない時代は
すべてCSの勝ちじゃないの? アクションやシューティングにはそれ専用の機能があるCS機にかなわなかっただけで
SLGなんかはずっとパソコンのほうがレベル高かったよ PS2の頃はPentium3辺りでPCゲーム自体がエロゲばかりで一部光栄辺りが売っている位で性能的には余りといった感じだったけどラグナロクオンライン位からPCゲーの価値とソフトが多くなってきた感じがする ゲーム用じゃ無かったからだな
アドベンチャーやシミュレーションには向いてたかも シムシティとシムズとシヴィライゼーションとAOEあたりが本来のPCゲームらしいゲーム
まあDOOMも昔にあったんだけど 性能上がったのは、1999年頃だっけか
1000ドルPC、PC/AT互換機がメインストリームになって、
AMDが初の1Ghzを突破して話題になってた頃
BTOショップも次から次へと生まれていた 昔はPCのほうがゲーム能力高かったぞ
光栄のゲームとかCS版は劣化移植だった 昔はじゃなくて昔もか
CSのほうが上だった時期なんてゲーム史上でも一瞬じゃない >>60
それは解像度と演算の性能が良かったからであって別にゲーム向けの能力が高かった訳じゃないな
シミュレーションゲームとかテキストアドベンチャーなんかには適してたけど まあゲーム向けのスプライト機能搭載してたX68Kがいかれてただけだな
グラディウスがおまけって >>53
Pentiumくらいになるとそうでもない
486まではCS優位だったと思う X68やFM-TOWNSもそうだが。PC-AT互換機も486DX2搭載機だと
当時のスーファミで対抗するには苦しくなかった?
かたや低速で3Mhz程度の16bitCPU 方や周波数66Mhzで一部の性能じゃ
RISC並みの486DX2
おまけにVGAグラフィックで1677万色中256色デフォでついてる。
486DX2搭載したPC-ATはフライトシムやダンジョンマスターができたけど
スーファミでそれをやるには、本体性能が不足でカートリッジにカスタムチップを
仕込む必要があった。 >>53
今のノートのオンボGPUってスイッチより
性能上だぞ >>64
スプライト機能がなかったPC-AT互換機は
486のCPUパワーで「半ば強引にスト2の
移植があった。 光栄、アートディンク、システムソフト
あたりが元気だった時代(93〜95年あたり?)だと
描画、処理速度、操作性などPC版(98版)しか選択肢にならなかった Model3とVoodoo22枚挿ってどっちが性能いいの? >>1
アーケードゲームでよく利用されたスクロール機能やオブジェクトスクリーンなどは
一部の機種で搭載されるのみで多くはキャラクタベースでの構成だった。
Windowsが出る頃にIBM-PC用のビデオカードにVGA規格が搭載された頃から
グラフィック画面でCPUの力業を駆使して美麗なGAME画面が世に現れる。
同時にFC SFCの成功を横目で見つつDirectXというマルチメディア仕様が規定され、
この中にCSゲーム機と同等以上の仕組みも入っていた。
映像 音声 入力の同期と高速処理を可能にする仕組みを整備していった。 この手のスレって8ビットマイコン時代を知らないから立つんだろうな
グラフィック強化、FM音源が標準搭載されたPC88SRと
4096色同時発色、ハードウェアスクロール機能つきのFM77AVが1985年発売
ファミコンFC3000より華やかなゲームいろいろ出てたよ どのくらい昔かによるよな
ファミコン位の時期でもPCは解像度は高かった
スプライトやスクロール機能が無かったんで画面移動がカクカクだったんだよね >>68
DX2って1992年発売なんだな
もっと遅いかと思ってた
VGA時代にはもうPCのが優位だったんかね win95に統一されて
UO、Diabloがすげえすげえと言われる頃(97〜00年あたり)になっても
やっぱりPCゲーの方が進んでたか
ゲーム目的のPC組むのが珍しくなくなると
グラボなどの性能も日進月歩で伸びて
FPS(UBIのゴーストリコンとか)やるならPCでってなったし
その辺がひと段落した頃にはFF11とか出てきたし
2010年くらいまでをピークにMMO全盛期に突入していったからね スーファミくらいの頃でもまだまだアニメ絵とかテキストは辛かったからなあ
まあ専用モニターじゃなく家庭用テレビだったのもあるかもしれんけど
X1に漢字ROMとかつけてたな Windows95時代にDirectXが出てVoodooっていう3D描写に特化したビデオボードが出た辺りで
ある程度CSと同じくらいのゲームが動くようになった気がする。
Windows98出てDirectXが6になり、辺りで既に解像度の面ではPS2を上回り
日本ではPS2で出たゲームの移植が数は少ないが出たりしてた。
同じ年にHalf-Lifeが出てその次の年に有名なアドオンでもあるカウンターストライクがリリースされた。
この時点で3D描画がCSを大きく上回ってたと思う。なにせ平均的な性能が3ヶ月毎くらいで爆発的に伸びあがってたから。 ゲーム機世代的にいえば
PS3、Xbox、wii頃が一番PCでゲームしやすくて
CS機を買う価値が見いだせなかった >>74
77AVの頃には98VMが出たからね
色数は多かったけどライン数が98の半分で見栄えしなった >>77
FF11とほぼ同じくらいにTES3出たよな。
今とほぼ変わらん位のシステムのオープンワールド 「昔のパソコン」で思い浮かべてるものがそれぞれ違うんだよなw
完全に昭和の話だと思ってた 俺の場合は386世代で想定してるけど
一般的には286/V30あたりかZ80かだろうね >>79
DirectXとVooDooの登場が3年ぐらい遅かったから
PCゲーってどうなったんだろうね? 昔はファルコムの技術が凄かったんだよな
PC88/98の頃だけどね >>83
一応俺は段階的に
SFC時代(70)、PS時代(77前半)、PS2時代(77後半)、PS3時代(80)で
分けて比較してみたつもり
それよりも前の時代はゲームしてなかったから分からん フロッピーディスク入れ替えするゲームって総容量どれくらいだったの?10M位? >>88
それだと最大級のエロゲレベルだね
HDD前提で作られたルナティックドーンとかは14MBあった >>68
スプライト機能無かったんだな
DOS/V用で雷電が出てたけど、グラはいいけど色々変なのはそのせいか
RAIDEN
https://www.youtube.com/watch?v=fnFzjKtlXfM >>88
軽くぐぐってみたらエロゲがFD枚数多かったっぽい
同級生9枚、同級生11枚、下級生17枚
だそうだ
HDD前提になってからだと
ルナドン、A列車とか硬派なSLGも容量増えるようになったけど >>81
初期型VM2じゃなくてその後のリファレンスモデルになったVM21は86年発売だな
でもFM音源はオプションだし元がビジネス用で高価で普及台数少ないしで
ゲームがたくさん出るようになるまではタイムラグがあった >>91
VIPER-CTRの40枚組が史上最多じゃないかな >>94
カタログスペックならそうかもね
軍用シミュレータ用グラフィックを2枚使ってるモデル3ですら300万ポリゴンくらいなわけで(ポリゴンの形は違うけど PS2の時期だとCS機の方が
コストパフォーマンスは断然良かったよ
その反動でPS3時代のコスパが最悪に映る
こんだけ値上げしたのにこの程度?みたいな >>11
NEC独自規格のコンピューターな
海外製コンピューターは漢字が使えないという問題があったから国内では独自規格が乱立してた
中でも一番シェアがあったのがPC98シリーズ
一応ホビーユース向けの製品群もあったが低性能で恐ろしく高い
90年代にIBM規格の本当のPCが日本語対応してようやくガラパゴス規格の呪縛から解放された PS2の実効性能は300万poly/秒
テクスチャーやエフェクト処理で性能がた落ちになる ファミコン版ゼビウスのクオリティに同時代のすべてのパソコン版ゼビウスが足元にも及ばなかった シャープのX1turboがゲームパソコンといううたい文句だったな。上位のX68kが高くて手が出せない人向けの低価格帯を狙っていたようだった。 >>96
PP2のFF11を最後にゲーム機もういらねってなってたわ 何がいいたいのか意味不明
全てのPCにvoodoo乗ってたわけじゃあるまいし 懐かしくなって久しぶりにLOGIN買おうとしたら、廃刊なっててワロタ スーパーファミコンが油絵だったら
PCは水彩って感じ
当時PC持ってた人ならわかるはず >>94
そのころ自分のパソコンペン3にビデオメモリ256mbだったかな >>107
ライバル?のコンプティークは今じゃ
スマホソシャゲ雑誌 >>109
2000年くらいだとVRAMは最大で64MBくらいじゃなかった? >>111
GeForce2-GTSがVRAM32MB >>100
そりゃシューティングはレトロPCは苦手だろうよ
ファミコンのテグザーはヘボかったけど GF2のGTSは「Giga Texel Shader」の略 まさかアスキーが会社ごと無くなるなんて想像もしなかったな
ソフトバンクの変遷も想像出来なかったな CPUでソフト処理ではなく専用ハードでポリゴン処理してたPS1と独自CPUやGPUでDVD再生できたPS2の時代は上だった
ただメモリは少なかった >>118
VooDoo Geforce Pentium2-3
これらの登場でPCに抜かされてるよ。 >>97
98高いだの低性能だの言う奴いるが
当時の海外のPCアーキテクチャじゃ日本語処理は無理で
98が日本語フォントをROMや専用のVRAMを積んで
工夫したからこそ日本の企業で
マトモにパソコンが普及したわけで
単に90年代入ってからの性能差で
98をボッタクリだガラパゴスだ言うのは
明らかに間違いやで。 2000年まではアケ主流
2001年からはPCゲー主流だったわ
CSも買ってたけど今はPCのみ もともとビジネスのためのデバイスに無理やりゲームさせてるって見方の方が正しいしね
ただ、お役所ホールド出来ないNEC以外は一般端末路線があまり現実的じゃないんで、シャープや富士通はそっちにも力を入れた
X68KやTownsはやはり暴力的な性能でリリースされているよ メモリサイズもダンチ
AT互換機覇権以降、MSが箱にかまけてDXの更新を怠るまでは性能革新が半年に一度というマジキチ頻度で起こったため、
DCもPS2も直後はPCを圧倒できたものの無慈悲な速度でぶち抜かれている ファミコンからの移植はショボいのもあったな
DQ2とか NEC寡占状態の糞オブ糞時代だったけど
98で遊ぶ光栄のゲームは最高だった 仕方ないとはいえMSXのスターソルジャーもヘボかった 普通に98のゲームのほうが性能良かったけどな
光栄のゲームもファルコムのゲームもCSに行ったら大幅に劣化した
まあテレビとCRTの違いもあったけどさ Windowsのお陰でPCゲームが注目され自作PCが流行
・・・引き替えにNECPC98の衰退を引き起こしたけどね(´・ω・`) >>130
個人的にはWin95のころにCSに追いつかれてWin7あたりでまた逆転した印象だが・・・
普通にPC98とSFCやPSで出てたゲームでは圧倒的にPCのほうが綺麗で速かったぞ おろ覚えだが95年ごろだったかな?当時のアスキー(月刊の高い方)の
コラムにMSがPCベースでセットトップボックスを出すかも的な
記事があったな。
多分、そのあたりから今の箱事業に繋がる構想がゲイツの頭の中にあったんだろう。 >>131
98がWindowsになって消えたのは
それまで日本用(PC98)にカスタマイズされたMS-DOSで動かしていたのが
Windowsになってマイクロソフトが98用Windowsってのを作らなくなったからだと思う ただ単にファミコンが異常性能だっただけ
それ以外の時代は性能だけなら描画も含めてパソコンの方が上だった >>101
X1turboがでたのはX68kの3年くらい前だからねぇ >>89
>>91
当時を知らないからためになりました
一枚1.4MBなんですね 今では考えられない >>134
98用のウィンドゥズはあるよ
ただ、ウィンドゥズ用ソフトなら
Dos/vだろうと、98だろうと、タウンズだろうと
ソフトは動くから、
それまでの囲い込み戦略が崩壊して
差別化することが出来なくなっただけだぞ
客からすれば差がスペック以外関係無くなったし DosV機と比べて、
性能は半分、価格は2倍
こんな状態だったとか >>134
俺が買ったPC9821はWIN95が載ってたけどPC98用のゲームも動かせてたよ
98の頃の一太郎とロータス123の時代が懐かしい
俺はP1EXE使ってたけど 解像度とCPUパワー使うゲームは昔からPC有利だろ
CSが有利なのはスプライト活用するゲームだけで
それもMSXやX68000なら関係ないが >>142
MSXは色数が大分不利だったんじゃないかな
天使達の午後とか
あくまで他のPCと比較してだけどね
けれどアクションゲームとかシューティングゲームならMSXが有利だと思う >>138
WIN95の頃に出てたダライアス外伝なんかはパッケージにタウンズでは動きませんと記載されててタウンズユーザーでもあった俺は悲しかった 信長でいうと天翔記の時点でCSじゃ当分無理ってくらい差があった感覚 昔は今ほど高度な性能のチップを作れなかったから
何の用途向けにするかで機能を厳選しなければいけなかった。
だからビジネス向けのパソコンのゲーム性能がイマイチだったのも無理からぬ話。
それにまさかビジネス機をテレビに映す用にはできないだろ。
当時のアナログテレビで仕事なんてしたら目が死ぬよ。
おそらくMSXなら、そういう体験した奴がいると思うけど。
それとパソコンだから当然ゲーム機のように原価ギリギリまで値段を下げるとか
何百万台と売るから特別に安くチップを作ってくれということが出来ない。
ファミコンやメガドライブは、Wikipediaでもいいから読んでみれば、
そのCPUの機能をゲームに限定して、なおかつ安く作るために交渉したということが分かる。
つまり必然的にパソコンの方が高くなる。そもそも安く売るつもりもなかった。
ゲーム機で言うなら3DOの値段が高かった(当初予定\79800)と同じ理屈。 >>136
マジか。併売してたけどX68kがX1シリーズの後継だったんだな。 >>139
そりゃコンパックが12万8千円で乗り込んできた当初は値段差に仰天して「コンパックショック」なんて言われたけど
NECも価格下げる努力はしたよ
Windows95、Word+Excel or 一太郎+Lotus123、Pentium 100MHz、メモリ16MB、HDD850MB
モニタとセット販売で定価315,000円(税抜き、ただしアキバとかで3割ぐらい引きで買うのが普通の時代)は悪くない値段
https://www.weblio.jp/content/PC-9821V7/V10 >>147
今3DSとSwitch併売してるようなもの >>148
でもその時代のゲームってまだDOSゲーが基本だったから98だとFPS出来なかったよね >>150
9801でもDOOMやOriginの一人称RPG系は出てたよ
TownsだとDOOMとShadowcasterは出なかったけど、それ以外は出てた
Laser5でTowns用Linux買ってXDOOM遊んでますって奴は多かったな
国産PCじゃFPSや一人称RPGがにっちもさっちも行かなくなるのは、QuakeやDuke3Dが降臨して描画エンジン商売が加速してからだね PC98のプリンスオブペルシャは海外版と比べても当時評価は高かったな
…それを移植したX68版はハァ?って感じだっけど、Cコンパイラで作ってたのが原因なのかブローダーボンド内製だったせいなのかは分からないけど
出来はハードの性能だけではないのは今も昔も変わらないなぁ 廉価機ですら20万超えてた時代にゲーム機として流行れとかそら無茶だよな
グラフィックカードすら刺さってないPCも多かったしそらオンボでもプレイできる
紙芝居ゲー(エロゲ)しか残らなかったはずだわ ファミコンと同時期のパソコンの比較をしたかったら当時無名だった浅倉大介が音楽担当だったDAIVAをやってみたらいいかもね
ファミコンの他に88SR、77AV、X1、MSX、MSX2と当時の代表的なパソコンで発売されてる
PC98版もあるけどこれはアクション部分がないので比較対象としては除外 >>151
ディセントも98版出てたな
DX2でもキツかった >>151
そうだったかも。失礼しました
メジャーゲーの日本でのパブだと、当時やたらイマジニアが頑張ってた記憶があるな 日本語関係いらない分、98の方が何もしなくてもコンベンショナルメモリ確保しやすいとかもあったね むしろなんで今はゲーム機のほうがゲーム能力低いの?って質問のほうが自然ではないか >>99
えー、8ビットPCから現在までずっと見てきたよ。
ATARI800やアミーガなんてニッチなPCの存在が不思議だったな。
X68kは憧れだったがコマンドベース機器と知って手に負えないと分かった。
FMタウンズがとても使いやすくて当時としては理想的な壊れにくいPCだったと思う。
98互換機も一時期所有してたけど、あれを使いこなせる人達って凄いよ…。 PC-98ってワープロとか表計算が主の使い方でゲームは従って感じだから
そりゃゲーム専用に作られた機械とくらべたら苦手な部分はあるよねって思ってたんだけどあってる?
