ディスクシステムって「たった3年」しか稼働できなかったみたいだけど、失敗ハードだったの?
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ディスクライターは7年置かれてたしその後も10年間任天堂に送れば書き換えしてたが3年って何を指してるんだ? ディシステム開発当初はゲームの大容量化が目的だった
ただ、ROMカートリッジの大容量化が任天堂の想定より早かったため本来の目的が果たせなかった オプションなのだから分類としては64のメモリー拡張パックと同じ
ディスクシステムでゼルダが始まったのだから非常に意義がある(海外ではROM版があるらしいけど)
マリオゴルフではスコアを記録したカードを店のディスクライターに持っていくと全国ランキングに載せられるというオンラインの先駆け的なことができた 当時、リアルにキッズだった世代にとっては別に短くは無い
ただ、容量の問題に関してはディスクシステム発売から間を置かずにROMの大容量化が安価で出来るようになったからなぁ
当初の利点の一つは早々に意味が無くなった
ディスク書き換えは便利だったけどな 失敗か成功かでしか物事をはかれないのって貧しい感性だよね。 そもそもディスクシステムって単体ハードじゃないだろ 微妙なんじゃね
知らんけど
ツインファミコンって失敗か? サターンとか負けハード買ったけど
ディスクシステムよりはるかに多く遊んだぞ
ディスクシステムは無駄やった
大容量とかセーブとか全部カセットでできるようになったで
意味なかったよな >>4
スコアはディスクライターじゃなくてディスクファックスな ベルトが経年劣化で切れるのがダメね
MSX2もだけど >>2
当時の感覚からすると3〜4年くらいだな
スーファミが出たら一気にみんなそっちに流れたからなぁ
何をもって失敗なのかというところがあるけど個人的にはとても思い出深いな >>9
ツインファミコンはかなり売れていた
ハードとしては成功した部類
ただしツインファミコンはSHARP製 マリオ2はデイスクやったけど3はカセット
ドラクエもFFもカセット
失敗やろ? >>1-9
全 角
ス
ペ ー ス
立 て 逃
げ
ア フ
ィ バンク切り替えやらゲートアレイやらSRAMやらで、
ROMの魔改造技術が一気に進んじまったからな。
ディスクシステムに残されたメリットはメディアの安さだけ。 スコアを全国で競えたのは
時代を先取りしすぎて意味があんまりなかったな
まるでセガのやることみたい >>15
ソフト展開としては失敗と言われても仕方ない状況だった
謎なのは、ディスクソフトが少ないのにツインファミコンが売れた事
ファミコンとディスクシステムの二つを買うよりツインファミコン一台を買う方が高かったのに何故か売れていた 海外は出なかったからそういうことだろうね
とはいえ当時500円で新作やれたのは国内の子供には大きかったと思う ディスクライターで書き換え画面見てるのも楽しかった
膨らませてたら自分と同じのが出来たんだなw >>3
ドライブ複数接続ができない時点で大容量メディアとしてのディスクシステムは失敗だったと思う
同時期のPC(88、X1、FM7がしのぎを削ったてたころ)は
2ドライブでディスク二枚いっぺんに入れるのが当たり前になってたからね >>19
当時はテレビの大画面化が進んだバブル期で、ファミコンはRF出力しかなく画質が悪かった。AV出力がついてたツインファミコンは、ディスクシステム部分を使わないとしても、魅力的だった。 失敗といえば失敗なんだろうけど
印象としてはそこまででもないな
バーチャルボーイとかとは違う >>19
ファミコンはRF出力しかなかった。当時はテレビの大画面化が進んだバブル期で、より高画質で楽しむことができたAV出力があるツインファミコンは、ディスクシステム部分を使わないとしても、魅力的だった。 元々薄利多売なのにディスクシステム2台を繋いでソフトをコピーする改造法に加え
本来任天堂専売であるはずの専用ディスクも
パソコンや音楽機器で使われているQDなどを改造して作る方法が雑誌で公開されてしまい
違法コピーと海賊版ディスクが蔓延したため崩壊してしまった。 そこら辺のおもちゃ屋でも
普通に闇コピーしてたような思い出 >>29
初代ガシャポン戦記で戦闘に入る時の読み込み時間がクソ長かった記憶があるな ディスクシステムは触った事すらないわー
友人たちにも持ってる人はいなかった、メガドライブやPCエンジンとかネオジオCDとかすらあったのに あの頃はまだPCじゃなきゃセーブなんてできなかったんだから
