>>101
>この時代の次世代ゲーム機戦争の特徴は3Dを導入したハードが登場したことであり、それに伴いソフトの開発環境が激変した。開発言語が従来のアセンブリ言語からC言語へ変わり、開発人員も増大した。SCEはソフトの開発機材を安価でソフトメーカーに提供し、開発環境の負担を軽減することにより、サードパーティーを数多く取り込んでいた。これは元々ソニーがスーパーファミコンの開発機材を作っていたりなどしたためノウハウがあったことによる。しかし当時の任天堂はソフト毎に開発者が独自にプログラムを組んでいたため、プログラムのライブラリを作るという発想がなく、ましてやそれをサードパーティに配布するノウハウなどなく、当初はセカンドパーティの増強を考え、マネージメント会社「マリーガル」を設立して対処していた(この両者の方向性の違いは、自社タイトルの強さにもよる。ソニーは自身で有力タイトルを持っていなかったため、サードパーティの取り込みは必要不可欠であった。対する任天堂はサードパーティの厳選を考えており、開発についていけないメーカーは振り落とす方針であった[6])。

64で失敗した理由はコレ山内組長が言ってた通りで
ハードはソフト遊ぶために仕方なく買うものって事。