光栄とかアートディングとかプリメとかやる分には圧倒的にPC98だけど
アクションとか格ゲはへぼかったな
まあ当時は格ゲならなんでも面白い病だったからヴァリアブルジオとかも盛り上がって対戦したけど PC98とか、そもそもゲームに必要な「音」ですらビープ音しか出なかったからなぁ
FM音源出すためにPC9801 86音源ボード別途買ったり
寡占もあったが徹底的にビジネス専用って感じだったな アミガは当時動画で飯食うなら必須だったな ウゴウゴルーガって番組がビデオトースターフル回転だった記憶が
基本、PCは「なんか作るべ」で買うものであります
国産PCって、確かにスプライトやBGスクロールを僅かな高級機とごく限られた廉価機以外で載せなかったから
ゲームはメモリと媒体の容量に任せた「一枚絵で押していく」ストラテジやADV、非客観型RPGへの依存度が高いのよね あとは8ドット単位で動かす
強力なのが作りたい人はアケやってるメーカーに職を求めるしかない
でも開発環境は基本同じPCとその装備品だけで済むんで、参入障壁が低いのが魅力だった
コンパイルですら「任天堂の純正サウンド環境は高くて手が出せなかった」というじぇみに氏の証言がある それぐらいCSのイニシャルコストは高い >>161
PC9801はFM音源内蔵だぞ
86ボードはPCM音源 昔のPCのゲーム能力が低いんじゃなくてゲーム機がPCとは違うCPU使ってたからゲーム機基準で作られたものはPCでパフォーマンスが出なかっただけ
今のゲーム機は劣化PC/スマホでしかない Windowsがゲームを動かすために作られてなかった
DirectXの前身のWinGとか分かる人いるんだろうか PS2とXBOXの頃にPS2で変態コード書かなくてもx86とDirectXで簡単に同等のもん作れるじゃんってなってPC>CSになった >>163
一部搭載してるのもあったみたいやな
自分の持ってたのはどれも音源非搭載で、21ボードか86ボード付けないとダメだった
PC-9821Nx/Na7 86互換FM音源搭載した98NOTE
https://www.starbrother.net/pc-9821nxna7-86fm98note.html シムシティなんかはPC版とSFC版じゃ処理能力が桁違いで完全に別物だしな
任天堂はイベントとか加えて劣化版を上手くアレンジした PC-98x1は元々ビジネスマシンで、ゲーム用途は下位のPC-8801mk2SR以降が担ってたのが88シリーズの終息によって98シリーズに統合された経緯があるからな。橋渡し役として88シリーズとの互換を持たせたPC-9801DO系列なんてのもあった。 ROM時代はROM自体にいろいろ載せてたからPCで動かすのは辛かったよ
CD化してからはPCで簡単にエミュレート出来るようになった PC-9801VX辺りでも戦争モノのシミュレーションゲームや囲碁将棋等の思考型テーブルゲームのCPU側の思考時間の短さがPCでゲームをやる最大のメリットだった
ただし性能価格比としての燃費はPCはアメ車並みに最悪だが ロムカートリッジどころかカセットテープ読み込んでゲームしてたからな 隣の家の兄ちゃんが
黒背景に緑の線の競馬のゲームやってたの思い出したけど
あれなんだったんだろう >>163
んにゃ、FM標準搭載は90年以降だよ それまでの機種だと5inchFDDモデルには搭載されてない 3.5inchの家庭向け小型筐体には載ってるんだが、載ってない奴もあるという恐ろしさ
86もFMボードだね 26と違ってPCMも使えるから皆買ってね!というSB16対抗の代物なんで、PCMボードという意識でも正しいんだけど
なお9万円 相手は14Kの市場価格9K そりゃAT互換機に勝てんわな
WinGはなぁ・・・ Win3.1用DXってところなんだが、インクレディブル・マシーン専用ライブラリとか馬鹿にされてたな(なお件のゲームはWinG要らない)
あまりに重く、カス過ぎたんでWin95発売以後もDOS環境下でのリリースが殆どだった DX3まではDiabloやソフトバンクのCS移植など2Dに限定されていた記憶がある >>9
厳密に言えばCSのほうが上だった事なんかない そもそも役割もやれる事も違うし、
640 x 400 なんて数のピクセルに日本語で表だの文書作るだの
当時のゲーム機には逆立ちしても不可能だしさ
比べたってしゃーない話なのよ。
当時のハチロクとハイエース、どっちが高性能なの?って聞いてるようなもん。 サターンの頃でNV1とVoodoo2とPowerVRでサターンからの移植競ってたからこの頃でもう一般人の手の届くPCはCS超えてたよ スプライトとハードウェアスクロールで言うならX68KでCSは負けたんじゃないの?
演算能力ならCSは元々負けてる 国産メーカーのPCがアクションゲーム向きじゃなかっただけで、海外のPCはそれほど劣っていないんじゃなかったんじゃないの?
海外ではPCでゲームをするのが主流だから、FF7インターナショナルはPC版で出すとか当時ニュースになっていたような… 当然当時出てたパソコンの方がファミコンよりも高性能ではあったのだが
所詮ゲームをやるように作られてないので、スプライト機能が貧弱だったり
スクロールもまともに出来なかったりそんな感じで当時のゲーセンのゲームをまともに移植できなかった
ファミコンは高性能だったと言うより、ゲームに必要ない機能をどんどんそぎ落としてゲームをする事に特化させたと言うのが大きかった
取捨選択の美学だな。何が必要で何が必要じゃないかって言うね。それは今の任天堂にも受け継がれてるね 洋ゲーってDirectXが当たり前になるまでは320x240設定があるゲーム結構あったぞ。
Quakeを高解像度でプレイするためにOpenGLボードが売れたそうだが数としては
一般的とはとても言えないレベルのはず。
確かにファミコンではあまり発売されていないフライトシミュレータとか
いろいろあったけどそっちはちょっと負荷がかかると一桁fpsが普通だったし。
むしろフライトシミュレータは初期のPC-9801向けで国産が結構出てるんだよなぁ。
どっちかっていうと性能よりBASICからステップアップした結果だと思う。 >>185
なんかやたらとDirect Xを持ち上げてるコがいるけど、初期のDXはDOSに劣る程度だったよ。IPベースの通信対戦には向いてたけど。
その時代の3DゲームはOpen GLとGlideのどちらかを選べたけど、圧倒的にGlideのが高速で綺麗だったから、Voodoo持ってればopen glは選択肢にものぼらなかった DirectXと言えばMonolithって連想してまう 98系でギャプラス出てた気がするんだけど
移植具合はどうだったのか気になる アーケードは100円入れさせてインカム稼ぐ為のゲームデザインしないといけないのもあってハード的にもアクション向けだったしね アーケード基板も二桁万円ぐらいだし、PCフルセット30万な時代で14,800円のファミコンは機能と価格で考えたらすごい頑張ってたよ。
後期に音源追加したりも有ったけど、なぜあれをDQやFFで採用しなかったのか謎だ。 >>191
業務基板が2ケタ万円超えたのは3D基板になってからだよ(大型筐体は別)
昔はもっと安い >>193
アーケード基板のゼビウスって幾らくらいだったの?
他には初代雷電とかも出来れば教えて欲しいな
大昔のじゃないけど怒首領蜂最大往生は18万位だった
GD-ROMだけどクレオパトラフォーチュン+は9万位 XP出るまでPCのグラボってショボかったな
PS2が遥か上だったわけだし >>195
voodoooとかrivaTNTとか頑張ってたよ
PS1のボケボケポリゴン時代にこれだったし
https://www.youtube.com/watch?v=7HW7-y5y9FE PS2初期でもPCの解像度はPS2の遥か上だったけどね ずっと前のVooDoo2 SLI(\12000x2)の時点で既に1024*768だから
1999年には高さ込みのバンプマッピング(Mobil1 Rally、Slave Zeroなど)、2000年にはテッセレーション(Serious Samなど)などのPS2でも代償が高すぎるか機能的に使えないものを使い始めてる
というかPCはあっという間に機能固定3Dを捨ててしまったので、PS2の天下って一年無かったんじゃねーか
2001年にはAquanoxでシェーダーぶん回してるし
なお、昔のバンプマッピングは今のGPUでは実装方式がおかしくて再現できん模様 テッセレーションはショットガンがメタボになるって有名だね メガデモもGPUの進化と共に凝った映像に進歩していったな。
最も有名な容量4KBのメガデモ https://youtu.be/jB0vBmiTr6o
最近のメガデモの参考 https://youtu.be/ZT_rlKRT4K8
メガデモの生成技術説明みたいなブログ http://cygx.mydns.jp/blog/?arti=553
ちなみにメガデモとは1MB、すなわちフロッピーディスク1枚に収まるデモプログラム技術を競うもの。
現在の動画サイトとかが発明される以前にフラッシュ動画とともに楽しまれていた。 >>193
記憶があいまいだから、もしかすると筐体込みとごっちゃになったかしら。
訂正ありがとう。 >>201
メガデモって日本じゃ流行っとらんやん。
世代とか関係なく接点は少ないと思うぞ。
まさかも何もあるかい。 流行らないから日本のゲーム開発は駄目になったとも言えるな
例えばメガデモチームが母体になってるFinal Realityは「この先VGAはどんな技術をインプリメントすべきか」の指標になったし、
SIGGRAPHのメガデモ講習会は先進レンダリング/圧縮技術の展示・討論会でもある
メガデモに関心がないってことは次に来る技術に関心がないってことだ そりゃ衰退するしグラ頑張っても濃すぎとかいうわな コンピュータゲームにおいては、パソコンが主流のため
技術革新に対応しやすく、その点ではかつて世界の
ビデオゲーム産業の盟主だった日本を追い越す結果となった
(セガの『バーチャレーシング』、『バーチャファイター』シリーズ、
PlayStationなどといった3DCGの採用は早かったものの、
専用に近いアーケードゲーム基板や家庭用ゲーム機など
数年間は性能が固定されるハードウェアに依存した技術だけが
蓄積されてしまったとも言われている)。 PCはPCの強みを生かしたゲームが、CSはCSの強みを生かしたゲームが多かっただけなのでは 日本はアーケードゲームが技術デモみたいなもんだったからな。
スペースハリアーとかスターブレードなんて
今で言う「グラすげー」ってやつだったから
リアルタイムで見ていた奴への衝撃はでかい。
バーチャ2まではそういう流れだったと思うな。
ただ最後が格ゲーだったのは不幸だったかもしれん。
ゲームジャンル的に最初から完成されてるし
人間が二人出るだけだから発展の余地が少ない。
今でもスマブラを格ゲーと呼ぶか論争があるのなんて
そのことがよく出てる。
FPSはとっくに多人数戦になってるし
テトリスまでバトロワに出来る世の中なのに。 初代PC-9801 1982年
8086 5MHz
128kbyte
640*400 8色
初代98時点ですでにゲーム機を性能ぶっちぎってるよな、CPU演算処理能力、大容量メモリ、高解像度
シミュレーションやADVやるならね
多色性能とぴこぴこサウンドとスプライト&スクロール機能使ったアクション系だけゲーム機に優位性あった >>9
PS2の頃なんてハード性能どころかゲーム自体もPCのほうが面白くなってた
あの頃にいまの洋ゲー隆盛のベースが出来上がったと言ってもいい
目ざといゲーマーは気づいてPCゲーやってたが
愚鈍はPS3でようやく洋ゲーすげーCoDすげーGTAすげーとか言い出した >>195
さすがにそれは無い
もしそう思うならリアルタイムレンダリングと
ムービーの違いがわからない状態だったって事 純粋な性能の優劣の話と値段も含めたコスパの話が混ざってるでしょ、ここの話 >>204
自分の無知を「流行ってなかった」とか主語を大きくするのを恥ずかしくないかw
Final RealityなんかPCショップで延々とループしてたし
グラフィックカード選ぶ指標にしたしな
今でもFFXVベンチとか動かしてるから変わらないか 日本だとメガデモとか実際にプログラミングする方向よりも、
遊びたいゲームが快適に動作するかとベンチマーク走らせる
方向に行っちゃったってのはあるな。
んで数値見て一喜一憂するだけ。 >>214
お前の言う流行ってるってFinal Realityからなのかよw
メガデモってもっと古くからあるだろが。
それこそ説明では必ずAmigaあたりが出てくるほどに。
そんなんに比べたら日本じゃデモの文化ないやん。
MSXとX68000でチラッと似たものはあったけどよ。
デモなんて言ったってデモ行進のことかと思われるかも。
Final Realityは確かに日本でもよく見かけたが、
それでも当時の日本でパソゲーやってたのは
どちらかと言えば少数だろうよ。
俺もよくクレバリーでバルクのビデオカードを買ってたが、
当時パソゲーがどのくらい売れたか正確な数は分からん。
だがソフマップやザコンやオーバートップで売ってただけで
大通りの正面で大々的に販売されてたわけじゃなかった。
やっぱり一般的には馴染みがあると言えないと思うがどうか。 50本くらいのソフトが入ってる謎のソフトカセットが露店で売られてた時期かな マジレスすると98が独占状態でぼった価格糞スペでもアホみたいに売れたからやなw >>216
>>195 のXP(2001年)が出る以前のPCのグラ性能の話に
>>201 でメガデモ知らんのか
の流れでFinal Reality(1997年)をひとつの例に挙げただけなのが
なんで「FRからしか知らない」になるのかわからん
FR以前でもNiftyとかで「海外にスゴイデモがあるぞ」「どうやってんのこれ」とか話してたからね PCがCSより性能が低かったなんてゲハ以外で聞いたことがない
PCを触った事もない豚がブヒブヒ言ってるだけだろ >>219
じゃあNifでもいいよ
でもNifの中の話じゃん。
パソ通やってた人間なら知ってたかもしれんよ、そりゃ。
だけどそれがどんだけいるか?って言われたら、
「まさかxx知らないの?」という返しが成立するほど
世の中には普及してないのでは?って思っただけだよ。
ここまで説明させんなよめんどくさい。 昔の国産PCはアクションやシューティングなどの
家庭用や業務用ゲームを動かすのに向いてない仕様だったんじゃないのか >>220
スプライト機能の有無とかで明確な違いがあった事は事実だな
それすら知らないなら黙ってたら? >>198
ありがとう。
新品が5、6万代は安いね。
今は値段上がりすぎて鼻血出る。 >>223
日本市場を寡占してたPC9801は、マルチメディア(死語)にクッソ弱かったしな >>222
このスレでは別に世の中に普及してたしてないの話はしてないよ
WinXP以前、いやDOS時代(日本では)からPCのグラ技術グラ性能を語るのにメガデモ知らないのはニワカモグリだろってだけ
8ビット時代から技術を披露するデモ作ってるチームはあったしそれをゲームに落とし込んでウリにしてる会社もあったけど
DOS/V機とパソ通ネットの普及で海外の情報や技術に触れる機会も増えて国内の開発者も刺激を受けたんだよ ナムコはPS参加を決めた直後にそういう勉強始めてるからね
ソースは4亀のインタビュー >>222
全部主語というか母集団が日本人とかなのかな?