自分の遊んだプレイが保存できて続きが遊べるのは夢のような話
RPGとかADVとかPCで流行ってたジャンルのゲームが出せるようになったからな
そういやファミリーベーシックにもセーブ機能あったか >>31
当時、某クレイジーショップみたいな感じの個人経営の小さな店が
ガキ相手に『ファミコンクラブ』なる会員制のサービスを始めて
月1500円払うと毎月1本ディスクシステムのソフトが貰えるとかやったりしてたらしいw
数百円で買ってきた海賊版メディアにソフトをコピーするだけの簡単なお仕事だから
全国規模で流行りまくったんだろうな。 小学生相手に売る物なのに触れたら一発アウトの剥き出し磁気ディスクってのもデンジャーだった
あとやっぱ500円で書き換えは儲かんなかったんだろうな DSiLL 2009年11月21日発売
3DS 2011年2月26日発売
New3DS/LL 2014年10月11日発売
Switch 2017年3月3日発売
3年維持出来たのなら十分では ディスクシステムってたった三年の寿命だったのに驚きだわ
俺の記憶だと10年ぐらいは稼働してた感覚ある >>39
その辺りの感覚は当時の年齢による
小学生とか中学生ぐらいだと一年って、長かったからなぁ >>3
CDの時代にまた磁気ディスクで大容量目指したりHDに乗り遅れたり時流を見る目はないよな
だから枯れた技術のになるんだろうが >>42
64DDはソフト側よりセーブ容量増やしてDLC実現させようって企画だったから 3年いうけど感覚的にはもっと短かった気もするなあ
3Dホットラリーとバレーボールは好きだった 500円でリンクの冒険かパルテナを新鬼ヶ島に書き換えてもらった記憶がある
そして新鬼ヶ島楽しかったなあ マリオ2がうちに三枚あった
ディスクシステム持ってないのになんでや 出たゲーム
ゼルダ 悪魔城ドラキュラ メトロイド
今でも続いているシリーズはあるぞ >>22
ディスクの入れ替えが可能だったんだから、やろうと思えばディスク4枚組みたいな事も出来たんだろうけどな
ドライブが2台あると、片方のドライブがプログラム起動用、もう片方がデータ保存用と使い分けるのに有用だったが、
別に1ドライブだけでも問題は無かった、と言うかMSXは1ドライブが普通だったし コナミは何気にディスクシステムで、オリジナルのユニークな良作ゲームを多く出してたな(その中で後に頭一つ抜きん出たのがドラキュラだったけど)
エスパードリーム、迷宮寺院ダババ、謎の壁ブロックくずし…好きなタイトルが多かった 累計が345万台+ツインファミコン100万台
多くはない ディスクシステム時代からの数年は
コナミが異様に油乗ってた気がする
カセットの方はチップ載せてドーピングとかもほぼ同時期から始まってなかったっけ? そもそもディスクシステムのRAMアダプタ自体がドーピングの塊みたいなもんだし >>42
少しは調べたの?
ファミコンディスシステム1986年
PCエンジン用CD-ROMドライブが発売されたのは1988年
それでも当時のCD-ROMドライブはまだまだ高価だった(32,800円)
本体とセットでの価格は57,300円
子供がお年玉で買える程度の価格を目指していた任天堂からすれば現実的な価格ではなかった >>52
ウパも好きだったな
反転ステージは子供心に衝撃的だった 中山美穂のトキメキハイスクールを生み出しただけで成功ハードよ むしろ3年も現役だったのか
なんか1年とちょっとで消えたイメージだった まあゲハ的な普及台数とかソフトが出るかとかの話なら失敗だろ。
任天堂の誰かが、あれはディスクドライブを作ってるほうから
84年頃に売り込みに来たから採用したとか言ってたと思う。
たぶんミツミとかアルプスとか、そういうメーカーだと思うけど
それがどこかは忘れちゃった。 任天堂以外まともなゲームがなかったような気がする
任天堂だけでいうと500円で書き換えれるにしては傑作揃いだったと思う 本体より高い後付けの周辺機器で400万売れたものなんだから失敗ではないだろ
こんな売れたの周辺機器はない
ただromの大容量化とバッテリーバックアップが出てきたんですぐに陳腐化したが 名作多かったからな
ROMの進化がもう少し遅くて寿命長けりゃ
DOGのゲームがいっぱい遊べたかもしれんのに
聖剣伝説とエクスカリバーまだかな ディスクシステムは買ってもらえなくて友達の家で遊んでたけどエラーが良く出てた気がする 大容量ROMカセットとバッテリーバックアップの普及で役目を終えた感 >>63
