【思考停止に陥った首吊りの歴史】
1993年に登場した『完全自殺マニュアル』は100万部以上のミリオンセラーです。本書が自殺者増に寄与したわけ
でもないのにここまで読まれたのは、今死ぬ気はないが自殺という選択肢があってもいいじゃないか、と気づいた瞬
間に感じる清清しさによるものでしょう。そして、あらゆる自殺の方法を検証した上で、自分でできる安楽死の方法と
してただ一つ、首吊り、というシンプルな結論を手に入れた時の軽やかな気分。首吊りの新しい歴史の幕開けでした。
『マニュアル』では頸動脈洞こそ出てきませんが、それ以外では定型を正しく理解し、体験報告等で補って、定型の
イメージを正確に作り上げていました。しかし非定型を定型と首絞めの間に位置付けるときに、不用意に定型寄りに
引き付けてしまいました。それが、定型が嫌なら非定型でもOK、という落としどころを導いてしまったのです。明らか
に思考停止です。思考停止の落としどころだから感染しやすいのです。
そして決定的な出来事が起きます。1998年、X JAPANのhide氏のドアノブ非定型による自殺です。首吊りオナニー
中の事故ともうわさされ、首吊りのイメージがガラリと変わりました。非定型はカリスマアーティスト認定のブランドと
して確立されてしまったのです。やがて本格的なネット時代に入り、テンプレートで「頸動脈洞が主で椎骨動脈が従」
という過激なスローガンが掲げられ、非定型は無批判的に選択されるようになります。非定型の台頭です。しかし椎
骨動脈を遮断できない非定型ではなかなか死ねません。そこで、ハイパーベンチレーションとか手拘束とか、未遂リ
スクを減らす改良が加えられるのですが、所詮対症療法にすぎません。それでも結果的に死ねるものですから、非
定型は実績のあるブランドとして今も流通しているのです。
『マニュアル』から今に至る首吊りの歴史で起こったことは、『マニュアル』で万人に開かれた安楽死がせっかく掘り
起こされたにもかかわらず、非定型の台頭で安楽死は狭き門にされてしまった、ということです。このような、『完全
自殺マニュアル』以降、と呼べる首吊りの歴史からそろそろ脱却してもよいのではないでしょうか。