パソ通やってた人間は少数派
パソコン雑誌読んでた人間は少数派
パソ屋の店頭で見た人間は少数派
全部日本人を母集団にすると成り立つけど、意味ないよね
これで多数派にリーチできてる状態って、連日大手新聞、テレビで報道されるか、大河ドラマか連続テレビ小説で取り上げられるぐらいじゃないと厳しいと思うんだけど >>197
それPS1時代の終盤も終盤でPS2発売直前にでたやつだぞw 上でパソ通とメガデモの話が出てるけど、アラフォー世代でも80-90年代に
PC所有してなかった人は、そこらへんの事情を知らないのも無理ないかと
東京あたりはどうか知らんけど、地方でブルカラー階層が多いとこ(工場など)
だと、20年ぐらい前まで「PC?家じゃ用がないだろ?」的な感覚の人が
多かったしな。(某大手工場の現業職) >>226
ちなみに9821の前身とも言える
PC-9801GSは約80万の価格で登場
1677万色など。一部じゃTOWNSや
X68Kを上回る部分もあったけど、
いかんせん80万は高すぎ NECのコーポレートスローガンはコンピュータアンドコミュニケーションで、現代にも通じる非常に先進的なものだったけど、NEC自体は凋落しちゃったね
プラットフォーマーとして国内市場を握って儲かり過ぎてたね。NXになっても相変わらず高かったし、コスト体質的に戦えなかったんだろうな
コンソール機の数年毎にプラットフォームを切り替える方式も、競争力を保ち続けるという意味では良い面もあるのかもしれないね メガデモもそうだが、フライトシムも3DCGの発展に貢献してると思う。
あれで、実際にデモではなくゲームとして動かせる3DCGの研究が進んだ
と思う。
後、日本はアーケードが技術デモの役割を果たしていた面があったけど
「参入障壁の高いアーケードじゃ結局 一部のメーカーしか技術やノウハウ
の蓄積ができなかった」と思う、
その点、PCされあれば、どこのメーカーでも参入できるメガデモやフライトシム
の方が業界全体の向上に貢献したと言える。 >>231
PS2は二年後だな 直前ではない 1998前半がPS終盤なら、サターン並に短命だw バーチャファイターが凄い!!と言っても、それと同等の物を作れるのは
ごく一部の大手のみ
一方 メガデモやフライトシムはPCさえあれば、個人や中小がそこに
参入できた、
この差は大きいと思う。 >>232
PC持っててもパソ通やインターネット初期はテレホーダイが始まるまで敷居が高かった
油断して使いすぎたら電話代がすごいことになったから PSとPCのグラフィック性能って
PS1で一旦追いつかれてPS2で引き離したがまた追いつかれて
PS3で張り切って再度引き離そうとしたが結果があれでPS4はもう最初から諦めてた
って感じじゃないか? >>239
PCの性能が上がったからCSの性能も上がったんやで PS1 PS2 PS3のCPUって早い話がベースになるR3000や5000 PowerPCに
ポリゴンのジオメトリーや動画処理系の機能を付けただけだもんな。
元になってるCPU性能じゃ、実際のスパコンや大型サーバで採用されてる
XEON系やAMD64 IBM-POWER SPARC64 この辺りと比べたら。貧相な
性能しかなかった。 DX4ぐらいの頃にはDOSのVGAで戦場の狼あたりの世代のゲームがエミュレーションで動いてたな
スプライトなんて無いから当然フルCGで、音源もPCMだから実機のサウンドチップが鳴らす波形をシミュレートして再現してて
頭おかしいって思った https://www.youtube.com/watch?v=wg6htyoZ-Qg
90年代あたりのDOSのPC洋ゲー
普通にスーファミクラスのゲームがあったことがわかる。 >>15
スプライト機能がPcに無いから、買ったとは言えないなあ >>103
すげーw
アンドアジェネシスがきちんと浮遊してるぜ 90年頃から486CPUのCPUパワーでなんとかする、PentiumのCPUパワーでなんとかする時代に突入
CPU性能が急激に上がってその性能に依存した3Dゲーム全盛になっていったもんな
DOOMの登場によるFPSブームやフライトシミュレーター系のアクションみたいな CPUの暴力は凄まじかったからなぁ
ScreamerやMech Warrior2には唖然としたっけ ルナドンとタワーとか、あの頃はゲームが夢に溢れてた時代やな
この先どんな新機軸のゲームが出てくるのかと PS2が出はじめのころに、近所のネカフェがPS2導入したから、そこで
エヴァーグレイスとかいうフロムのゲームをやったけど
テクスチャーが汚くジャギジャギだけど、マップ内のオブジェクトなどが
結構多くて、何気にポリゴン数だけは当時のPCと比較して多いのが分かった。
PCは当時、Pentium3+VooDoo3の構成だったけど、当時のUnrealはテクスチャーや
エフェクト、解像度はPS2のゲームより上だったけど、マップ内の建物やモンスターの
造形を見る限りじゃ、ポリゴン数自体は意外と少ない感じだったな。
上にもあるUnrealのデモも建物が直線基調なのも、ポリゴン数を減らすためだろうしで 一般社会層に普及して数が出るようになってから加速度的に性能も値段も良くなってった 昔は新しいハード出るたびにグラの進化に驚いたけど今はグラで感動とか無くなったな 2005年だかのあたりで結構PCが日本でも浸透してたのに、和サードの多くは
CSに固執、そのせいで、MMOを中韓系に取られたんだよな。
確か、当時の業界だと「PC?ww]的な見方だったけど、MMOを中韓系にやられて
ショックを受けたとか。 昔の8/16bit時代のPCは家庭でまったく普及していない為
家庭向けホビー用途という考えはまだまだ浸透してなくて
それらのゲーム機能を搭載したPCは思いっきり下に見られていたよ
当時はユーザーの間でもPCをゲーム専用に使うのはあまり褒められた行為じゃなかった
PC使うなら仕事かプログラミングだろうという考えがまだ強かった時期なので
それらをまったく使いこなさないで高額ゲーム機として使う行為はかなり馬鹿にされてた
もっぱらビジネス目的で買うのが大多数なので、文字に円グラフや棒グラフが分かれば良い
色はモノクロか8色もあれば十分、音もbeep音があれば問題ナシ、というのも当時として考えれば仕方ないことだった
だから80年代国内の本格PCにはスプライトBG非搭載は至極当たり前で(X68除く)
スプライトBG使わず全てグラフィック面に力押しでゴリゴリ描画してたから
キャラや画面の移動は8ドット毎で画面全体の書き換えは秒間30で精一杯だった(PC-88/98)
当然、スプライト使えればキャラや画面は1ドット単位で重ね合わせも自由、画面全体の書き換えは秒間60枚なのは言うまでもない
1万程度で買えたFCでさえもスプライト搭載しているおかげでそれらは余裕で再現可能
逆にCPU速度やグラの解像度、メインメモリ量等はPCが上だったので
画面の動きが激しくないSLGやAVGやRPGはゲーム機よりも高品質だった アフィカスにネタやりたくないから実情を書きたくなっても書かないぜ? 上で出てたFinal Reality は女子高生でも知ってたよね
激おこスティックファイナリアリティプンプンドリーム とかあったし >>257
てきとーに大嘘妄想を書けば誰かが本当のことを書いてくれる論法
はもう飽きた
少しは調べてから書いてくれ >>261
全て本当のことだけど
間違ってる部分があるなら指摘してくれ 初代PSやSSが発売されてから数年は、CS>PCだった
Windows3.1は当時のマシンスペックではゲームを動かすOSとしては重過ぎて、ゲームの大半はMS-DOS上で動かしていた
しかし、MS-DOSには640キロバイトの壁があった
Win95が登場してからも、3D機能をハードで搭載している初代PSのほうがゲーム用途では優位な状態が続いた
MMXテクノロジがペンティアムに搭載され、グラフィックアクセラレーターによってグラフィック機能の大幅アップが可能になってから、PC>CSになるわけで
この「初代PSが発売されてからの数年間」だけはCS中心で開発してた日本のゲームメーカーが世界に対して優位に立っていた時代なんだよな
この時に世界市場でヒットさせることができたIPが、現在でも世界で通じる日本発のIPとして残ってる
FF、MGS,バイオとかね 486DX2-66MHzで動くスト2よりも
SFCのスト2の方が遥かに出来が良かったからなぁ
作ったところに問題があるのかもしれんが
秋葉で店頭デモをみたときはその出来の悪さに驚いたわ
2DゲームのACT/STGでWindows PCがCS機超えたのはPentium-133MHz以降から
PS1を超えたのはVoodoo以降からだな
少なくとも386/486のPC-98ではバーニングドラゴンが精一杯
あれキャラの動きはドット単位で滑らかだったけど
背景スカスカな上386-16MHzでは処理落ちするシーン多かった >>263
その天下って94年末から95年までじゃないか
96年にはVooDoo発売&各ソフトがGlide対応パッチを出して逆転しとる >>261
P60系とかMSXなんかのホビー系市場に言及してないだけで
当時のPC市場全体の認識としてはわりと合ってるぞ。>>257
少なくとも大きなツッコミどころは感じないが いちいちホビー要素を下には見てなかったわな 元々マイコンが手作りホビーから始まってるし
プログラムリスト系のカルチャーとも衝突するから上下なんて考えないよ 機能があるなら使うし無いなら件のレスよろしく8ドットで代用するだけ
みんな平安京エイリアンやエイリアンフィールドのリスト見ながら優先衝突回避とかの勉強してたんだから、ホビー機能付いたら財布と相談して酸っぱい葡萄かIYHの二択だw
第一PCのホビー面否定ってFFもDQも存在できないだろそんな世界線
とは言え俺も>>257みたいなのを聞いたことがあるんだよな もう20年以上前に死にそうなやべーSEが唱ってた
どんなPC使ってました?と振ったら68Kだったがな でMSXとかTownsみたいなオモチャ〜という文脈よ
そんなもんだよ 選民思想なんだからろくな奴の発想じゃない 昔はPCとゲーム機って、爬虫類と両生類ぐらい構造が違ったから、一概にどっちのゲーム能力が上とは言えない。
今は猿とチンパンジーくらいの違いしかない。 竹内氏「先ほどのLarrabeeの件もそうですが、
ゲームプラットフォームの(技術面での)最先端は、
今やPCなんですね。技術面で世界のトップクラスに
居続けるためにはここは無視できないんです。
PCプラットフォームの研究、PC版提供については
「MTFW2.0」においても戦略面で変えるつもりは
ありません。ただ、今(2009年5月)の状況は微妙な
タイミングといえます。というのもWindows 7、
DirectX 11登場前なわけで、今年、何かを出そうと
するとこれらへの対応も無視できないんです。
その意味で我々から具体的なPCプラットフォーム向け
のアナウンスを出しづらいというのはあります(笑)」 >>267
ネットの影響が無かった分、
同じ時代を生きててもそれぞれパソコン業界を見る視点が違うしね。
i/OやOH!!系、月刊アスキーや月刊マイコンの読者層と
ベーマガ、ポプコム、コンプティークあたりの読者層じゃ、
もうぜんぜん見てる景色が違う。 視点の差は大いにあるな 例えば松やLotus 1-2-3を使うためだけに嫌々98触ってた人って、心理状態が「暴力的なヒモと別れられない場末のソープ嬢」だったから
PCを楽しむという感覚が理解も許容もできないんで、俺の使うソフトが動かなけりゃ全部ゴミ 動いても追加で大金出すんだから全部ゴミってリアクション
そういう集団と接していると、テキスト用VRAMと漢字ROM以外全部馬鹿にする対象では有ったね
もっともあーいうスタイルの人達って電波や工学社、ソフバンの本とか読まなかったんじゃないかな 情報は購買担当が知ってりゃ良いことで、自分は割れビジネスソフトのFDがいつ回ってくるかだけ判ればいいという
今の電波回顧本やマインドウェアの物理パケとか買うと解るけど、基本技術はゲームリストで学ぶ時代だったし腕試しも投稿ゲームよw
今ラズパイやイチゴジャムやってる子どもたちが最初に凸るのはインベーダーや落ちものパズルのリストってのと同じ構図だ windows時代の始まる直前の頃って、PCの選択肢がホビーユースとそれ以外で全然違うんだよね
ホビーユースは、PC98かFM-TOWNSかX68kの問題
ホビーユースを外した世界(オフィスユースとか)はPC98かDOS/VかMacの問題 ただ、
カタログスペックだけ見て98がボッタクリだって意見は今でも賛成しかねる
もともと当時のIBM/PCのパワーで日本語環境構築なんて不可能なんだから
ソフトの互換維持やテキスト用VRAMや漢字ROMなどの独自アーキテクト、
MSとの協業によるBASICやOS環境の整備、
あと道具としての頑健さや人間工学研究とか、
当時のNECが強引に統一環境を普及させなけりゃ、日本のオフィスのIT環境整備は3年から5年遅れてたよ。
それは、一度ファミコンっていう統一環境が圧倒的に普及しなければ
日本のCSゲーム機市場の進歩が遅れてたのと同じ。
あの頃NECだけが
PCはスペックの数字よりアプリケーションの充実っていう本質を見抜いてた。
その貢献は評価されるべきだし、その貢献に見合う利益を得てたと思う。 98NXが互換切っても高かったのは、NECが儲かり過ぎてて、固定費高かったんだろうなと思う つ シリコングラフィックス・サンマイクロシステムズ、ヒューレットパッカード
IBM,DEC-ALPHA
エントリーで100万越えのワークステーション
RISC搭載タイプは486の数倍の速度だったらしいけど、、
インテルからPentiumが出てくると微妙な状態に。
さらに年月が経ち、PentiumPROが出るとDEC-ALPHA以外のRISCは
性能(コストパフォーマンスで対抗できなくなり、組み込み分野に
シフトしていった。
そして、そのDECもコンパックに買収された。 X68kの頃ってX68だけがズバ抜けてアーケードに近い様な性能出しててゲーム向けPCとしては基本的にMSXが主流でファミコン、スーファミの性能なんてアーケードと比べたらカスみたいなイメージ
その後PS1らへんからPS2位までの間はCS優勢なイメージ ズバ抜けてると言ってもテレビ並みに解像度落としてたし
所詮10MHzのパソコンだな(シャープ流に言えばワークステーションか)って感じではあった PS1が出たばっかりの94-95だけはCS優位だったんじゃないかと思う PS1ってCPUだけ見たら、486程度の性能があるかどうかだけど、
ポリゴン用のGPU搭載してたのが、かなり影響あったな
これにPCが対抗するには Pentium100MhzにVooDooが必要だった。 その代りPen100+VooDooでPSは歯牙にもかからなくなったけどな 本当にPCは上がる時は暴力的に上がる
Motorheadとか解りやすいよ
https://www.youtube.com/watch?v=G8dQg5rCTrE PC和ゲーというか、PC-98ゲーがダメなとこは、90年代になっても
動作環境がVM以降286マシン、MEM640KB 4096/16色という
状況を引きずっていたことだな。
海外がPentium/486でVGAの256色を動作環境にしていたのに比べると
見劣りしてたのがわかる。 >>282
これ何気にDICEなんだよな
今でもBGMスマホに入れてるわ アーケードはほんと段違いだった
ゲーセンの初代バーチャロンとか感動したわ かつてのPC和ゲーの雄。風雅システムのサイトを今見たけど
95年のアマランス4でも286マシンが動作環境だもんなあ
ちなみにこの時代、海外ではミストやアローン・イン・ザ・ダーク
ダンマス2スカルキープにフライトシムのF-15やUSAFが出てる。
どれも486以上が奨励のゲームばかり Townsと9821ですら天と地だったからなぁ Might&Magic4/5とか同等クロックでも露骨に9821のが重いんだよ
ママン周りがもっと先進的なIBM系はTownsの更に上を行く訳でね
なお音楽関係はスタークラフト社の音屋さんの圧勝な模様 海外版XEENのMidiサウンズは「今すぐFMに戻せ!」と喚きたくなる素薔薇しさだよ >>287
スタークラフト製は曲自体にも手が入ってるんだよな
妙にSSGに気合入っててDarksideの鍛冶屋とかめっちゃ好きだわ 98はAT互換機が486ばっかになっても386積んだやつを現行機として売ってたしな うわーダークサイドの鍛冶屋!すげーやりたくなってきた
88VA・・・R-Type・・・案外出来は良い・・・でも音楽が・・・テレネット・・・ドンドコドコドコ・・・
うっ!頭が・・・!頭が痛い! >>287
設計的には9821の方が新しいのにか。
何やってんたんだな?当時のNECは 多分だけど9821は9801のマイナーバージョンアップだからなんでは?
基本的に古い設計を引き摺ってる気がする さんざん積み上がった既存のソフト資産が動かなくなったらそれこそアカンからね ソフト資産の互換を維持しながらハードもスペックアップしていった
PC-AT互換があったから、98のソフト資産維持のためにーーってのは
言い訳にならんよ AT互換機っつっても
今の子にはさっぱり分からんだろうな
この業界、結局一番の勝ち組って
MSでもGoogleでもAppleでもなくIBMだよなあw 今でも「DOS/V機」って言ってるオッサンはいるぞ >今でも「DOS/V機」って言ってるオッサン
ノシ 先々までを見越したインテルの設計が良かったとかなんとか PCゲームの印象といえば
描画が遅いって先入観を持っていたのを
破壊してくれたゲームがQUAKEだった
PCショップのデモを見かけて、こりゃすげえって衝動買いしてしまった >>279
当時のアーケードゲームの標準的解像度はあったぞ。
それに68000CPUの10Mhzは当時のMACの普及機の8Mhzより速いから、MACを文字通りエミュできた。 >>283
VGAでPC98は負けるがそれ以前は98の方が恐ろしいことに解像度があったんだこれが。 CGAが超ショボかったのは覚えている
古い時代に限ればAT互換機なんてロクなもんじゃないと思うが
日本だとAXパソコンぐらいしか見かけなかったし
俺もあんまり触ったことがないから実感としては薄いな。 >>241
PSやN64がSGIのワークステーション真似した時点で先は見えていたよね
RISC CPU
大容量ストレージ
32Bit/64BitのUnix搭載で
グラフィック処理はレンダリングエンジンとジオメトリエンジンによるアクセラレーション
その利点はPCのCPUバスとI/O高速化とCPURISC化とGeForce256のジオメトリエンジン搭載でPCがワークステーションのようになり完全に追いつかれた
んでPCの1形態のワークステーションに成り下がった >>253
当時のPCのネックはジオメトリ処理をCPUにやらせていた事だからね
まだSSEすら普及していなくてX87FPUを使ってたりしていた
ジオメトリエンジン積んでいない3DOやセガサターンもポリゴン数が出せなかったしな >>307
サターンのポリゴン数はPSと同等だけどね…当時としては十分でね? ジオメトリ方面も3D Now!やSSEの登場でCPUにやらせても十二分に速い(2000年初頭に日本でもそういう論文が出てるから気になる人はググるといい)ってなって、
それが3dfxの没落に繋がるのよね PS1の事実上平面化専業なジオメトリエンジンとnVやPS2の何でも屋ジオメトリじゃ話が違うんだけどその辺解ってなかった
まぁOpenGL用ジオメトリエンジンを載せたPermediaシリーズの爆死を見てりゃそう勘違いするのも解るけど
ドリキャスでIncomingを動かしたりPVR版チャロンでボムを投げたことがある人なら知ってるだろうけど、CSに採用されて二番手に来るか!?と目されてたPowerVRがアルファブレンディング超苦手だったり欠点多かったんで
まー3dfxさん工場買ったり調子乗ってたわけです ピリッとしないVSA100も難産で でnVの32bit化やHT&Lに今でも十分だろAAの方が効く!とか抜かしてブタさん丸焼け
PS2は知っての通りかなり先進技術を盛り込んでた(並行して使うと酷いことになるけどね ヘイトバンプマッピングはHitman2ぐらいでしか使ってないし)んで、3dfxが天下取ってたら長い冬になった可能性も
そのPS2も生まれたその年にプログラマブルシェーダの策定と翌年の採用タイトル登場でいきなり過去にされちゃったり、3D方面は生き馬の目を抜く勢いで本当に無慈悲 ナニワの帝王でっせ >>297
あれ、PC98、X68k、FM-TOWNSと同時代の頃に「なんと呼ぶべきか」が議論になってたことあったなあ
DOS/V機−DOS/Vというのは日本語OSの名前。PC98、X68k、FM-TOWNSのようなハード名ではないし、そもそも洋ゲーはDOS/V上でなければ動かないというわけではない
AT互換機、PC-AT機−ATバスはすでに使われてないのに、ATをつけて呼ぶのはおかしい
IBM PC−すでにIBMがPCから撤退して作ってないのに(日本では日本IBMが出していたが、これは日本IBMの独自PC)IBMというのはおかしい
どの呼び方でもぴったりこないという ケースがAT仕様だからAT互換機で!に おおっ!とか頷いた知的水準男塾互換な我々秋葉原民
DOS/Vはマハーポーシャが路上連呼してたんでちょっとおませな子は他の名称使いたがってたしね
でもDOS/VかIBM PCの人が結局多かったんじゃないかな
BTX登場時にAT互換機って呼べなくなるじゃないか!と古いネタを披露してくれたT-Zoneの店員さん、元気にしてるかなぁ >>19
98-99の頃はPCのゲーム性能はもう高かっただろ
エルザのグラボとか憧れてたわ
ただ市販のメーカーPCはクソだっただけ
自作は相性問題含めて、いまの10倍は素人とお断り
まぁあのあたりから素人でもBTOで入れるようにはなってたがな
店員と相談して、やりたいことを明確にして予算を基に組んでいくのが流行った時代
今はもうそんなのすら不要
PCゲームとCSゲームとアーケードはそもそも違う方向性だったんだ
ホビーパソコンでもアーケードの移植は酷い物だった時代から、ファミコンを経て、ゲーセン潰しのプレステサターンに入り、DC、PS2あたりで更に加速+PCの普及、ネット普及に伴い、PCに求められる物が増大した ネット普及→スマホタブレット登場の
1996年あたりからの10年ちょっとの間、
パソコンに与えられる責務が増大した感じはあったね。
本来クリエイト側の道具のPCが、
一般用のコンテンツ再生機の役割もこなさなきゃいけなくなったし、
急速にデジタル化した音楽や動画の管理や
コミニュケーションや情報のツールとして存在感が増してった時期
もちろん2chなんかも含めてね。
今は民生コンテンツ再生機としてのスマホやタブレットがあるから、
1995年以前の本来のPCの役割である生産性のツールに回帰していってる。 相性問題はTritonでCPUとバス、その他IOのモジュラー化が飛躍的に進んでからはほとんど考慮不要になったよ
タイミングとか気にしなきゃいけなかったのはもっと前の世代 8ビットの頃は雑誌にパソコンの回路図が載ったりしてたな
公式なものか解析したのかは忘れたけど凄い時代だったなって思う >>264
今、ぐぐってPC版スト2のプレイ動画見たけど
動きがぎこちない感じだな
もしかして、当時のハイエンド、486DX2/66
を用いても、動きの滑らかさじゃスーファミに
勝てなかったとか?
それでもPC-9801じゃそのスト2移植すら
なかったからね。 PCはCGで描いてたからそりゃ重いだろう
なんて言っても昔のCGの遅さを知らない人にはピンと来ないんだろうな >>318
スーファミCPU 3Mhz 16bitMOS6502系
PC 486DX2/50-66MHz
単純なCPU性能なら10倍以上
やっぱハードウェアスプライト機能が
それだけ凄かったんだな。 ゲーム専用に作ってる機械と他にも使う汎用機との差だよ
現在のPCでもスペックだけで語るバカがいるけど
PCはマルチタスクのOSを動かした上でゲーム動かしてるからな 今だとゲーム機でも仕組み自体はたいして変わらんのじゃないの
まあ動いてるプロセスやサービスの量や質は違うだろうな >>321
その動画の486DX2マシンってメモリー32MB
だけど、当時(1993-1995あたり)でそれだけの
メモリー搭載したPCってあったか? >>324
16MBありゃ大容量だったと思う
ただDOSだしメモリ容量は一定以上ありゃ関係ないで >>9
そもそもCSがPCより上だった時期なんて無いから
ゲーム機って子供が買うおもちゃだぞ?だから安いし、安いパーツしか使えない DX2頃だと8MBが基本かな
俺のDX4機も8MBだったけどその頃には32MBが2、3万まで下がってたから128MBまで増設した記憶 スト2時代にゲーセン入りびたりで、今日に至るまで全くPCゲーを
やったことない、元格闘ゲーマーみたいなおっさんが
「今のPCゲー」を見たらカルチャーショック受けるだろうな。
多分、そういう人ってPCに関する知識が20年前で止まってるだろうから
「え?!これPCゲー??!]って感じになりそう。 Towns末期に矢野健太郎が白Townsを32MBにしたってOh!うんずに書いてたなw PC一台買える金額だったと記憶してる ムチャシヤガッテ
俺のMXもDOS/V用のやっすい8MB(通るんだわw)突っ込んで12MBで洋ゲーもサムスピもサクサクだったし 国産PC勢でも結構盛ってた人多いんじゃねーか >>329
そんな天然記念物級に滅多にいそうにない人間を想定することに何の意味があるんだ。
仮にゲームを離れたとしてもcmとかで最近のゲーム画面ぐらいは知ってるで。
実際にまじまじと見つめた実感を伴うものではないとしてもだ。 20年のコールドスリープから目覚めたばかりのどこにでもいるゲーマー >>331
PCゲーのCMなんてやってるの?
スマホゲーはやたらCMしてるのは
知ってるけど、youtubeの動画にしたって
[pcで高品質なゲームがある」っていう知識が
なきゃ見ないだろうしで
なおかつ 俺のとこは職場が大手の工場だから
俗に言うB層なおっさんがたくさんいるとこ
そんな彼らに今のPCゲーの知識があるとは
とても思えない >>333
PCゲーのCMはやってないが、PS4やSwitchのCMならあるだろ。
で、それらと比べて、何の予備知識もない人が
こんなにPCってスゲーんだ!って思うかなあ。
せいぜい、これCMで見たやつだ、ぐらいじゃねえの?
もちろんプレイはしてないわけだから何が違うかは分かってない。
だから「実感を伴うものではない」と書いた。
少なくとも「PCは凄いんだ!」とはならねーわ、絶対。
ソースはあやふやでスマンが俺の周囲の人間たち。 MMO最盛期にメイプルストーリーやマビノギのCMに釣られた小学生はすげーすげー言ってたみたいだけどね
大人数オンラインで遊べること自体PCの特権だったから
あの頃の漫画喫茶は小学生が買っていくデイリーチケットが主力だし、俺たちが考えてる以上に規模は大きかったんだろう
んでそいつらが老けて、現在じゃ異世界MMO無想転生クソラノベに癒やしを求めてると そもそも2000年ぐらいまではほぼアーケードが性能王者だぞ モデル3の出た96年までじゃねーかな
あの時期にAA実装してるんだから凄かった 解像度800・600ぐらいに見えたし
ただテクスチャ圧縮や法線系への取り組みがPCと違って遅れに遅れたし、解像度も延々VGA縛りでしょ Win7辺りからOSが劇的に軽くなってPCの実効性能が飛躍的に伸びたよな >>334
まあスイッチはそこそこ性能上がって見映えするようになったけど
他のゲームのCMってほぼ深夜帯にしかやってないから
フォトリアルなゲームがどのくらいの絵作りで動いてるか知らない一般人多いんじゃね
あとそういうのもCMだとなんか不思議と綺麗に見えないんだよな 90年代前半かメモリ高かったなぁ
8Mで5万とかしたような >>334
化石ゲーマーを甘く見るなよ
「コンシューマーとPCは全然違う」という数十年前の価値観を未だに持ってるから
どれだけPS4やスイッチのCMを見ようが一切関係ない
俺の周りにもここまでひどいのはいないがPCはエロゲーばかりだと思っている奴がたくさんいるしな このスレにもいるじゃん
自分がガキだったかエロゲばかりしてたからか知らんけど
Windows以前のPCゲーは〜とか
ファミコンは圧倒的〜とか
したり顔で自分の無知晒してる >>309
Intelの915G~G33
とかはDX9なのにhardwereVertexShaderを
積んでないせいでマジで泣かされたわ
しかもDX9純正の実装がクソでシングルスレッドでCPUパワー食うから
必死にプログラム書き直してマルチスレッドにしないと予想以上にパフォーマンスが出ないというね
あとG965は統合シェーダーの規模がショボすぎてソフトウェアで頂点処理させたほうが早いとか
クソだった
Core2世代の128BitSIMDとDualCoreが無ければ諦めていたレベル >>285
ポリゴンCGが急速に発達した頃のゲーセンって、モーターショー会場みたいな雰囲気があったわ。 >>343
かわいそうに・・・
インテルはiGPUの重要性を長い間認識しなかった(MSすらPCゲームは死んだと言い始めてようやくアライアンスですよ)し、
MSはDX9以降360にかまけて怠けに怠けたからなぁ・・・ >>336
セガのMODEL2とか化け物だったな
1993年だぜアレ >>346
そのモデル2の次のモデル3は当時の最先端性能で物凄く高価だったのに、その2年後に出た家庭用ゲーム機の互換基板のNAOMIでモデル3基板のゲームできちゃうんだからなあ
バーチャロンのオラタンは、最初はモデル3基板だったけど、後にNAOMI基板になるわけで
あのあたりまでは、半導体のドッグイヤーが凄かったわけだな ナオミは実行スペックはモデル3基板以下だけどね
ポリゴン数ならモデル3の方が負荷かけても出せるし >>348
モデル3はテクスチャーとエフェクトで負荷
かけた状態で100万ポリゴン出せんだっけ?
これに対抗できるのって、SGIのインフィニティリアリティー
のサーバぐらいか? PVR2がな・・・ Naomi2でElanがブチ込まれるまで、ジオメトリはSH4で賄ってたでしょ >>348
NAOMIはHIKARUよりかはスペック低いがモデル3よりは上だぞ ナオミ2って結局どれくらいのスペックだったのかな
ゲームキューブくらいか
アウトラン2は確か箱互換の基板だったな
それよりは下かな youtubeでIBM-PC版と思われるストIIの動画があるけど
画質はともかく、カクカクだった。
スーパーストII TURBOの動画もあってこちらはヌルヌル動いてて
スーパーコンボの残像も再現されててBGMはCD-DAだと思われるので
音質に問題ないし必殺技のボイスの音質もいいけど当時としても
それなりに高速なパソコンでないとガクガクした動きにしかならない
とかそういうことはあったんでしょうか? >>352
キューブはメモリーやVRAMの帯域で
2GB/秒超す部分があるけどNAOMMI2の
帯域ってそこまである?
CPUやGPUが同程度でも、帯域で負けてたら
ダメだな youtubeとかじゃ投稿者の動画のエンコ具合でカクつきがでたりもするからなぁ
そこんところ大丈夫? US Goldのムチャシヤガッテ案件だな
そもそもTownsやX68Kと違ってIBM-PCにはスプライト無いからね 力技で書き換えてる ファミコンは最初から300万台以上売る前提での価格設定だから
それに味を占めてSFCはボッタクリになったが
64は早い段階で16,000円に下げたんだってな USGoldかよ、そりゃダメだわ
DOSでもモータルコンバットなんかはちゃんと動いてるんだよなぁ 確かにyoutubeだと60fps動画でも30fpsになってしまったり
ゲームをキャプチャするPCのスペックによってはカクツキがあったりする可能性は
あるけどスプライト機能がないIBM-PCならスペックによったらカクカクするって
いう可能性はあるなと思いました。スーパーストII TURBOの動画は滑らかで
しかもスーパーコンボの残像まであったので出来は良さそうでしたが
リリース当時の時代のCPUがどの世代なのかは分かりませんが
発売当時の最新スペックでも現実にはほど遠いという可能性があるのかと邪推
します。バーチャファイター2のPC版とかDirect3Dパッチが無い時代は
PentiumII400Mhzとかでも画質設定最高にしたら話にならないフレーム
レートしか出なかった。 ま、スト2 for PCに関してはX68kやFMタウンズ版などでいいじゃんw X68kやタウンズ版があったからいいとは思うんですけどね。
X68kやタウンズはスーパーストIIだったからスーパーコンボが無かったんですよね。
それが残念。あとX68kはステージが多重スクロールあったけど
タウンズ版は削除されてたし、3DO版も多重スクロールは削除されてたね。
3DOはスーパーコンボは再現されていたけど多重スクロール無いのは
意外でした。 Towns版の多重スクロールは高速モードでオンになったと思うんだが、どーだったかな
実家に置いてきちまったから検証できん Pentium100mhzあたりだと。普通にスーファミ並みのスプライト処理が
ソフトウェアで再現できるんだっけ?