カセットだと製造に数百万円単位で先払いが必要だったが
こっちは安いディスクなのでそこまで金がかからず、
メディアでは販売せず、ディスクライターの書き換えのみで売ることも出来たため
予算のない中小や数の出ないニッチ向けのサービスだったとも言える。
そこから光るものが生まれればよかったのだが
低予算が仇となってクソゲーが大量生産されることになってしまったのは残念だったね。 確かツインファミコンじゃ遊べないソフトも存在したような 名作もあるし500円で書き換えができるのは当時は画期的だった
ゴムベルトの耐久度の低くさは欠陥と言えなくもない スーマリ2が出てもむずくて結局みんな1に戻って行った
3が出なきゃスーパーマリオシリーズはどうなってた事やら3が偉大過ぎる ショップは書き換えの手間がかかりすぎ
サードはゲームを500円で買われて涙目と
実際業界的には極めて評判が悪かった
ユーザーは500円で新作が買えてラッキーだったけど 豚くん世代ってマジでこの世代だから困るわ
ゼルダ、メトロイドみたいな超マイナーゲーを有名だと思ってるし
一般人の中ではマリオ2って存在してない幻のソフトみたいなかんじだったのに このアフィカスは何度同じようなスレ立てれば気が済むんだよ
あとそなカスアフィに釣られてrあほなオッサンのお前らも連帯責任だぞ
ほとんどの人がディスクシステムについて知らないし語らないけど、どういうハードだったの?
http://krsw.5ch.net/test/read.cgi/ghard/1624882085/
ディスクシステムの時代ってまったく語られないけど、どうだったの?
http://krsw.5ch.net/test/read.cgi/ghard/1601292655/
ディスクシステム(活躍3年弱、ソフト200本以下、売上台数400万ぽっち)←コイツを覚えてるヤツw
http://krsw.5ch.net/test/read.cgi/ghard/1593696388/
ディスクシステム「既存ハードに1万5千円の機械をドッキングさせて次世代機にします」←これ
http://krsw.5ch.net/test/read.cgi/ghard/1593351383/
ディスクシステムで遊んだのって極めて短期間だったけど思い出ありますか?
http://krsw.5ch.net/test/read.cgi/ghard/1588689722/
ディスクシステムの時代ってあまり話を聞かないけど、当時どんな感じだったの?
http://krsw.5ch.net/test/read.cgi/ghard/1556797499/ まあ260万本出荷したマリオ2も
100万本出荷したメトロイドもマイナーだから
PS5の全ソフトは存在しない幻想世界の産物ですぜ >>78
ゼルダがマイナー?
その他ランドでの話でしょ
リアル世界ではゼルダは今や超メジャーですよ ディスクシステムって、ファミコン作ってたシャープが余ってたQDでこしらえただけのものだろ >>29
QDってフロッピーディスクっぽいけど、実態はカセットテープみたいな物だからw ディスクシステム自体を買わないといけなかったけど、ソフトは新品で買っても2500円くらいだし書き換えは500円だしで安く色々なゲーム出来た
書き換えなら子供のお小遣いでどうにかなったから相当助かったよ >>84
へえ、それに載ってないタイトルは誰もやってない扱いでいいんだね >>1
黒字だしあれはあれで成功じゃない
役目を終え新型ハードであるバンク切り替え式カセットに移行しただけの話 サテラビューだのニンテンドウパワーだの64ddだの ジャスコでバイトしてたけど結構小学生とか書き換えに来てた
付属の説明書が一つの袋にごちゃまぜになっていたので並べ直した ロードが長い起動が遅い
起動してロードしてなんかメッセージでてB面に入れ換えてまたロードしてやっと遊べるみたいな ゼルダとメトロイドとパルテナとファミ探とドラキュラを生んだハード ゼルダやってなんか音が凄いなとか思った、音源つんでたのかな そういやセーブ機能が使えたんだよな
ゼルダとかドラクエ1より前に出てるのにセーブできた
なぜドラクエ1・2はディスクで出さなかったのか? 友達とパットンくんばかりやってたわ
4人用だったはずだけど
どうやって4人で遊ぶのか分からんかったわ 当たり前のように思い出話語ってるところを見るとゲハの年齢層が高くて怖くなる
40過ぎたおっさんたちがゴキちゃんだの任豚だの煽り合ってるって終わりだろこの国 この国はとっくに詰んでいるのに
今まで気付いていなかったのかよ頭悪いな ディスクシステムよりローソンでやってたゲームボーイとスーファミの書き換え販売の方が失敗と言える。
あれゲーム雑誌読んでる人以外に全然認知されてなかったぞ。
肝心のローソンの店長ですらサービス認知してない店舗まであった。 さすがに3000円くらいのゲームを消すのは躊躇したわ
非公式のブランクメディアなんて知らんぞ 良ゲーだったものをクリアしたからってクソゲーに書き換えてしまった時の絶望感
自分のチョイスのセンスの無さに泣いた ゲーマーにとっては最高のゲーム機だったわ
任天堂にとっては収益性悪いハードだったと思う コスト優先しすぎて青ディスクじゃないとシャッターが無いのは任天堂らしくないと思った
今よりもユーザー比率は子供が高かったろうに、あんな扱いに気を遣う作りはな >>99
ローソンで買ったFEトラキア限定版が開封すると書き換えロムだった時の絶望感 >>103
ゲームを入れるメディアはコストだけじゃなくて再生産のスピードが課題だったんだよ。 ダウンロード版の先駆けなんだよな
ニンテンドウパワーといい意外と先進的なんだよ 初代ゼルダ、リンクの冒険、メトロイド、マリオ2、マリオUSAの原作、初代ドラキュラ
が出たハードと考えると結構すごいな >>99
ゴールデンタイムにしつこいくらいCMしてたからそれはない
嘘つくなゴミ
SFCの時代が終わっただけ ディスクシステムは任天堂の年間本数制限無かったんじゃなかったかな
ナムコとかハドソンみたく新作1本も出さなかったメーカーもあったのは利益率薄かったからだと思う
ナムコは末期に初期ソフト書き換え専用で出したけど >>96
年齢関係なく同類なんだから諦めろ、日本もお前も終わってるんだ。 まあ年齢の話してるけど
ずっとここに居る間にみんな歳とっていくんだよ >>96
むしろ40行ってない奴が
ゲーム機戦争()ネタで盛り上がってたら同じ年代のお友達いないんか?と心配になる >>112
俺は歳とってからここに来たw
若い頃ゲハなんて興味なかったしゲームも卒業してたはずなのに >>65
会社的にはそこそこ売れたんならいいかもしれんけど
ユーザーとしてはそれだけ被害者が多いってことやでな
ディスクシステムに高い金払ったのに結局はカセットが主流に
なってしまったでな >>1
そもそもディスクシステムは
扱いとしてはハードではなくて周辺機器では…? ドラキュラ2は画面切り替えの度にクソ長ロードだったな >>111
日本は衰退してるが終わってはないだろ
日本が終わってるなら、かなりの国が終わってんじゃね? >>115
当時の子供には大ウケだぞ
1本5000円のゲームが500円なんだから
4本遊べば元が取れた CDROM2も3年ごとにシステムカード買い足さなきゃいけないから似たようなもんだろ
カード買うだけでも携帯機より高いし ちゅうか当時の感覚からしたら2〜3年遊べりゃ十分だろ
マーク3だって3年で死んでるし ディスクの容量増やせる仕組みならもう少し普及しただろうね
店でDLするようなシステムだし店側も過剰在庫軽減出来るメリット有ったしな たった3年でゼルダやメトロイドやらマリオゴルフやらドラキュラやら後世に続いていくものを生み出してるやん >>115
ディスクシステム買って被害者だなんて思う奴いないだろ
どれだけたくさん楽しめたか分かってないな
考え方がおかしいよ 画期的ではあったんだよな
飽きれば上書きすればよかったし
その場合流通の中間をスルーできるから価格も安い
拡張性が無いのが残念だった 失敗ではない
ファミコンからスーファミに変わったからユーザーが減少しただけ
あとディスクシステムは書き換え失敗だったり、読み込みできない場合があったりと
子供にとって面倒が多かった欠陥付きのシステム
ただしディスクシステムがあれば安価で遊べるというのは画期的だった ディスクシステム持ってる子はスーファミ出る頃までヒーローだったわ
そいつんちに遊びに行けば、ほぼ毎月新しいゲームできたもの
旧作だったのかもしれんが子供の時にゲーム自体の発売日なんて気にしたことないわ コピーするのが簡単すぎたから死んだだけで性能とかではないと思う バレーボール、ホッケー、ピンポンとかのスポーツ系も面白かったよな
エキサイティングビリヤードも好きだった >>129
少なくとも自分のところではそんなトラブル起きた事もないし周りでも聞かなかったけどねえ >>126
ソフトも結局カセット主流になったんだから
カセットのほうが楽しめたし
マリオも2は出来はそんなによくないでしょ?
3からはまたカセットにされたし
私はディスクのソフトは1つか2つ買っただけだったぞ
書き換えもそんなにしてないし 読み込みできなくなるのはディスクシステムあるあるじゃん
だからこそエラーの音がみんなのトラウマ化してるのに 結局カセットが主流になったからディスクシステムのゲームが楽しめないってどんな理屈?
ディスクのゲームを買わない人がより高いカセットならバンバン買ってたの?
よう分からん人だね、面白いゲームたくさんあったのに 任天堂ってこの手のハードをパワーアップさせる周辺機器で成功した事ないよなあ
SFCのCDロムは企画倒れになるし、サテラビューもイマイチだったし、64DDもほぼ加入者が居ない感じだった
GBAプレイヤーはそこそこ上手く行った部類だがGC自体が盛り上がってなかったので…
でも、逆にそういうのの成功例ってPCEのCDロムロムくらいしか無いかもな 個人的にはものすごくお世話になったし
俺の思い出に残ってるゲームの大半がディスクシステムのソフトだけど
ビジネス的には大失敗だったんだろうな
ウィキペディアでソフト一覧を眺めたら7割ぐらいのソフトで遊んでる
書き換え500円のパウアーだな
だからこそ失敗なんだろうけど >>121
500円でも遊びたいゲームがないとな
人気RPGはカセットやし
マリオだけじゃなくガチャポン戦士も続編はカセットにされてたよな >>135
どうもディスクシステム内にあるゴムが弱かったらしく、そのゴムが劣化すると
ディスク読み取れなくなる仕様だったみたいだね。勿論ゴムを交換すればまた動くようにはなるが >>136
貧乏なんだろ
買ってないし書き換えもしてないって言ってるし 子どもの3年って長いからなあ
一年遊べるだけでも十分過ぎるわ
大体買ったものが家の中で3年で腐って無くなる訳でもあるまいに >>137
Kinectが出た時にセガのスーパー32Xが例に出されるくらい、旧世代機にアタッチメント付けての延命行為は未だにタブー扱いだぞ ちなみにディスクライターによる書き換えサービスって2003年ぐらいまでやってたらしいよ
無論店頭にはもう無かったけど任天堂にカードを送ると書き換えてくれたんだってさ
もうすでにGCとかも発売されてる時代だ。アフターサービス長くてすげえよな >>137
任天堂に限らず後から別に買わなきゃいけない周辺機器でバカ売れして主流になるなんて他機種でも無いでしょ
PCエンジンだってそもそものパイが少ないから後付け周辺機器もそれなりに普及してたように見えるかもしれないけど、あれだけ後から後からパソコン感覚で色々出されたら一般ホビーユーザーはついていけない
ディスクシステムも主流にしたいと言う任天堂の思惑通りには行ってないにしろ、別にビジネス的にはマイナスではないでしょ オレも長い事商売的には微妙扱いだったんだが
同時期のアメリカ進出で
さらに大量の半導体が必要になったことを考えると
日本で100万単位で出るゲームをディスクで出せたのは
結構意味があったんだと
最近気付いたわ
マリオ3なんか、どっちもカセットにしたら
アメリカは相当に遅れたからな ファミコンの寿命が当時としても異常に長すぎるんよ
子どもが大人になるくらいまで続いたんだから
パソコン少年ですら数年でパソコン買い替えてる時代に ディスクシステム最大の功績は
何と言ってもゼルダを出した事
ビジネス的には失敗でも、長い目で見れば
数字には出ない成功と言える
俺の人生でマイベストゲーム10本挙げるなら
初代ゼルダは100%入る
俺の葬式ではゼルダのメインテーマを流せと家族にも伝えてる ディスクライターによる書き換えシステムってある意味
今のダウンロード販売の先駆けみたいなものかも知れないな
先見性があったね >>144
ゲームキューブ出る頃まで任天堂の営業所に持って行ったら書き換えしてくれて
説明書も在庫あるやつはちゃんとくれた
サービス終了の時に駆け込みで大量に持ち込んで書き換えしまくったなw >>146
今の感覚で見ると、当時の任天堂は
相当な機会損失してるんだよな
当時のファミコンブーム時に今の生産能力と販売網があったら
ハードもソフトも国内外ともに3倍以上売れてる
もちろん、全く無意味な仮定だけどね
ブランド確立する前のジブリアニメの興収と同じで >>142
失敗だの短いだの言ってる人はおっさんになった今の感覚で短期間でポシャった規格みたいに思ってんだろうね
当時ディスクシステム持ってる人は自分の周りにもそんなにいなかったのは確かだけど、セガだのPCエンジンだのMSXだのよりは普及してたね
他クラスも含めて自分の交友関係の範囲ではファミコン以外の他機種持ってるのはそれぞれ1人2人いたかどうかくらいだったし 当初はソフト供給をロムカセットからディスクに完全移行するつもりだったので
失敗とまでは言いたくは無いが目論見からは外れはしていた >>151
そもそもサード参入も想定してなかったし、海外進出も今みたいにも当たり前じゃなかったからね ファミリーベーシックやロボットより
周辺機器としては成功した部類とは思うよ >>153
失敗の定義によるね
元々は容量が多くセーブも出来て廉価なディスクに移行しようとしてた訳だから、その計画に関しては完全な失敗
収益的には別にディスクシステムで赤字抱えたような話も聞かないし、400万台は当時としては決して少なくない
ゲーム自体も任天堂自身からもサードからも今につながるようなタイトルも含めて色々出てて功績も大きい
ソフトごとの収益はどうなのか分からないけど、当時の制作規模考えたら普通にカセット売れるより割りは悪くてもなんとかなったのかな
まだまだ少人数で数ヶ月程度で1本作れてた時代だし 収益面で語るのならあのバーチャルボーイですら黒字は維持していたので失敗ではない事になる 失敗じゃないでしょ
ファミコンですらそこまで長く売れるとは思って出したわけじゃないだろうし
あの頃はハードもソフトも進化のスピードが速すぎるからな
ドラクエなんか3まで3年程度であの進化 >>158
ドラクエは発売日で見ると3まで86年5月から88年2月だから3年どころか2年経ってないんだぜ 形状はDISKでも構造はテープと同じだったからね
それとROMの急激な大容量化 ど失敗だろ
わざわざロムカセットに移植されるソフトもあったし
後継機もなし 技術の進歩であっという間に無価値になったからな
技術の進歩ってなんか遅くなったよな 書き換え用に投げ売りしてたトップルジップやレリクスをそれぞれ複数本買ったわ >>161
あれ売れなかったからROMになった訳じゃなく
売れたからROMでも出たんだが
ゼルダはROMのほうが音が悪い劣化版だし ナゾラーランドなんてディスクだから出来たんだろうな >>148
初代ゼルダのタイトル画面はずっと見続けられる中毒性ある >>164
評判よかったらROMになるのなら
ディスクシステム買う必要なくなってまうやん?
ファミコンは4メガとか容量増えてったのに
ディスクは容量少ないし
読み込みあるし失敗だったよな 海外用にROM移植したのを日本でも出しただけじゃない?
北米ディスクシステム出てないし >>167
カセットにもなったゲームがあるってだけでなんでもカセットになった訳じゃないし
ディスクでしか出てない面白いゲームたくさんあった事は絶対に認めないんだな
他人がたっぷり楽しんだ事まで否定する理由あるの? >>167
お前の言ってることは、PS5でリマスターされたソフトがあるんだならPS4買ってた奴はバカだと言うのと同じだぞ あの時期にいきなり主力ソフトを
本体と同じ値段の周辺機器専用にして
それで会社が潰れるとか無かったんだから
ファミコンブーム恐るべしよ いいところまで進んでたのに、本体振動に弱いからドスドス走られただけでデーデーデーデレデデーって再起動して姉ちゃんと殴り合いのケンカした思い出しかない。(´・ω・`) >>159
1は3〜4ヶ月、2は7ヶ月、3は1年
今じゃ絶対ありえないわw
自分のリアルタイム経験なら
中1の夏休みに1、冬休みに2、中2の3学期に3を遊んだ
その中学3年間はディスクシステムとも被る
団塊ジュニア世代が一番ゲームを堪能してるんじゃないかね あれだけヒットしたスーパーマリオの続編出すくらいだし普及させようとした感はあるな 半導体の容量の増え方の速度に勝てなかった
読み込みの遅さとかもあるけど 64 GBA DS 3DS Switch
と半導体の記憶媒体の系譜が結局円盤メディアの容量を追い越しているのがわかる
それくらい進化のスピードが速い >>13
流れたら終わった扱いにするなら
PS4は翌年にSwitchが発売されたから1年の寿命になってしまう >>177
PS4から Switchまで国内で3年あるけど ゼルダとドラキュラとメトロイドを
生み出したハードやで >>167
前提が違うって
元々ディスクシステムはソフトの大容量化に対応する為のものだった
ところが、ROMカートリッジの大容量化、低価格化が任天堂の想定より早かったというだけ
ROMカセットになったソフトはユーザーの要望に応えた形だったはず >>178
すまん、興味ないから適当にググってたった日付使ったわ
これproの発売日だな コナミのゲーム書き換えまくったなぁ。
とっとけばよかった >>96
年齢層が高いのは任豚おじさんだけだぞ
こいつら、ディスクシステム世代だからゼルダだのメトロイドだの知ってるんだし
スーファミではゼルダだのメトロイドだのは空気だったからな
ゲーム観がファミコン以前の超旧式だからキモがられてるんだし >>184
そうだよな
ディスクシステム老人にとってはディスクシステムなんて知ってるのが当たり前だもんな
PS世代はそんなの知らんからメトロイドとか言われても
ナンデスカソレ???状態なんだわ 「やればやるほどディスクシステム♪」チャリーン
というCMが流れていたことは覚えてる ゼルダもメトロイドもアメリカじゃカセットで出しているからねえ
新し物好きの日本市場はディスクでしのいで
本命のアメリカにカセットを振り分けたってのが本当の所なんじゃないかと思うけど
そういう視点で関係者に話を聞いた例ってまだ無いんだよね カセットと違ってマニア向けのタイトルが多かったから満足度は高かったは ハードじゃないよ、拡張キットだよ
失敗か成功かなら失敗寄りだと思う
任天堂は拡張キットに関しては割と失敗多いよね
技術の進歩のスピードをいつも見謝ってる
ソフトに関しては大成功だけど >>188
日本にはゼルダ遊びたかったらディスクシステム買いな
アメリカ様には今までのファミコンで遊べますのでどうぞって
わけか
>>180
容量増大に対応するためっていうけど
すぐにカセットに抜かされたんだよね? >>137
サテラビューは販促のやり方が下手すぎると思ったぞw
対応してる家電量販店のみの契約で、
BSある家庭でも導入までのハードルが高すぎる
ハード作った人が可哀想と思ったくらい 64DDやサテラビューと比べれば
メガCDは成功した部類 ディスクシステム買ったら1年過ぎた後にすぐこわれて
2代目も同じくらいの時期に壊れて半泣きだったわ
ソニ○タイマーかよってwww 全然壊れなくてエラーも出てなかった立場からするとそれって扱いが悪いだけなんじゃないのって思うけどね PC エンジンの頃から物理ドライブは必ず故障するものと思ってる。 >>193
君としてはディスクシステムは失敗でないと何か困る事情があるみたいだね
何が何でも任天堂は日本を軽視していたという事にしたい
そんな悪意が有るから、人の話を聞く気も無いというわけだね 拡張用パーツだからFCと考えないと
しかし本当に名作揃いだよな、未だに一線級で生き残ってるの多いし 拡張音源はほんとに良い音色だった
真っ向から使いこなしてたのは任天堂とコナミくらいのような気もしたけど、あのあたりの作品のBGMは珠玉 >>193
音が足りない偽物ゼルダでアメリカ様は満足なのか
割とデモでずっと流れるオープニングの曲衝撃的なのに カセット側に拡張チップ積み始めてディスクのメリットが書き換えくらいしか無くなったからな CSの拡張システムで成功したのってCD-ROM2くらいだろ?
まあ、あれも後から一体型の廉価版出したりしてなんとかした感じだが >>206
こいつに限らず100レス越えたらまとめられてないスレなんて多分無いだろ
んでこのアホ>>1はスレタイの前にスペース入れてるから誰が立ててるか解りやすいアフィカスとして板内ではそこそこ知れてる >>203
コナミが異常に気合入れてたのは
その拡張音源が使いたかったからだとか
あの頃のコナミは、とにかく音にこだわってた 単2電池使うんだよなこれ
コンセントから電気取れないのかよと困惑した思い出 このスレをアフィがまとめてるとかありえないだろ…
By オレ的ゲーム速報@野村信介
神奈川県茅ヶ崎市赤松在住 書き換え500円でできるとか聞いてすげえ! って思ってたけど
どうやってそれで採算とってるのか当時から不思議だった
3年もあったのかと思うほどあっという間に消えたイメージだったけど
名作けっこう出てたよな >>191
大成功だよ
たかだか15000円の周辺機器で
当時5000〜6000円したソフトが500円で書き換えできたんだもん >>215
それユーザー目線での話じゃね?w
書き換え500円でまともな利益とかあったのかね・・・? >>216
当時のソフトは2〜3人で作れたから
問屋を通さずに店頭書き換えで500円でも余裕で利益あったよ
逆にカセットの値段は半分以上マスクROMの値段だし
間に幾つも問屋を通すから販売店に儲けはそんなにない 直撃世代って当時小中学生辺りだと思うけど、その年頃で3年って中々の長さだろ
3年をあっという間と感じるのは中高年の感覚だよね >>216
500円書き換えで一番きつかったのは店舗
100円しか取り分なかったから >>219
でも書き換えに関しては在庫リスクも無いでしょ 別に成功したとも思わないけど3年しか稼働してないってのは明確な捏造で草も生えない ゴムが切れちゃうから繋がないと駄目なのがあかんかった ベルトは修理サービスが終わってたんで自分でモビロンバンドに取り換えたけど
タイミングが微妙にずれてるのか読めたり読めなかったりだわ ナムコカプコンハドソンエニックスはディスクシステム不参加だったの? ハドソンはPCEに行ったし
カプコンは参入遅くてタイトルもそう出してなかったし
エニックスはドラクエで手一杯だったし
ナムコは知らない ナムコとハドソンは一応過去作のディスク版を出してはいたね
専用タイトルは無かったけど カプコンはガンスモークとかディスクで出してたよ
サードだとコナミの力入れ具合が目立ったね
コナミディスクゲームコレクションとか出して欲しいけどな コナミはアメリカじゃ別会社まで作って
日本で量産したゲームを消化していたな
そういう意味でも本気だった そもそもスレタイの3年間ってどこから出てきた数字なの
ディスクシステムのソフト新作が出た最後のとしてこと? >>109
それ特定のアニメ枠だけの放映じゃね?
サテラビューのCMと違って、当時一回もそのCM見たこと無いぞ。
ロッピー先生とかいうのだろ?
ゲーム雑誌読んで無いクラスメイト達にはマジコン用の
カセットと勘違いされた程認知されてなかったよ。 さんざん
やればやるほど〜とか煽っておいて
自分主役のゲームはカセットで出した
所ジョージ…
さすがにアレは無いわ… CMの3倍の能力を持ったディスクカードって容量の事だったのかな >>233
せやで
当時の任天堂が、これがファミコンの限界だろうと思って出した
85年9月の初代スーマリの容量は320kbit
ディスクは1Mbit、およそ3倍
最終的に8Mbitまで増えたんだけどねw >>4
日本にもゼルダの伝説1って名前のロム版があるぞ エキサイティングサッカーは壁をたくさんの目玉が蠢いてる様に見えてから気持ち悪くなった
ディープダンジョンさん、最近見ないな >>193
山内元社長が「外人は充電してまでゲームを遊ばない」と決めつけてたくらいだしな
「外人はロードしてまでゲームを遊ばず触るなと言っても磁性体に触る」と思ってたかもしれない
冗談はさておきNES発売時点には大容量ROMカセットの大量生産が可能になっててディスクシステムのメリットの多くが失われてたと思う >>235
日本でカセット版出たっけ?
ファミコン当時 >>239
94年に「ゼルダの伝説1」でROMカートリッジ版が出てる。4900円
なんでこんな遅くに出したのか知らん
PS、SS発売年やでw クロックスが好きだった
これファミマガ版権だろうから移植版も無くて唯一できるハードがディスクシステムなんだよなぁ
https://i.imgur.com/QmPLhwU.jpg >>240
NEWファミコン発売後のおまけで出したんじゃ アメリカでのファミコンの発売は85年の年末から
ディスクシステムより早い
アメリカ進出とディスクシステム導入は
ほぼ同時に進んでいたわけで
関係が無いと考える方が無理があると思うんだよな
日米で同時に大量のゲームカセットを供給することが難しいから
日本ではディスクを出したというのが真相だと思うんだがな 子供ながらに読み込み音であーこれエラー出そうとかが分かってたわw ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています