そもそも導入で10期を迎えたら「成人の儀でおくられる」
そういうことに疑問すら抱ける環境じゃなかったし、ヴァンダムとの出会い、ウロボロス化を経ても上位存在の掌の上で足掻いて真実を探究することによって「死生観」が進行と共に変化していくストーリーじゃん。
「自分の命は自分で決める」それすらも絶対ではなくそれぞれの登場人物が自死、他殺以外での死生観を持てなくとも生への執着を見せるし、別に高尚な「哲学」でもなんでもない。
幼児期に死と無について向き合い始めてサンプルがないながらも子供は年齢相応の死生観を持つように出来てるし。
至極普遍的で現実世界に寄り添ったテーマだしユーザーもそれぞれ違う死生観を持ってるのだからそれを認めない見ようとしないのも死に対する多様性そのもの。
なんら高尚なものでもないけど陳腐なものでもない。
「哲学」とか暇人の娯楽なのになんで高尚な学問と思い込んでいるのか理解に苦しむ。