PC自体は90年代入ってから、マルチメディアでスペックアップしていったから
いずれゲームもなんなくこなすように、なるのも時間の問題だった ApogeeのRaptorが当時の動作環境386DX/40mhz or 486だから、Pentiumは要らないかもな
ただ、SFCの半透明やMDのシャドウモードはどーにも無理だね DirectDrawでもサポートされてないし
Sidelineって横シューが一応半透明でシールド表現やってるけど、多用してないところを見ると計算の力技っぽいし モーコンはそこまでアニメの枚数多くないしスト2よりは楽だろう いまじゃ全部MAMEで動くしな
しかも公式でもUIついてるし
ディスクの入れ替え方がわからんという >>366
Sideline初めて知ったわ
半透明に拡大縮小ってCS意識しまくりだな
そして爆破音がSUPER R-TYPEで噴いた なんでMAMEで動くやんアミガくらいからほとんど動くそれだけのことやん ポーランドで3000本(一説には1500本)しか売れず、オリジナルのDOS版は何年発売なのかも諸説あるという謎のゲーム
10年以上経ってブラジルの愛好家が発掘するまでは、Mobygamesにも載ってなかった逸品だからねぇ
俺も欲しいんだがebayにも全然出ないのだぜ >>371
エミュってよく知らんのだが、アーケードゲームを動かす奴だろなんでPCゲーなんだよ
他のエミュじゃないのか?
9801の骨塵とか動くの? MAMEの歴史があって全部とりこんで今に至る
アンオフィシャルだったUIもいまDOSベースでついてて簡単になった
もはや墓場まで持っていけるボリューム 373はmameのことな
今調べたら汎用エミュレータなんだな
どっちにしろオリジナル持ってないなら犯罪だな
俺はアーケード基板400枚以上持ってるマニアだからmameでタダゲーヒャッハーは大嫌いだわ MAMEにしろPCエミュにしろオリジナルは持っとくべきだな
タダゲーヒャッハーは片付けられない理論にはまってゲームと向き合えなくなる
持ってるゲームだと不思議と真面目にやる 人間のモチベって所有欲も無視できんのだろうな
PCだと加えてマニュアルプロテクトが絡んだりする(例えばライトニングバッカスは編成画面から抜けるのに独特な打鍵が要る)んで、
結局イメージ拾っても容量と時間の無駄に終わるケースも多い それでそのディスクの入れ替え方が分からなくてスナッチャーとかが遊べないて嘆いてる
ブログに解説してくれ暗に云ってるという
アドベンチャーは日本語キーボードいるわな
ひらがな打てなくて詰んだり PCゲームって言えば昔よくやってたwin95のビストロっていうゲームを買ってやりたいんだけど
今のwin10PCにディスク突っ込んでも動くのかちょっと心配 ちょっと調べたが、流石にインストーラーがごねるようだ
VMでWin9xかXP(この場合Win98互換指定で動くとの事)を入れるか、一か八かInstallShieldを使うかだね
https://reactos.org/forum/viewtopic.php?t=10988 わざわざありがとう、やっぱり何かしないとダメなのか…
実は同じくらいの時期に買ったJBハロルドもダメだったんだよね
HOMEエディションだからダウングレードもできないし諦めるか Windows VistaからパソコンOSもGPUを使うようになって、どんな事務用パソコンでもオンボードのGPUくらいは載せるようになった。
そこからパソコンでも動きのあるゲームが広くて遊ばれるようになった気がする。 >>380
9x頃のだとVMが一番いいと思う
3Dアクセラレータ無しなら大体動く
とは言え面倒なのは事実 >>85
Glideの囲い込みで3dfxがnVを買って
革ジャン以上の独自規格地獄 >>380
安い古いベアボーンにxp入れて
ゲーム機として残してあるわ
余ってる容量の小さいssd載せてるし
挙動はサクサクしててええよ 基本はvmでええんだけど、
やりたいやつは認証あるから実機じゃないと動かないんだよね レトロPCゲーム(ディスク)に限って言えばXPが最強だった気がするわ
vista辺りからおかしくなってどんどん普通に動かなくなっていった フォントの格納位置とかMSが後先考えずに弄り回したからね
16bitインストーラー問題はゲームを作ってた人達の怠慢だけど 98のソードダンサーや人形使いのプレイ動画見ると、思ってるより悪くないんだな
「どうせ、98だから格ゲーなんてろくなもんないだろww」的に思ってたから
ちょっと驚き
もしかしたら、98も頑張ればスト2移植できた? PS/SS時代とか3D化の過渡期はグラボの普及率が低くて
遅れを獲ってたけど、それ以外の時代は遅れは取ってた時代はないんじゃね 98メインだった、日本じゃグラボ普及してなかったけど
海外じゃ。ET4000みたいなDOSの描画が速い、グラボが売れてた
んでは? >>389
そもそもキーボードで格闘ゲーは厳しかったから98では流行らなかったんだよ >>392
当時、9801に接続できるゲームパッドが
なかった?
LOGINの広告でそれらしきものを
見た記憶が >>393
サウンドブラスターにゲームポート付いてた メーカーに「エロCG邪魔」って声が山のように届いたという人形使いとか、まぁ案外98でも格ゲーやってたよ Win95シングルコアでペンティアムUとかCPUの周波数が200MHZ以下とか、
メモリーが64Mとか、しょぼかったな、ビデオカードがVoodoo
ゲームディスクはコピーして遊べたり、自動ポルノもありの驚きの時代 当時は98で格ゲー?
16色でスプライト機能もないのに、できるわけないだろww
ってイメージが強かったな ヴァリアブル・ジオとか普通にCSにも移植されたりしてたね 逆に昔の国産PCゲームタイトルの方がレアだろって感じはするな
今ならSSPS世代でも厳しかった400ラインのゲームも遜色無く移植出来るだろうと思うんだが
意外とそういうタイトルは少ないんだよな皆無ではないけど 98時代はRPG全盛期でRPGばかり発売してたからな
格闘ゲームはアーケードとセガハードでやるものだった
当時のCSだって格闘ゲームはRPGに比べて圧倒的に数が少ない 98時代ってスーファミ時代だろ
サターンとは時代が少し違うわ テラドライブがIBMPCでもわりと早い方だったからね
そのあたりまでが98時代
PCFXの頃はすでに末期 テラドライブは国内IBMPCの走りとも言えるけど、マシン構成自体は開発者自身「当時既に時代遅れだった」と公言してるのよな
その辺のいびつさも日本のPC事情を物語ってる
北米だと89年に倍率モードなしの486DXPCが出て(そしてバグによる互換性問題で号泣した)、90年のWing Commander発売でエンドユーザーに386DXが広がり、
翌91年のWing Commander2で出たばかりの486SXを買う羽目になり・・・とCPUのリプレースがちょうど加速した時期でね
セガは本当についてない 98のDOSゲーのゲームパッドって
ATARI端子の2ボタンパッドだろうが。
要はファミコンと一緒。格ゲーは無理だな。
エロゲーでハースキュアリーってあったのは覚えてるが
人形使いよりずっとマイナーだな。
サウンドブラスターなら15ピンも付いてたんだっけ。
でも買ってる奴なんかほとんどいねえだろ。
俺はAWE32のCバス版を持ってたけど、これに対応したゲームなんて少ないし。
なんで買ったんかなあ。
RAC Rallyかシムシティ2000だった気はするが覚えてねえや。 アタリ端子でも同時押しの誤認を使うと6ボタン出せたんだよ Townsのスパ2に付いてた奴とかだね
ただ、98ではどうだったのかな 当時98ではガンダムの〇〇オペレーションかレジオナルパワーばかりやってたからなぁ PC-9801-26系ボードにもパッド端子はあった >>406
でも当時98用に6ボタンパッドなんて普及してないじゃん。
俺は持ってたけどキーボード端子に繋いでキー入力を乗っ取るやつだったぞ。
こんなの
http://j02.nobody.jp/jto98/n_desk_joystick/jcpj2.htm
ごく一部で有名なCT-V9の前身だ
https://gepachika.exblog.jp/18578197/
しかしハースキュアリーも人形使いも微妙にカクカクしてるし
やっぱり98界には文化的に格ゲーが流行る素地がなかったと思う。
やたらSLGが多かったのもハード性能とユーザの好みが合わさった結果だろう。 自分が紙芝居エロゲばかりプレイしてたからって
そういうゲームジャンルしかなかったと勘違いするのは間違い >>408
オレも乗っ取るの使ってた
親父王がこれでヌルゲーと化したの覚えてる >>410
これ見て思い出した。
ソードダンサーやってたわ。完全に忘れてた。
たぶんPCエンジンのフラッシュハイダースと同時にやってたから
そっちばっかり印象に残ってたんだろう。
>>409
そりゃまあ98と言えばエロゲーだが
でも格ゲーまで流行ってたかと言われるとな、ちょっと俺は否定的だな。
そもそもFM音源装備機だとATARI端子そのものが無かったし、
それが嫌で中古の5インチ機を選んだぐらい。 >>410
98格ゲーってシリーズ物で結構、占めてる
な、それを考慮するとちょっとね アクションだろうが何だろうが何の疑問もなくキーボードでやってる人が比較的多かったイメージなんだけどみんな使ってたのかな >>413
どのハードもシリーズ物だらけじゃね?
>>414
自分はキーボードでやってましたね
アクションRPGもキーボードだったしね
コマンド式RPGやアドベンチャーゲームなら楽でいいんだけどさ
テンキーだけで出来たの多かったから片手でよかった 俺はMSX2やTownsもやってたんでひたすらATARIだったな 端子は一緒でも信号的にはあれこれ違うんで、案外使い回せないんだけどね
だがTownsで68K用のサイバースティックは使えて嬉しかった ソフマップで投げ売りされてたから博打で買ったら大勝利ですよ
ストライクコマンダーやウィングコマンダー・アルマダがやたら捗った 98はTowns以上にフライトシム出てたし、試せばよかったな・・・ DPPというパラレルポート接続で、中間に簡単な回路を組み込むだけというシンプルな
各種ゲームパッドインターフェースが広く利用された時期があった。
USB変換器では到達不可能な高速応答速度と対応コントローラ機種の広さから急速にPCのゲーム機化が進んだが、
残念なことにドライバの更新が終わった事とパラレルポートを装備するPCの激減で過去の遺物となった。 DPPはウィンテル手動のレガシー追放で消えちまったからなぁ
まぁパラレルポートやMIDIポートがぶら下がる=16bitドライバを咥え込むハメになる だから仕方ないんだけどさ
使えるんだったら今でも使いたいよ キーリマップ、デッドゾーン、応答性、そもそもDS1がDS2より堅実ってのもあって隙きがなかった
本当にいい時代だった 98=エロゲーのイメージって
あの時代のPCショップでアダルトコーナーがきちんと分離されてなかったのも
そういう印象をもたれる要因だったかも 8bit滅亡から二〜三年ほどでガツンと気質向けが減ったのが一番大きかったんじゃねーかな
沙織事件以降キッチリ分離するようになったけど、一般向け98コーナーはその後ガンガン縮小していって棚を維持できなくなっていたし
ストラテジや非シナリオ主導のRPGなんてPCの特権みたいものだったんだから、エロゲの先入観はもったいない話だったけどね エロゲだってしっかりしたゲーム多かったんだけどね
同級生なんて今の恋愛アドベンチャーの雛形だし
無人島物語みたいなサバイバルシミュレーションどこか出してくれないかなぁ 640キロバイトの壁があったDOS時代は、アクション系でゲームはつらいだろう
特に格ゲーはモーションを滑らかにしようとすると大量の画像データが必要になっちゃうからな
そんだけのデータをメモリ内に置いておくことがDOSでは難しい
当時、98でVG2とかやった後にSFCのスト2やると動きの滑らかさの違いに唖然とするほどだった 無人島物語は面白かったな Steamでよくあるオープンワールドサバイバルにアクの強いNPCが加わるとあんな感じか
あとはようこそシネマハウスへ!が好きだった わざとへっぽく映画を撮って女優は今でいうVシネ方面へ・・・
エロゲのシナリオにも感心した記憶がある まさかの香港ホラーに突き進む猟奇の檻とか、きちんと和ホラーの様式を踏襲した夕霧とか
後者はヒロインがキラーも兼任なんでちーとも怖くなかったけどw 猫も杓子も学園になる前の、いい時代だった
コンベンショナルメモリはもうね 海の向こうでもIBM用Wing Commander2のインストガイドとか物凄い量のコンフィグ作例集になってる
WC4の時代になるとどーしても無理な人の為に起動ディスク作成プログラムが同梱されるんだけど、それもボードの組み合わせ次第では無意味という
さっさとTownsみたいに386ネイティブモードを標準化させてりゃ色々違ってたんだろうけど、それやるとV30や286の人達はバッサリだからな・・・ そもそもパソゲーのアクション自体が微妙にぎこちない動きで、
ああパソコンだなってイメージじゃないのか。
ぽっぷるメイルのSFC版、サークもしくはフレイのPCエンジン版で、
そういうレビューをされてた記憶がある。
たしかファミ通ではない。
ヒッポンスーパーか月刊PCエンジンだったと思う。
じゃあ元がX68やTownsだったらいいのかというとそうでもなくて、
ファランクスやマッドストーカーは、地味だと言われてたな。
これは誰が言ってた(書いてた)のか忘れた。
両方ともX68でのズーム作品だからかもしれないけど、
かといってそれ以上に派手なゲームを作るメーカーもなかったし。 >>410
こうしてみると98はTGLが1/3を占めるんだな >>421
無人島物語1はエロ入れるのは良いけどソフ倫通してないから
流通がマトモに扱わなかったんだよなぁ 98でアクションがぎこちない
⇒これ今で言うなら「スペック不足なPCでAAA洋ゲーやって、ぎこちない」と
言ってるのに似てるな・
あの時代の98ゲーって今みたいなにスペックに合わせ、ゲーム側で環境調整
するという発想はなかったのか? >>9
Win95あたりからスプライトなしでも滑らかに動くようになった スペックだけ考えればSLGRPGアドベンチャーFPSに関しては
オールタイムでパソコンのが圧倒的に上回ってたし
アクションやシューティングはwin95くらいまではCSが圧倒的に勝っていたので
windows普及以前はジャンルによって棲み分けがなされてたって感じかなあ 俺がPCゲームやりだしたのってwin95からだから
ここの人達よりも歴は浅そう
ただしその直後から狂ったように洋モノFPSをやり始めたからそっちの方は詳しいけど >>431
でも80年代にamigaみたいな洋PC買って
洋ゲーやってたPCゲーム道場の管理人
みたいのは ここでも殆どいないでんは? ネットで当時のFPSを解説してるサイトも結構見たけど、
「おいおいそれはちょっと情報間違ってるぞ〜」って思うこともたまにある
言い争いになったら超イヤだからわざわざ指摘したことはないけど 洋ゲーよりはX68kで遊んでたか遊びたかったやつの方が多いんじゃない
CS<PC<ACだったし80年代はまずはACが頂点にあった >>428
ハードの性能限界があるからなあ。
表示速度が遅いのはいかんともしがたいし。
>>429
WINGとかあって、グラフィックボードを使うものだから、スプライトと変わりないかも。 俺高校生くらいの頃、ファミコン、PC-Engineの時代友達の家で遊んだPC-8801SR以降のゲームが羨ましかった
FM音源でFCより明らかに音がいいしパソコン独自の機能を使ったゲームはファミコンソフトと差別化できたからね
結局PC-9901FAとX68000を後に買ったんだけどね
88のゲームではイースソーサリアン、シルフィードが好きだったし、X68Kの方はグラディウスUとジェノサイドとサンダーフォースUがお気に入りでした 昔のDOOMやウルフェンは、解像度の選択がなかった?
320*240という640*480でVGAの低解像度と高解像度がサポートされていた、
後、PC-AT互換機はVRAMがビットマップで表示が98のVARMより速かった
という話があったな >>425
X68000やTOWNSはさすがにスプライトが入っているから動きは滑らかだよ。
派手じゃないってのは、デカイモノが動かないからだろ?自機がチマチマしてて爆風も小さいんだよ。
FD起動のゲームなら容量が足りないからそんなもんだよ。
Cd起動とかHdにインストールするのを選べば良いが、敷居が高いよね。 時機キャラや爆発が小さいのは、容量もあるけど、「ハードウェアスプライト」
がないのも原因じゃないの?
ぽっぷるメイルとか98基準で作られたアクションだから、98で動くように
そこらへん妥協する必要があったんだろう。
(それか、98基準でも486マシン前提で出してら違ったかも) キャラや爆発を大きくできる、光線や弾丸をたくさん表示できる
これ、全部ハードウェアスプライトの恩恵にあやかれる要素
上記のような表現をすれば、数多くのドットを動かす必要があるから
それだけ処理が重くなる。 >>428
DOS時代は「640キロバイトの壁」というメモリの問題があり、いくらCPUとかの性能を上げても使えるメモリの上限が低かった
使えるメモリが少ないから、多くのパターンが必要な格ゲーとか大きなボスキャラが出てくるゲームとかは苦手になる >>437
ディセントは内部解像度というか、文字通り表示解像度の変更があったな
ドンドン画面サイズが小さくなるやつ >>428
PC-98はゲーム向きのスペックではなかったし、そもそも和も洋もスペックに合わせて自動的・能動的に環境調整って言う概念はなかった
その辺の概念が生まれたのはDOOMとかQuake辺りじゃないかなあ
PC-98のスペックを十全に活かしたゲームとなると、ADV、SLGに加え
縦スクロールはハードウェア支援が有るって事から縦STG位じゃないかな
ハードウェア支援が無い横スクロールが絡むとどうしてもガクガクになる(MSXの○ドットスクロールみたいな奴) >>97
PC-98シリーズは国民的パソコンとか言われていたけど
俺がパソコン通信とかやってた時代はX68Kでパソ通してた
俺がPC-98シリーズで買ったのは後にも先にもPC-9821Xa(無印)ただ一回のみで
CRTと含めて¥50万くらいした
一太郎くらいしか使いみちがなくてほんと損したなあと思ったよ
今中古¥2万くらいのCore2DuoのPCでネットしてるけどこっちのほうが遥かに高性能なんだもんなあ >>97
PC-98シリーズは国民的パソコンとか言われていたけど
俺がパソコン通信とかやってた時代はX68Kでパソ通してた
俺がPC-98シリーズで買ったのは後にも先にもPC-9821Xa(無印)ただ一回のみで
CRTと含めて¥50万くらいした
一太郎くらいしか使いみちがなくてほんと損したなあと思ったよ
今中古¥2万くらいのCore2DuoのPCでネットしてるけどこっちのほうが遥かに高性能なんだもんなあ 640kbの壁と言っても 当時のスーファミなどより数倍多いからね >>442
PC-98後期になるとUMAとかHMA、EMSとか使うゲームも幾つかあったね
データ読み込み速度が上がったりしてちょっと快適になったなあ >>440
PC-98のゲームは、「VM以降」に拘りすぎた感じはあるよなあ >>449
そのVM以降に拘りすぎたのも98市場で
486マシンが個人ユーザーに普及してないから
という事情があるのかも 90年代初めの国内のPC普及台数が98を中心に700-800万台
この内、法人ではない個人ユーザーの割合とさらに486マシンの割合と
なると10万程度だったんでは?
TownsやX68みたいなホビー系は台数が数十万だったからね ああ、それは確かにあるかも
PC-98が安価になったのってPC/AT互換機が大手を振って日本に参入してきた頃だから94年頃位か
確かBX2とかBA2とかあの辺で一気に値下がりした記憶 それでは、ここの元98ユーザーに聞くが90年代にもなって286マシンを
使い続けた理由は? >>432
80年台だとMSX2でスタークラフトの移植ゲーやってたな 流石に海外PCは親の薫陶がないと難しかったかと 大抵の人は8801で似たようなコースじゃねーかな
ローグアライアンス、ファンタジー1234、Might&Magic12 あとはアスキーのWiz123を小学生ならではのリッチな時間使いでもりもり遊んでたよ なので光栄ファルコムとかはあまりやってない
友人宅でやらせてもらったローグは、文字じゃんwww>えええええなにこれくっそおもしれえええ!で俺のゲーム価値観を綺麗にぶっ壊してくれた
俺はその後Townsで富士通やVing、EAV、マイクロプローズの洋ゲーをやってたし、98勢はそこにイマジニアが加わってたはずだ DOOMやDescentも経験者は多いんじゃないか
ぶっちゃけ無理してAmigaを買う必要なかったんだよね 94年〜5年がちょっとスキマだけど、Win95機を買った後秋葉原で補完すれば問題はなかった
むしろ国産雑誌が途絶えてレビューが読めなくなった後、Battle Cruiser2000やDecsent to Undermountainみたいな、「クッソ面白そうな対戦車地雷」をどう避けるかが難関だった
Laser5の床は洋ゲーオタクの血で磨き抜かれていたんだよ Descent to Undermountainは対戦車地雷と言うより、ハマる人はハマるけど……ってゲームだったような
なお当方はあの系統のDRPGは好みではなかったので華麗にスルーした
>>453
PC/ATと違って、PC-98はパーツの交換効かないんだぞ
BX2とかBA2辺りでやっと12〜16万円台であって、それまではPC-98の本体って30万とか50万してたんだが
こんなもんポンポン買い換えられる訳無いだろう >>455
バグいんだよ、すっごく プレイ時間の大半は棺桶やテーブルとの相撲に費やされる
速攻壊さないと寄り切りで壁の中へ こうして年がら年中*いしのなかにいる*されてしまうのだぜ DOS/Vが出たころは楽しかったなあ
IBM、コンパック、DELL、Gateway、Micron
富士通や東芝なども日本市場で息を吹き返した 小学生中学年くらいの頃にその辺のPC知ったんでDOS/V機は夢のマシンみたいな印象あったわ 一昔前に昔のPC板で「98のせいでPC和ゲーが衰退」したみたいな
スレッドがあり、そこで元98ユーザーたちが。98は思ってるより486マシンが
個人で普及していた、当時はバブルだったから余裕で買えたみたいな
ことを言ってたけど、
実態はどうだったの?
ちなみに昔のPC板の住人はゲハより平均年代が高い模様
当時、すでに社会人だったから余裕で486のPC98を買えたのかな? >>459
486時代は末期だけどね
98全盛期は286(V30)?386時代 普及していたとしても
ゲーム作る方はそれ基準で作るわけじゃないから意味ない FAシリーズはむしろ98離れを起こしたハードだからなぁ かといって他方Epsonの486シリーズがバカ売れしましたって話も聞かないし
富士通やスタクラ、EAVが486推奨を盛り込んできたTownsと違って、98の場合長い間256色対応、9821(386SX)推奨にされてしまっていたし
そもそもVM2以降を買えば安心ってんで98買ってた訳でな まぁ9821が主力になれなかった時点で察してください 16色ゲーだったらそもそも486いらねーんだから 91年、大学生
バイト貯金して9801DA買った
理系だったせいか周りのPC普及率はかなり高かった
今の学生より高いかも
94年、すでに社会人
パーツ買いでAT互換機デビュー
パソ通で知り合った友人だらけだったので周囲の普及率は100% >>428
現代のハイブリッド車の常識で70年台の自動車を評するようなもので、全く構造の違う別物です… 既存にはないシステムのSLGが各社ガンガン作っていた時代だったから
SLG好きにはたまらない時代だった 486のころはMS-DOSがほぼ終了してWindowsに移行する時期になったから386と比べて普及しなかったんだよ
Windowsで機種の壁が崩れたからね
ついでに94年ごろには286(V30)は98ゲーでも切り捨てられてるよ
ファルコムの英雄伝説3白き魔女が俺が持ってた98Do+(V33)に対応してなかったのを覚えてる
たぶんなんとか動くだろうと買ってみたのはいいが立ち上がらず凹み
買った店に持っていったら中古でも買い取ってくれず更に凹んだ >>466
V30系は286命令セットないから動かないよ
英雄伝説3はEPSONの286機でプレイした覚えがある VシリーズCPUはインテルの互換潰しによって殺された
うちの286のPC98VXでは英雄伝説3動いていたよ ごく稀にEPSON互換機では動かないゲームあったな
ゲーム売り場で、「このゲームはEPSON互換機では動きません」って張り紙つけられてた 昔は今のマルチと違ってそれぞれの機種用でいちから開発し直してるようなもんだったね ジェノサイド・スクウェアはTowns用にサウンドドライバを書き起こしたと言ってたな ソースは当時のOh!うんず >PCのゲーム性能が低かった理由
2d向けと3d向けでGPUをふたつ付けたり
単体の部品性能ではPCが上回っても
規格として成立しないほど細分化されてたのが原因だろうな
マイクロソフト次第で今後もPC規格の細分化は有り得るんで
PCならば安泰ってわけでもないんだけどさ イマジニアのハイリワードとか好きだったな
システムソフトも良くやったけど一番印象に残ってるのはソリッドランサー >>472
>2d向けと3d向けでGPUをふたつ付けたり
VooDooのバンシー?
あれって当時じゃ、1つにまとめるだけの
製造プロセスがなかったからじゃないの?
その次のVooDoo3だと2d/3dで一まとめに
なってるし >>474
Voodooだったらrushじゃないかね
bansheeはワンチップ化してるはず VooDooってハードウェアT&L(ジオメトリー演算)じゃなく、ハードウェアで
AA(アンチエイリアス)処理することを選んだだよな、その所為か知らんけど
Geforceにベンチで負けて、最後は買収された。
http://www9.plala.or.jp/j-fuji/agp2pci/VSA-100/vsa100.htm
VooDoo4/5vsGeforce2MX400
3dMark2000で、倍近い差をGFに付けられてる。 >>476
性能もあったかもしれないけど、どちらかというとチップの外販辞めたからじゃない?
カードメーカーが急速に他社チップに切り替えて、高くて入手性が落ちたVoodooは驚くほど急激に死んだ気がする
Aureal3Dと同じで、それでもしばらくはD3DよりGlideの方が画質は良かった記憶がある。 両方とも死因だね 32bit対応に遅れ、ジオメトリエンジンの開発には失敗し、STB買収以後チップの在庫増に歯止めがかからなくなってた
元々GlideはOpenGLのミニラッパーなだけ有って、画質は本当に良かった D3D16bitでは発生するアルファブレンディングのモアレもGlideでは発生しなかったし
ただ、それはテクスチャや光源が16bit止まりだから32bitにしてもメリットはないという強弁が出来ただけであって、すぐにも来る全素材32bit時代に対応できないのも開発者は解ってた
当時PlayOnline誌の開発者アンケートでも、普及するのはD3DであってGlideは急速に廃れるという意見が圧倒的だった(カノープスはかなり毒を吐いていた記憶がある)
止めに開発が遅れに遅れて賞味期限の切れたVSA-100複数積みでお茶を濁すしか無くなってた
もちろん財務上はSTBの買収が最大の失敗だった(VooDoo2ド返品で在庫は積み上がるわ、STB自体が製造問題の温床になるわ・・・)けど、それがなくても先行きは暗かっただろうね
元3DFXチームが手がけたGeForceFXは散々な出来栄えだったでしょ あれでMorrowindを遊んだ人にはトラウマになってる筈だよ バルモラの方角を拝むとfpsが一桁になるから 64のころにignの掲示板読んだら
その手のグラボのことを議論していて
アメリカじゃずっとPCもコンソールも同じ土俵で語っていたんだと最近思った >>1
FM-TownsもX68000もCSより遥かに強力だったんだがw
にわか過ぎねえかw >>480
当時PC持ってない人はそこらへんの知識がない
から仕方ないかも、
あの時代、地方で今でいうB層みたいのは
PC持ってないとこが多かったから 知らないのは仕方無いけど半端に知ったかするから見るに堪えない
性能と機能を混同してるのも笑い処だろうか 単にファミコンがアクションゲーム機として異常に優れてたのと
ファミコンブームからドラクエFFと続く国産CSRPGの流れで
昔はCSの方が凄かったんだと思ってしまったんだろうね
ファミコンはアクション&シューティング専用機と考えればやっぱり同時代で
パソコンを含めて頭1つ抜けてた
子供用ゲーム機と考えてグラフィックに全性能を注いだのは卓見だった
同時代最強PCハイエンドゲーム機のコモドール64に比べても
シューティングアクションでは圧倒的に勝ってたもん
容量必要なRPGやSLGでは負けてたけどね でも68やTownsが昔のパソコンゲームの基準か、って言われるとなあ。
やっぱ日本人だと88や98や基準になっちゃうでしょ、どうしても。
そこにMSXがギリ入るかなってぐらいで。
それならショボイと思われてもしょうがないで。
もちろんそれでもRPGやSLGはパソコンのほうが有利ではあるどさ。 結局得意不得意なのよね FCというかCD以前のCSは全て、ROM供給だから本当微々たる容量でしか出せなかった
そのCDも本体側のメモリが小さいから、結局大した量のパターンは読めなくてイベントCGや音声追加、CD-DAでしか活かせてない
AIの考えてマースも本当に厳しかったり PCは逆にアクションやらせると無理矢理感が有ったけど複雑怪奇な演算の要るゲームでは圧倒してた 今後はCSがPC並のスペックになることはもうないのかな >>486
発売時はミドルPCくらいにはなるんじゃないかな
1〜2年でローにはなるけど >>486
絶対に無理 CSにはデスクトップ並の容積という選択肢がないから、熱設計の時点で勝負にならない
あと、もう札束で殴れない 今のCPUやGPUは基礎設計やライン確保で昔とは桁違いの金が動いてる それはCSだけじゃ賄えない
Cellでソニーが大火傷したのはそこを見誤ったから CELL BEは使う場面がニッチすぎってのもあったと思う
予測分岐に凄まじく弱くて、単純計算が速いって動画エンコードとか遺伝子計算に特化した物をゲームに使おうとしたとかもうその時点で間違いすぎだもの >>382
まともな性能になったのって
SocketAM2+ AMD780G
SocketAM2+ Geforce8200mGPU
LGA775CPU Geforce9300mGPU
第二世代Corei IntelHDGraphics3000/2000
とかからだねそれ以前のIntel HDやGMAは
かなり癖があって一部機能が機能しない或いは遅すぎるとかDX10なのなのにDX9cすらまともに動かないとかなんだこれ的な酷い設計だった
AMD780GとGeForce8200はAM2CPUだと
Hypertransportのバス帯域が狭くて性能が出ないとか組み合わせでも影響が出た
NVIDIAもDX9世代は頂点シェーダーが1ユニットで遅いとかはATI世代は頂点シェーダーがなくてCPU処理とか微妙だった >>398
98はゲームに使いやすい低解像度モードがなかったからね
640x200 8色
640x400 8/16色
9821から
640x480 256色 VRAM512KB
多色表示の低解像度がなかった
当時のPC/AT互換機は320x200 256色モードが出せたから強かった >>483
RPGやSLGにも対応すべく任天堂はMMC(メモリーマネジメントコントローラー)を3種類作って搭載してたな。
MMC3は拡張音源まで搭載してたのにFFやDQで活用されなかったのは何故だったのやら。
他社でも類似のコントローラーチップは有ったけど。 >>400
テレビだと最低S端子はないと400ラインだと潰れるしコンポジットのみの安いテレビだと400x300ぐらいの実効解像度とかザラだった256X224ですら色滲みがあったし
PS1版MYSTは512X480 256カラーで
PC版と遜色なかったがS端子がないと
見えにくいかっらメモリ不足なんだろうな
つかプリンセスメーカーリメイク版のPS2移植は640x448で
640X480のPC版移植してて細部が見ずらいし
アスペクト比がおかしかった PCにおけるアクションの普及で行くと、S3の破綻とVIAによる買収で廉価ママンにSavage4が統合されたのが大きかった気がする
GPUを仕込む人達はAMDかintel(この頃はAthlonの方が速かった)のチップセットを使うとして、
そこそこ安く済ませる人はセレロンとnVのローエンド、更に節約する人はAMDのDuronとVIAのチップセットだった
これで「3D機能を持ってないPCが事実上存在しない」時代の鏑矢になった BleemでPSをエミュったぐらいのグラは出せたからね
MMOへのシフトが始まった時代でもあり、そういうグラ水準のゲームで満ち溢れていたから許されたってのもある
そして、ゲームメーカー各社は「Savage4というバグまみれの問題児」とのバトルに七転八倒する訳だが・・・ シュミレーション系もパソコンの方が圧倒的!
アクションゲームだって音も仕掛けもパソコンの方が圧倒的!
・・・・だと思ってたけど、スーファミで大航海時代2と信長の武将風雲録やって
見てちょっと考えが変わったわ
字もよみずれーし処理も遅いけど、違う意味で手軽さ、遊びやすさでいうと
やっぱCSのほーにぶがあるね
まぁ中古で安く手に入ったから、PCの実機が動かないという比較出来ない、
という事情もあるけど…
FM音源で出来るメガドライブ版が気になってしゃあないわw Savage2000に問題あったのは知ってるけど、4も問題児なんかい
98だと最後の救世主みたいな扱いだったらしいが あとNTSCだとD2プログレッシブだろうが
水平解像度が足りなくて
640X480は解像度不足で滲む
640x400だと許容範囲だね
9801のテキスト画面をダウンスキャンコンバーター経由で見てもそこそこ綺麗だし
あと海外のPAL受信機だと640X480相当のS端子でもそこそこ見れる
有効576本だから余力があるみたいだ NTSCとPAL両対応の機器持ってると
分かるけどNTSCは解像度不足感が半端ない
PALは50フィールドだけど解像度の高いから綺麗に見える オレSavage4のカードを8枚ぐらい持ってたが
そんな悪くねえぞ?
なんか適当こいてないか?
だいたいVIAとSavage4で3D性能が世に広まったとするなら
Celeronとi810のほうが更に広められているはずだが?
Savage3Dは初期ドライバだとDirectX5や6のゲームがまともに動かんかった。
Savage2000はよく知られているようにT&Lが機能していなかった。
だけどSavage4はそこまで大きい問題は無かったと思うがな。
2D部分が異様に遅いことだけが難点。
Socket7とCyrixあたりのCPUではメチャクチャ遅かった。
P2と440LXでやっと普通の速度になる。 >>499
その前になんで8枚も持ってんだよwww
友達ん家でUT?のS3TCに驚愕してその後のフレームレートで真顔になった思い出 >>500
たしか
アイオー メルコを1枚ずつで
Diamond 3枚、うち1枚はSavage4最高位のXtreme
inno3Dとかの有象無象が3枚か4枚
このうちPCIが2枚あったはず。残りはAGP。
よく分からないノーブランドは画質が良くなかったがTNTよりはマシだったかな。
意外にinno3Dは鮮明に見えた。Diamondと大して変わらないぐらい。
しかしそのinno3DもSavage2000では超クソ画質のボードを掴まされた。
あれだけはTridentやVoRaLi搭載のボード以下だった。
でも全体としてはSavageは安い割に画質が良かったから
ちょいと増設してやるのに都合が良かった。
同じS3でもTrio3Dだと画質の良いのに当たったことがないから
そういう意味ではSavage4はありがたかった。 >>494
VIA以外でもSIS305統合のSIS630はコスパ良かったよね32Bitカラー出力で3DやDVD再生が出来た
2Dだけな上24Bitカラーだと重いので16BitカラーSXGA常用してたSIS5597とはえらい違いだった
VIAはオンボード無しなら悪くないけど
ローエンド貫き通したせいか後期の478〜LGA775の末期は64Bitバス幅のDDRかDDR2でIntelGMA以下の印象しかない
UnichromeProは865GのExtremeGraphics2以下
Chrome9HCは915GのGMA900以下だった >>469
EPSON互換機はグラフィック周りが完全互換じゃなかったという話では
例えばGRCGの286機はEPSONしかないはず 8枚!すっげえ・・・
確か、内部では総32bitレンダリングなんで16bit決め打ちの光源処理と極端に相性が悪かったのと、スクロールやウィンドウの処理が高負荷時に問題を起こす・・・だったかな?
ただ、愛用者に問題が感じられなかったらそっちの方が正解かもしれんね Savage使用者向けのHotfixも出てた気がしたんだけど、パッチスクロール漁っても出てこなかったしな
記憶違いだったらごめん >>447
スーファミはROMから直接実行可能だから少し違う
HDDは高速アクセス可能だが普及率考えるとフロッピーディスクになるし2HD二枚だと2.4MBだから24Mbitよりも少し少ないぐらい
無論9801は漢字ROM搭載だからテキストは多用出来たがね あっ24じゃなくて19Mbitぐらいか
まあフロッピーディスクだと複数枚組が
あったから容量制限は無いに等しいが 初期の3DMarkのエンドロール見ると懐かしいビデオチップベンダーが勢ぞろいだなw >>494
Savege4統合ママンのPCってそんなに
あったか?当時すでに自作PCだったから
メーカーPCの事情をあまり知らないけど
殆どはintel系チップセットのママンの
PCばかりだったんでは? >>509
そう、殆どはintelの815マザーとCeleronの組み合わせ だけどDuron+KM133やKM266は更に安かったんだ
これが途上国を席巻した
国内でもDellやHP以外は採用してる 特にSharpはメビウスの最低グレードをDuronで埋めてた
安さにつられて爆熱ノートを買って悶絶した人も多かったのよ Savege4の実効性能ってVooDoo3ぐらい? PCは事務用品だったので、グラフィックに関する性能は求められてなかった
ゲーム機はグラフィックと音が出せる事が大前提だった
したがって、PCはCPUの性能では圧勝だったが、色数が16色だったりスプライトが無いのは当然だった
そんな訳でゲーム向きじゃないが、一部のCPUの負荷が半端ないゲームはPC向けだった
A列車とか、シムシティーとか、光栄のSLGがそう 昔のSeriousSAM-SEで、新しいGPUで起動して設定項目見ると
ちゃんと新しくしたGPU名が表示されるのは何故?
ゲーム自体は2001-2002年あたりに登場したから、そのころのGF2あたりの
GPU名が表示されるのはわかるけど、それ以降のGeforce4やGF670に
GTX系で起動しても、GPU名の表示が出るのが理解できない。
ビデオカードのBIOSを読む取って。表示してるのか? >>513
確かにそうだけど、PCと同じく事務用品の
コンピューターであるワークステーションは
90年代入ってから多色サポートとかグラフィック
面の強化もやってるんだよな。
SparcとかSGIほどじゃないけど高解像度&多色
サポートしてるし、NECのEWS4800も同様
じゃなんで98だけが16色のままだったの?
となるわけで まあ85年のvmを引きずりすぎたとしか
スペックのリニアな進化以外の進化がなさすぎた >>518
以前、昔のPC板での議論だと
90年代入ってからの98ゲーはVMじゃ
実質動かないものばかりだと聞いたけど
実際どうなんだ? >>519
CPU性能的にVMではまるで無理だが(つまり実質VX以降用)、
グラフィック仕様上はVMと共通なので動かすことだけならできる、
というゲームが大半。16色画面だとそうなる。
厳密に言えばVM21/UV+16色ボードか。
だからVM11ならそのまま動く。
ものすごい遅いだけだ。 シリサムはドライバから拾ってるんじゃなかったっけ DX情報だと〇〇ファミリーな奴でも型番出るし あーでも記憶がおぼろげだな
インデックス式はMSのメックコマンダー2やMW4みたいに消さないと動かんとかザラだから、フツーはやらんよね
OS本家は下請けの素行ちゃんと見とけって話だが
98はストラテジ方面が286前提だったな 逆を言えば90年台以降の洋ゲー移植でもない限り286で事足りてた
やっぱNECが胡座掻き過ぎてたんじゃねーか 今のintelが前社長のツケで酷いことになってるのと一緒で >>520
紙芝居タイプのエロゲはVMでも十分遊べるものが多かったような
自分は9821Cs2(いわゆる98マルチ。486SXの33MHz)持ってたけど、これには設定にVMモードというのがあり、VMと同等の性能で動かすモードがあった
これで同級生を動かした時、描写スピードは全然違ったが、遊べないというものではなかったよ >>521
PC-98は基本的にビジネスユースだったからってのもあるね(今でも工場の機械の制御などで現役。壊れたら保守部品がないので……)
ゲームは本当におまけ そこがまずかったんだよな 国際競争力で考えたらゲームや先進機能は全く無視できんのにやっちまった
ビジネスなんて基本長いスパンで使い潰すか廉価機でさっくりリプレースだから、最重要ではあるけれどクインティみたいにごっそりひっくり返されるんで依存も怖い
現に日本のビジネス環境は圧倒的な個人普及率の前に転換を余儀なくされただろ 工場以外にしがらみすら残せなかった >>524
日本語そのものが障壁になってたから、国際競争力も考える必要が無かった
そしてそもそもゲーム用途のパソコンは他にあったのであえて考える必要も無かったとも
Windows3.1とか95が出やっとPC/AT互換機も満足に日本語を扱えるようになってその辺が完全にひっくり返った
PC/AT互換機が入ってきてからは一気に価格も安くなった事もあって、ゲームを主目的にパソコンを使う人が増えたのは2000年辺り位かねえ
2004年位辺りまではパーツ相性とかもまだまだ残ってて自作する人はそこまで多くなかったけども >>189
当時から評価高かった、縦画面だし
動画見たけどスプライトないのに滑らか 格闘ゲームのことだけ語られてるけど
シミュレーションゲームはPS3になるまでCSはPCに追いつけなかったじゃん
圧倒的な差があった >>522
紙芝居はそう言えなくもないけど、やっぱ遅いよ。
かなり忍耐力が要るじゃね?
俺は9801RA21と98DOだったからV30そのまま使えた。
386では速すぎるゲームを遊ぶのに使えたが、
そうじゃなくV30モードにしないと動かんゲームもあった。
たしか現代大戦略がそれだったのは覚えている。 >>529
末期の98DOSゲームでは、設定で各機種にあわせたスピードにするようにされてたなあ
そうしないと、486積んだマシンではちょっとボタンを押しただけで画面上のキャラがビュンと大きく動いてしまうから 8ドット高速処理!というARPGを486とかでやるともれなくやばい事になったね
あとはテンキーで操作するタイプのストラテジ カーソルがすっこーんと飛んでいく >>9
PS1のときはポリゴン扱う能力はPS1>PC windowsのゲーム環境が整ったのってDirectXが登場してからじゃね
WinGとかあったけどイマイチだった印象 >>532
但し、それもVooDooが出るまで
いや、それ以前の独自3DAPI搭載してた
NvidiaのNV1や#9のimagine128と言った
GPUでもカタログスペック上はPS1と
互角の性能だったけど 90年代以前だとSGIのサーバやワークステーションでもポリゴンのジオメトリーや
レンダリングを専用のGPUじゃなくDSPを複数個搭載して処理してたらしいな。
セガのモデル1もDSPでポリゴン処理
それ考慮するとDSPじゃなく専用のプロセッサーとしてポリゴン処理チップを
搭載した初代のプレステは先進的だったのかも 久夛良木の野望と意地だな ただ直後にnVidiaのNV1やS3のViRGEと専用命令セットS3Dが出てるんで、遅かれ早かれの話でもある(特に後者はオウムが大量に仕入れて投げ売りしてたから買った人も多かっただろう)
S3Dはこの時期なのになかなか多機能で、トライリニアフィルタリングやミップマップ、フラット/グローシェーディング、アルファブレンディング、フォグ、Zバッファなど一通り揃ってる
まぁVooDooになぎ倒されたんだけどね ちなみにゲームの挙動はこんな感じ ScreamerはGlide版出てないんで何気に特権だったり
https://www.youtube.com/watch?v=KHnPXp8VDUQ
https://www.youtube.com/watch?v=ksBxWJ8B830 ViRGEはVirtual Reality Graphics Engineの頭文字だから
名前だけなら一番かっこいいぞ。 いまだにPS1のカタログスペックに騙されてる人がおるんか
当時のゴミ通にも騙されてた口だな
俺もその一人だが 俺も騙されてたな というかリッジレーサーのスクショに騙された
アーマードコアのフレームレートと解像度で「?」が付いて、バイオとグランツーリスモで「そんなに凄いか?」ってなって
2Dゲーでメモリ不足を認識して、スターイクシオンでPS2には気を付けることにした LDゲームか!?ってぐらい敵の挙動が単調かつ雑なのよね
PS2はTV宣伝用のリッジ5素材と実ゲームの落差に唖然としたっけ PSハードのスペックは基本盛られまくって語られるからな
PS2の時もPS1のFF8のムービー並のグラがリアルタイムで描写できるとか言われてたし テクスチャなんか要らない、同様の描画をカラーポリゴンでやれるだっけ? なんか今この瞬間になって考えてみると98初期中期はあんまロクなソフト
なかったような…
なんか、関ヶ原とか天下統一、三国志IIIとかファーサイドムーン、
太平洋の嵐に維新の嵐にヴァンテージマスター、はるかなるオーガスタとか
ロードモナーク、プリンスオブペルシャ、A列車で行こう、プリンセスメーカー、
ファーランドストーリー、ソードワールドPC,ティルナノーグ、
TOKIO第24区、シムシティ、シムアース、信長天翔記、獣神ローガス、
レオジナルパワー、野々村病院の人々(だっけ?)、大戦略III'90、
ファンタジー、マスターオブモンスターズ2/Final
あとどんなん出てたっけ…
後期になるとイブバーストエラー、デザイア、ルナティックドーン、
闘神都市II、同級生下級生とかとか後世に残る名作が出て来るんだよな 国産PCゲーム黄金期は88末期と98初期〜中期がかぶるしね
インペリアルフォースとかも98専用じゃなかったっけか あとファーストクイーン
スタークラフトやアスキーの洋ゲーも8bit撤退以後は98かTownsの二択だったけど、これらは後期にあたるし 昔のパソコンソフトってクソでかい箱が山積みで奥にエロゲーがあるってイメージ
到底ゲーム買う場には見えんかった 98とかVRAMアクセスの仕様が超絶スーパーうんこすぎた
よくあんなので無理矢理ゲーム作ってたなって思う PC98の名作といえば、ありましたよコレ
大航海時代II。Wiiでスーファミ版買い直したけど、確かに面白い。
88ピーク時は凄かったですよねぇ。バトルゴリラにアーコン、ミュール、
信長の野望マルチプレイ、ウェイグスにシルバーゴースト、
ジーザスに東京ナンパストリート、冒険浪漫、ハイドライド3に英雄伝説、
同人のメルトダウンに100円ディスク、mirai、グロブダー、スペハリ、
銀河英雄伝説にシュワルツシルト、マスターオブモンスターズ、
ファイアーフォーク、ウルティマ4とか…
いやー凄い。コンピューターゲームの始祖を名乗るには素敵すぎ! GTX1080で動かしたアサシンクリードユニティ見たけど凄いなあれ
フランス革命だったかで集まった何百人といる群衆が処理落ちもせずぬるぬる動くんだもんな
これみたらCSS機はまだまだって感じがする FCはパソコンで得意なLINE命令がハードウィアでできないから
レーザー光線を表現するのが大変だったみたいだな
テグザーとかマイコンで軽々できることがファミコンではできなかった >>1
昔っていってもいつ頃の話なんだろうな
俺は勝手に1980年台〜1990年台初頭と捉えてるんだけど
パソコンは仕事に使うことが前提として作られている背景もあって
ゲームに特化されたCS機よりゲーム表現が劣るのは当然と言えるだろう >>550
パターン画面に工夫して線を引いている。
パターンの容量が尽きるとそれで終わりだから、複雑な図形は描けない。 ファミコンでは出来んよ というかNES版Eliteはベクタ演算すらやってない
Eliteのはカメラ位置に対応するパターンをBGとスプライトに放り込んでやってる力技 後のWing Commanderと同じスタイルやね
だから機首を上下している時に画面端の敵機を見ると、ベクタ演算なら発生しているはずのパース変化が起こらないんだわ
海外でこのバージョンが話題になる時、むしろ良くメモリに収まった的な話で礼賛される てか、このスレ近年稀に見る良スレだな
>>1 GJ ファミリーコンピュータ(BASIC)に対するSG(SC)ユーザーの数少ない自慢ポイントの一つがラインが引ける事だったな >>554
デタラメばかりだから鵜呑みにしちゃダメ GTX2080搭載ゲーミングPC vs シリコングラフィックス/インフィニティリアリティー
グラフィックハイエンドサーバ PCと一言に言っても国と時代と機種によって随分違うからなあ
1981~1990年年日本だけに限っても
初期御三家 IBM towns⇒ 非ゲーム機
8801 MSX X68000⇒ ゲーム機
9801 ⇒ 一般用途 後ゲーム機
と種類があった
国内産ゲーム機PCとしての全盛期はザナドゥ 三国志 蒼き狼と白き牝鹿 テクザー
ファンタジー ザキャッスル 夢幻の心臓2 ファンタジアン 軽井沢誘拐案内
等有名ゲーム発売の1984年 前年の1983年にはハイドライドもでたしな
未だに国内産PCゲームのレコード記録はザナドゥらしいし system16のサイトで80年代のアケ基板の仕様見ると、解像度はファミコンと
大差ないんだな。 国産PCゲーだと新生版FF14が現在の国内レコードじゃねーかな(FF11は一応PS2ベースと考える) あ、PS3やPS4は30万本近く売ったけど足を引っ張る何かだそうですbyスクエニ公式見解
無論プレイヤー視点でもマイナーなPS4はレイドお断りとかですわ 南無阿弥陀仏
海外での本数も込みならルセッティアとネコパラが既に抜いてるな Steamspyが鬼籍に入る前の数字が確かそんなだった CSの性能がいまいちになったのはPCのサブセットになったからでしょ
それより前はアーケードとかSGIみたいなワークステーションのサブセットだったけど
今じゃワークステーションなんか死滅したし、アケもPC基板だしな
その辺のパソコンをローコストにまとめましたになったらショボいのは当然 まぁ286やV30世代は家庭用マシンに追いつくのが夢でしたね。
X68は別として。
せめて386世代、、
FMタウウズ辺りでCD-ROMの恩恵もあってまだマシだったけど。
88VAとかね、あの辺はもう少しどうにか出来たんじゃねーのってw
コスト、一般的にって意味ではやはりMSXが最強だったのかな。
それは2+、turboRにしても。
されどYM2413OPLごときとは言わんがw
もしMSX3が統一規格で出ていて。
もう少し家庭用コンソールに浸透していれば。
それはスーファミ&メガドラの時にな。
後手後手過ぎて今に至る。 X68は5年仕様変えないとかやったせいで結局68030が出た年に3DOや翌年にSSやPS出されて
CS機に大きく性能を引き離された失態があるからな >>564
87年に初期が出たx68じゃいろいろと後で
性能不足になるよ NECは兎に角ボビーユース向けの展開が下手糞だった
98DOはまだ良いけど88MCやVAなんて半端処か殆ど相手にされない機種作ったし
その半端思想が9821へ受け継がれてる
本当NECって何やりたかったんだか…てのが正直な感想
まぁシャープの68030とか富士通のマーティーも微妙に失敗してるけど MSXを名機扱いするのは個人的に抵抗あるわ。
当時基準でも性能が足を引っ張ったんじゃないかね。
それなりに普及はしたよ、でもなあ・・・。 >>564
それな
ゲーム機能が売りだったのにその強化を怠ったのはいかん
CS32bit機に負けない程度にはグラ性能を向上させるべきだった MSXは高スペック化しようとしたら西が猛反発するの繰り返しであちこち歪んでたからなぁ
MSX2の時点でCPUの馬力全然足りないし
ただ、名機かどうかはソフトが決めるもの コナミのソフト群や妖怪屋敷、MSX版ザナドゥをやると名機というしかない
何気にMight&Magic2を快適に遊べるのは98とMSX2だけだったりするしね
他の国産機バージョンでは戦闘スピード調整機能がオミットされてるから、250匹の敵が全然減らなくて日が暮れる 家庭用はジェネシス版を除いて別ゲーだし 68Kは勿体なかったよね 沙羅曼蛇の時点でパワー不足感満載で、そこをさっさとクリアすれば買い替え需要も狙えたのに
シャープPC部門の肩身の狭さがひしひしと感じられる シャープといえば同じ関西繋がりで任天堂と縁が濃そうだけど
X68kのスプライトの開発ノウハウはたぶんスーパーファミコンに反映したんでしょうね。
だってX、つまり試作実験機扱いだった訳だし
'87年3月 X68k発売、'90.11 スーファミ発売
・・・・なんかx68kは実際には300台ぐらいしか出荷して無かったような
気もするんだけど…まぁ実際のとこはどうなんだろ。 >>569
ニシの所為だったか
タボちゃんよりもグラ機能を強化した2++が欲しかったわ
せめて高解像スクリーンは欲しかったぞ シャープって、MZの系統とは別にX1の系統が出てくるという謎の会社だったなあ
X1があるのにホビーユース意識したMZ1500出してみたり どうデタラメなのか証明する必要はあるだろうな
ただ明らかに「当時からもりもりPCやってた」おっさん連中だろ?勝ち目ないんじゃね 連休の始まりに聞く負け犬の遠吠えは最高だ!
むかし12時間ブッ続けで丘を爆撃してなあ、その跡を散歩したが死体一つ転がっとらんかった!
そこら中にガソリンの匂いがした…
勝利の匂いが! >>573
作ってた部署が違うんだよ
MZが部品事業部でPCが情報システム事業部でCZがテレビ事業部 シャープは今こそXミニとMZミニを出すべきだ
せっかく東芝PC買ってPCに帰還したんだし >>546
ゲームみたくブロック転送操作が多いプログラムはセグメントレジスタを変更しながら
ループで各プレーンに同じ処理をすればいいだけだから、難しくもないよ。 同じ会社なのにちがう部署からPCだすとか面白いよな
PC98とPC88なんかもそうだけど
>580
つhttps://www.famitsu.com/news/201807/26161405.html デタラメ言い放題のオレ登場!!
でたらめその1:
実は、PC88/98のソフトの再調整、バージョンアップは未だに行われている。
まず、PC88のソフト。これらのほとんどは一部の数人のプログラマーにより
企画立案されたソフトがほとんどで、目的はホビーユースで
PC88というハードウェアを売りさばくため。実際には開発資金が足りず、
ユーザーが消費した分を逐一ユーザーに配布する形式を取っている!
ファルコムのザナドゥ等、メインとなるソフトが異様に丁寧に複雑な
仕様となっていたのは、NECの販促計画の一環を握っていたから。
しかし、どうにもこのメインソフトだけでは売れないので色んなソフトが出て
いる事にした。が、当然、売り上げや販売数が追い付かない。
さらに将来的に幾らの価値がつくかも全く分からない。そこで古典芸能的に
逐一ソフトをバージョンアップ再調整し、中身をソックリ全部作り直す
古典芸能開発方式が採用されている。
オレたちがソフトを起動するたびに、ネットワーク経由なり
MSのOSコアモジュールなりを経由して中身は新しいソフトに・・・。
でたらめその2:
PC88のハードの中身は未だに逐一更新されている。
原因は幾つかあって、現行のx86やx64等のコア周辺の情報は
強い企業秘密によって守られている。
またx86、x64等の一般公開されている部分でも、昨今のPCの機能に
通じる部分があってPC88のハードウェア部分の更新はそのまま
ダイレクトに昨今のPCにも影響が大きく出る。
PC88とは、特定の機能実現を満たした規格、シリーズの名前であって
実際の機械の中身の詳細は未だにどんどん変更されている!!!
とかいうのが現実に起きてそうで怖いなーとかふと思った。 デタラメ言い放題のオレ登場!!
でたらめその1:
実は、PC88/98のソフトの再調整、バージョンアップは未だに行われている。
まず、PC88のソフト。これらのほとんどは一部の数人のプログラマーにより
企画立案されたソフトがほとんどで、目的はホビーユースで
PC88というハードウェアを売りさばくため。実際には開発資金が足りず、
ユーザーが消費した分を逐一ユーザーに配布する形式を取っている!
ファルコムのザナドゥ等、メインとなるソフトが異様に丁寧に複雑な
仕様となっていたのは、NECの販促計画の一環を握っていたから。
しかし、どうにもこのメインソフトだけでは売れないので色んなソフトが出て
いる事にした。が、当然、売り上げや販売数が追い付かない。
さらに将来的に幾らの価値がつくかも全く分からない。そこで古典芸能的に
逐一ソフトをバージョンアップ再調整し、中身をソックリ全部作り直す
古典芸能開発方式が採用されている。
オレたちがソフトを起動するたびに、ネットワーク経由なり
MSのOSコアモジュールなりを経由して中身は新しいソフトに・・・。
でたらめその2:
PC88のハードの中身は未だに逐一更新されている。
原因は幾つかあって、現行のx86やx64等のコア周辺の情報は
強い企業秘密によって守られている。
またx86、x64等の一般公開されている部分でも、昨今のPCの機能に
通じる部分があってPC88のハードウェア部分の更新はそのまま
ダイレクトに昨今のPCにも影響が大きく出る。
PC88とは、特定の機能実現を満たした規格、シリーズの名前であって
実際の機械の中身の詳細は未だにどんどん変更されている!!!
とかいうのが現実に起きてそうで怖いなーとかふと思った。 >>577
証明までは必要ないけど説明くらいはして欲しい
リアルタイムで遊んでても全てを知ってる訳じゃ無いし
でも説明されれば大体は嘘か本当か解るよね 別にデタラメなところがあっても良くね
間違ってたなら指摘すればいいだけで
wikiとかもそうじゃん というかデタラメ認定時に正しい情報を握ってるなら、それを使ってマウントからのスタートだわなw マニア向けなのは昔もPC
ゆえにPCゲーマーはやはり当時からコンシューマにあれこれ言ってた気がw >>587
昔の記憶だから、あやふやになってるとか勘違いしてる、多少忘れてる事もあるからねえ >ファランクスやマッドストーカーは、地味だと言われてたな。
>両方ともX68でのズーム作品だからかもしれないけど
どうせ見てないだろうから言っておくけど。
マッドストーカーはズームじゃなくて「あすか120%シリーズ」のフィルインカフェだっての。 まーZOOMに見えるよなあれはw まんまトレーサーだし
もうちょっとザコ敵が柔らかいかダウン耐性が高ければ爽快感マシマシだっただろうに、ちょっと惜しい >>591
ごめん素で間違えたw
ジェノサイドとごっちゃになってた。 >>589
98時代(MSDOS)にはCSは相手にもしてなかったと思う
基本シミュレーションやRPG好きだらけだったし
それはCSと比べて話にならないほどPCのほうが上だったからね
アクションゲームだけがやりたい人はPC買わないよ
PC持ってなくても福袋が読みたくてコンプティークを買ってた奴はいたw 当時PCゲーが好きな奴にとってCSは「アクション/STG専用ハード」だからな
別ジャンル扱い MSXはPCにもゲーム機にもなれなかった存在・・ほぼ空気(´・ω・`) せめてMSX1の時点で縦横スクロール機能が付いていれば… ゲーム機としてはコナミやコンパイルの頑張りで無視できんものがあるし、スタクラ案件など8801からの移植でうまく機能したものも多い
ファイアホークが遊べるのも88とMSX2だけだったり、何だかんだで恵まれたハードに入る気がする
ビジネスとしてはHAL研からHAL Noteが出てるが、DSか何かに体験版が付いてたんだけど重すぎて使い物にならなかったと記憶してる
ロシアはめっちゃMSXを珍重したそうだが、理由は性能が低すぎてココム規制に引っかからなかったからw
学習、宇宙開発、音楽制作と活用されたそうだが あのマシンスペックでと考えると当時の同志諸兄には同情を禁じ得ない
まぁ、ポジションのあやふやな存在だね と思ったらファイアホークはIBM版もあったのね
そーいやテグザーって海外で100万とか売れたんだっけ 一応MSXもロボクラッシュとか悪魔城ドラキュラ、魔城伝説とか
色々ソフト出てたんですけどね
イーアールカンフー続編にグラディウスII メネシスが遊べた貴重なハード
MSXファンはどーゆー訳かゲーハーに出入りしないし、タイトルが上がる事もないw
キングコングが主人公の奴もMSXにしか出なかったし
唯一未だにリメイクされているのはどーゆー訳かメタルギアソリッドぐらい
カメラマンに川口ひろしの探険隊みたいなジャングル探険ゲームあったけど
あれその後どーなったんだろ…未だに気になるw 昔のパソコンで良かったなと思うのはRGB接続で映像が鮮明というのは当然あるんだけど
それと並んで個人的にポイント高かったのはスピーカーを内蔵してた事なんだよな
何せファミコンやMSXとかの安い機種は音が酷かった
ブラウン管テレビ自体がノイズを発してたというのもあるがアンプ周りも安っぽかったように思う
対して昔の国産パソコンはスピーカー直結である故にジッターノイズが皆無だった上に
俺が使ってたX1なんかはスピーカーも結構大口径で音量的にも迫力があった
ttp://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/55/163f20716ac141867e117749b1d77117.jpg リアルタイムでは殆ど触らなかったけど
MSXが空気は無いな MSXは結局近くにいるだけで直接触れる事もなく通り過ぎたな。
ファミリーベーシックで音をあげたお子様だったから、持て余すのは確実だったと思う。 別にMSXだからってプログラム組まなきゃいけないってわけじゃない
ソフトもカートリジもあったしファミコンとかわらんよ
ただやる人はいろいろできたろうなMSX2以降も
いくつか性能アップしたりコンパクトでFDD内蔵のがでたり 高解像度スクリーンを最後まで付けなかったMSXはPCとしてはゴミ
ゲーム機としてはCS機に負け、いいところを探すのが難しい コンパクトなリストで結構凄いことが出来るというのは他と十分競える長所だと思うよ シンプルに開発難度が低い
後にFCやACでも出たLOT LOT LOTは100行ぐらいでしょ 投稿プログラムで回転が処理されるようになったのもMSXがはしりだったような
外山氏はヘルツォークに埋め込んだドキュメントで「MSX2は余計な事を考えなくていいんで楽」とコメントしてるな
そーいやヘルツォークってMSX2がベースで88等への移植なんだな 珍しいね MSXはファミコンとパソコンの隙間需要として十分にやった
90年代入って国産がDOS/Vに押されるとこまで一応生き残ってたからね 隙間ってw
MSXはそのふた方向からあんま相手にされてなかった子だろ
ファンは居たけどね MSXだとファミコンとの二択で
88クラスは高校入学のお祝いという感じの価格帯だった 台数ベースで行けばMSX>>>越えられない壁>>>8801 だしなぁ
相手しないというのは無いね TurboRなら理解するけど
いやMSXゲーを高速モードで動かすと面白いけどな 沙羅曼蛇とか TurboRは何故か各社ワードプロセッサ達の合間に並んでて居心地悪そうに見えたなw。 >>611
台数じゃないんだよなぁ
当時色々あったPC雑誌の特集でも省かれてたしな
あれの特集は殆どMSXファンとかそういう専門誌だけ。
ファミコンの方が人気だったし
当時知ってりゃこんなの疑問にも思わないんだけどな。
マジでそういう情勢だったのしらんの? まぁMSXはFDDを持たない機種が大半だったという点でおもちゃ感は拭えなかったな
MSX2の頃になるとぼちぼち出てきたけどその頃にはもう国内パソコン市場の競争はほぼ決着してたし うーん、何の話だろう アイオーならZ80系の特集はMSX祭だし、ASCIIはむしろビジネス無視で、MSXの初期キットから特集を組む雑誌だった(古川享氏の回顧録より)
月刊マイコンでも特集やリストは載ってたし、PiOでも扱ってるな ベーマガは言うまでもないし うーんわからん
省いてたという元編集者のコメントが有るならちょっと書籍なりWebなり教えて頂きたい MSXはテレビに繋いでいたからほぼファミコンと同じ
PCとCSの大きな違いはモニターだよ
当時を知らない人はエミュとかでやってPCもCSも変わらないって勘違いしてるけど
ブラウン管テレビに繋いだCSゲームは想像以上に汚いよ
MSXも同様で自分の感覚からするとPCとCSの中間って感じ
見た目もおもちゃっぽかったしね FC版Wizみたいにドット絵職人芸だと、逆にインターレスも滲みもなしだと解像度や色数がより低く感じるという魔物物件もあるから
なかなかこうとは言えないけどね ただMSXはMDなんか目じゃないぐらいに赤系の滲みが酷くて、21pinRGBモニタがないと結構悲惨だった
解像度も足りなかったな インターレスで無理やり98っぽくするのが末期のエロゲでは流行ってたけど
非エロだと逆に解像度と色数捨ててアジャストでなめらかにするのが流行ってたっけ MSX2でもRGBモニター接続だとPCらしく綺麗だったけど、
他機種と比較される陳列では精細さで落ちてたな。
今ではnew3DSでプチコン3号がワンコイン。
BASIC言語環境でも爆速とか当時の夢は実現したけれど… 松下のRGB21ピン入力付きのテレビ使ってたがMSXげーも止まった状態なら悪くないってかなかなか綺麗
当時のCSと比べて描きこみが丁寧なのが多い
この辺はVRAMの大きさの違いか 他機種比較だと、
MSX2はタイル塗りが苦手>イース2なんかはしょうがないのでセル塗り>解像度の概念をまだ知らないアニオタキッズにはタイル塗りより綺麗に見える>ボーイ!早まるな!ボーイ・・・ッ!
そんな罠にどれだけのピュアな童貞達が散っていったことか・・・ 他機種のBASIC画面は大体黒地に白文字だったから、
MSXのcolor 15,4,7の画面は何か奇抜だった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています